1-10 四ツ目のナイトイーター
あの後、防具屋でセニャを待っていた。
時間的にゲーム内は夜であり、外は真っ暗だった。
彼女がログインすると、俺は右手をあげる。
「よ」
「よっすー」
セニャが挨拶を返す。
「今日は、これからどうする?」
「うーん、ギルドのメンバー勧誘がしたいけど。もう午後の四時だからね」
「そうだな。勧誘は明日以降にするか。それと、一つ思うんだが」
俺は両手を胸にくんだ。
「なになに?」
セニャが顔を傾ける。
「俺たち、もうちょっと強くなった方がいいんじゃないか?」
「ギルドのメンバーを増やす前に、強くなろうってこと?」
「ああ」
「それもそうだね。トキト、いまなんレベル?」
「5レベルだ」
「うわっ、並ばれた。僕も5だよ」
「さっき、ずいぶん狩りをしたからな」
「ずっこい! ずっこい!」
セニャが声高に言って両手を振る。
「ずるくないだろ」
俺は苦笑した。
「ちゃんと素早さにステータスポイントを振ってる?」
「振ってるよ」
「それは偉い」
「そうかな」
「うんうん。よし、それじゃあトキト。これからあの洞窟に行ってみよう」
「洞窟って、さっきのスキル書を拾ったところか?」
「うんうん。あそこならプレイヤーが他に誰もいないよ。狩場を独占しよう」
「まじか! この暗い中、山に入って行くのって、怖くないか?」
「肝試し」
「お前、肝がでかいな」
「トキトという名の、太陽があるからね」
「いや、意味が分からん。まあ、行くとすれば明かりが必要だな」
俺は防具屋の主人に顔を向ける。
ここには売っていない。
「道具屋にランタンがあるよ。僕、覚えてるから」
「買いに行くか」
「うん。れっつごー!」
並んで防具屋を出た。
暗い道を歩いていく。
「やっぱり、夜はちょっと」
セニャが俺の服のすそをつまんだ。
「怖いんじゃないか」
俺は苦笑する。
広場を通りかかった時のことだ。
「誰か、助けておくれー!」
甲高い声が響いた。
女の声というよりも、少年の男の子の声である。
俺はビクッと反応した。
また赤のローブたちが出たのか!?
「こっちだ!」
セニャの腕を掴んで路地裏に入る。
身を隠した。
「トキト、ありがとう」
「ああ、それよりも、何があったんだ?」
広場に視線を向ける。
やはりそこには男の子がいて、こいつもプレイヤーなのか? 近くの人に助けを求めていた。
片手に弓を持っている。
「姉ちゃんが、姉ちゃんが、殺されちまうー!」
俺とセニャは顔を見合わせた。
「姉ちゃん?」
「姉弟でゲームに参加してるってことかな?」
「そうらしいな。でも、姉ちゃんが殺されるって、一体何に殺されるんだ?」
「分からないけど。トキト、どうする?」
「助けたい。だけど、相手が赤のローブだったら、俺たちは死体になる」
「……そうだよね」
他のプレイヤーも同じ気持ちなのだろう。
広場にいた面々はその場を離れていく。
男の子はひとり、その場に立ち尽くした。
夜空を見上げて泣いている。
「うえぇぇぇぇん、助けておくれよー! 姉ちゃんが、死んじまうよー!」
「セニャ、ここで待ってろ」
「トキト、行くの?」
「ちょっと、話だけ聞いてくる」
俺は路地裏から出る。
「僕も行くよ」
結局、セニャもついてきた。
俺は少年に歩みより、その場にしゃがむ。
「どうしたんだ?」
背丈から言って、小学二年生ぐらいだろうか?
HPバーを見ると、サクという名前のようだ。
サクは俺に顔を向ける。
すがりつくように腕を掴んだ。
彼が両腕で、俺の腕を引っ張る。
「兄ちゃん、オイラの、オイラの姉ちゃんを、助けておくれ!」
俺は引っ張られて小走りになった。
「おい、お前の姉さんは、誰に襲われているんだ?」
「巨大な鳥の化け物だよ!」
「鳥?」
「モンスターってことかなあ?」
後ろからセニャがついてきている。
「兄ちゃん、もっと、もっと早く走って」
「あ、ああ、分かった」
村の門を出て、原っぱを通り過ぎ、山道への曲がりくねった道を通る。
少し離れたところで、木が大風にあおられるような音がした。
いや、違う。
大きな鳥が翼をはばたかせているのだ。
見えた。
「姉ちゃーん!」
サクが一直線に走っていく。
一本の木の根元に、盾を持った女剣士がいた。
「サク、逃げてって!」
サクのお姉さんはまだ生きていたようだ。
俺はそのお姉さんが対峙している鳥の化け物を睨みつけた。
フクロウが巨大化したようなモンスターだった。
HPバーの名前を見る。
四ツ目のナイトイーター
その名の通り、顔に緑色をした目が四つある。
俺は立ち止まった。
自分の体がぶるぶると震える。
……落ち着けって、俺。
フクロウの足のかぎ爪がサクのお姉さんに襲いかかろうとしていた。
俺は唱えた。
「おたけび」
続けて叫んだ。
「わあぁぁぁぁあ!」
フクロウは硬直した。
翼のはためきが止まり、地面に落っこちていく。
どさっと大きな音がした。
「好機!」
サクのお姉さんが飛び出していく。
「待てって!」
俺は呼び止めた。
お姉さんが立ち止まってこちらを向く。
「なんで?」
俺は思考を回転させる。
こんな化け物にいま勝てるわけがない。
俺とセニャはレベル5だ。
逃げるしかない。
俺はしゃがんだ。
「セニャ、乗ってくれ!」
「あいあいさ」
間髪入れずに言うことを聞いてくれるあたり、セニャから信頼されているようだ。
彼女が俺の首に両手を回す。
持っている杖が邪魔だが仕方がない。
彼女の足を掴んで立ち上がる。
「セニャ、フクロウに向けて、ファイアーボールを撃て」
「ファイアーボール!」
セニャの杖から火の玉が噴射する。
フクロウの緑色の目に当たった。
「フォォォォ!」
気味の悪い悲鳴だった。
「俺にヘイストをかけてくれ」
「ヘイストッ」
俺の頭に緑色の玉が灯る。
サクとそのお姉さんのいる反対側に走る。
サクたちに向けて叫んだ。
「村で落ち合おう!」
フクロウはまた翼を羽ばたかせる。
ズオンッと大きな風が起こり、空に舞い上がった。
こちらに向かってくる。
狙い通りだ。
俺は走った。
ヘイストのかかっている俺の足は、フクロウの飛行スピードよりも少し速かった。
しかし三十秒で魔法の効果は切れる。
俺はまたフクロウに対峙しておたけびを使った。
地面に落ちる鳥の化け物。
クールタイムが終わり、セニャがまた俺にヘイストをかける。
それを何度か繰り返し、俺たちはフクロウから逃げることに成功した。
原っぱとは逆の門から村に入る。
セニャを地面に下ろして、俺たちは息を整えた。
「トキト、君、案外、頭良いね!」
「案外ってのは何だ?」
かすれた声で答える。
「あはは、ごめんごめん、すっごく怖かったね! でも、ジェットコースターよりもスリルがあったよ!」
「俺は、死にそうな気分だったよ」
苦笑をする。
「本当だね」
セニャはクスクスと笑う。
俺は深いため息をついて、顔を上げた。
「とりあえず、サクとお姉さんの無事を確認しよう」
「そうだね」
俺たちは並んで歩き出した。
「広場かな?」
「たぶん、そのあたりじゃないか?」