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あほ毛角 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは「あほ毛」ができた経験はあるかい?


 ――あんなぴんぴん、アンテナや触角みたいに生えることはない?


 ああ、そのイメージ、漫画とかアニメであるパターンでしょ。あれはカタカナが使われる方の「アホ毛」だなあ。

 現実のあほ毛は、もっと本数が多くてさ……こう、小さい傘の骨だけ広げたような感じになることがあるんだよ。髪のセットの仕方に問題があるのかな?


 いま、触角といってくれたけれど、動物にあって人間にはないもののひとつだよね。

 我々も毛の先端でものに触れることはできるけど、その感度は動物の持つものよりも、ずっと鈍いことがほとんどだ。

 更に触角から「角」という段階へなっていくと、たいていはオスが持つものになっていく。

 どうやら遺伝子の関係らしくてね。メスには角の発達を抑制するホルモンだかの作用が出ているらしい。

 そりゃ、野生においてメスの役割は子供を産むことだからね。ヘタに武器を持って振り回し、ケガなんてしたら十分に役目を果たせなくなる。だから女は争いの場に出るべきでない。


 だが、それらのリスクをある程度カバーできる人間界においては、事情も変わってくる。

 特に「あほ毛」の中でも、フィクションじみた「アホ毛」を有している人をもし見かけたら、注意した方がいいかもしれない。

 僕が昔に出くわしたことなんだけど、聞いてみないかい?



 僕のクラスに、その子が現れたのは二学期の初めだった。

 転校生だという彼女は、二つ結びにした髪の片方から、数本仲間外れになるようにして、髪の毛たちをおったてていた。

 最初に見た時は、「寝ぐせかな」と思ったけれど、日が改まっても、まったく同じところにはねて立ち続けている。それどころか、体育の時間などもはねた髪の毛部分を気にするそぶりを見せているし、なにやら自分でセットしているらしい雰囲気を醸していたな。


 彼女本人のスペックは高かった。

 髪の毛を気にしながらも、周りの女子はおろか男子相手でも上位に食い込む点数を出していたから、勉強も実技も文句のつけようがない。

 だが、彼女の人気そのものはさほどでもなかった。お世辞にも、容姿はクラスでも下から数えた方が早いんじゃなかろうか。

 クラスでも群を抜く、あばたの数。ここまで引っ込むかという鼻に、閉じていても出っ張ってくる前歯たち。そして異様なまでに大きい黒目の取り合わせは、面と向かって話すと、かすかに鳥肌が立ってくる感触さえした。

 誰も本人の前で口に出すような真似はしなかったものの、この見た目だけで苦手だと話す友達が数人。さらに、その人数を増やすきっかけになったのが、授業中の彼女の行動だ。



 彼女はよく、舟をこぐ。

 こっくりこっくり、頭をがくんがくん動かすものだから、そばにすわっていると目立つ。

 そのとき、彼女の「あほ毛」も上下するんだけど……それが異様なしなやかさを持っているんだ。

 上下する彼女の頭の動きに対し、あほ毛はというと左右にもぴゅんぴゅん振れる。結果、前と左右、振れ具合によっては後ろにいる人でさえ、あほ毛が襲ってくることがあった。


 そう……あれは襲うといっても、言い過ぎじゃないとは思う。

 僕自身も彼女の後ろの席になったときに体感したけど、彼女のあほ毛は常軌を逸した固さを帯びていた。

 かすった程度ならそうと気が付かないけれど、まともにぶつかると想像以上の衝撃がある。肩へもろに食らったときは、竹刀でも打ち下ろされたかと錯覚するほどだったよ。

 面食らっている間に、あほ毛は元の位置へ戻ってしまう。彼女とて授業中に、ずっとうとうとしているわけじゃなく、起きているときは毛の動きもおとなしい。

 けれども彼女の周りに席を置く人は、ちまちまと自分の席を動かし、彼女のあほ毛が当たらないような配置を心がけていたっけねえ。



 その奇妙な彼女との日々は、長くは続かなかった。

 その日は校外学習ってことで、電車に乗って職場体験に向かった。

 僕たちの班には彼女も参加していたんだが、たまたま座れた電車の座席で、また彼女がこっくりこっくりやり始めた。

 すでに心得ている僕たちは、彼女からそっと距離を取る。元から彼女に話し相手はいないし、この期に及んでの居眠りは、相手に対して「興味ないね」とおおっぴらに伝えているも同然。

 他の班員たちも各々のおしゃべりにはまって、彼女のことを全然見やらなくなってしまったんだけど、僕はたまたまそれを見た。


 ずるずる、ずるずる。

 彼女の口元から、何かをすする音がする。てっきり鼻水が出ているものかと思ったけれど、違った。

 彼女の前方、比較的すいている車内の空間。あほ毛が伸びて、何度も上下しているその空間に「色」ができていたんだ。

 風船のようなビニールの断片が、宙に浮いている状態、といえばいいか? ほんの縦数センチほど、本来見える車内の景色の代わりに浮かぶ、赤と黄色の入り混じる空間。そこに触れる彼女のあほ毛の先から、毛全体を伝って彼女の頭へ赤い液体が届いていく。

 うつむいているから、その表情は分からない。でも毛の表面を動いていく液体と、それに合わせて続く彼女のすすりは、電車を降りる数分前まで止まなかったよ。



 翌日。昇降口の横の壁に、大きなさなぎができていた。

 生徒たちが集まって騒ぐも、先生たちに教室へ向かうよううながされ、休み時間には撤去されてしまった。そしてその日を境に、彼女は教室へ姿を見せなくなってしまったんだよ。

 いま思えば、あのあほ毛の動き。邪魔者をのけていく虫の角にそっくりだったと思う。するとあの空間から、彼女が毛を伝って得ていたのは、虫にとっての樹液の役割を持つ何か。

 それが彼女自身の「成長」に必要だったんじゃないかと、僕は感じるんだ。



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