第八話 神官。紋章騒動。
読んでいただけたら幸いですm(_ _)m
――家人達との昼食を終えた俺は、再びエオメルと自室にいた。背丈に見合わない、やたらと大きなベッドで仰向けになりながらさっき読んだ本の内容を反芻していた。
憎んでいた民衆は決闘を通じて獣を許したのだろうか?
聖獣として迎え入れたことに反対は無かったのだろうか?
また決闘に敗れた獣側もそれを納得したのだろうか?
様々なことが頭に浮かんでは消えた。所詮は誰かが書いた本の内容だ。脚色は全然あるだろうし、事実と異なる部分もあるだろう。だが、決闘が行われ人類種が勝利したのは間違いなく事実の筈だ。そこが嘘では実際八英雄の子孫と呼ばれる貴族達が治めている王国の現状の意味がわからない。
まあ今俺が一人で考えても答えは出ないよな。父親や母親、もしくは銀獅子だったら何かそういったことを知っているんだろうか、裏話的なストーリーとか、結構気になるなこれ。
――コンコンコンコン
「ミスト様、ジェシカ様がお見えですが、どうされますか?」
お、帰ってきたのね。俺はベッドに寝転んだままエオメルに答えた。
「通してあげて~! そっちに行くからメイドさんに言ってお茶でも出してあげてよ」
身体を起こして、すぐに姿見で身だしなみをチェックした。確かジェシカさんは実家に帰ってたんだよな。神殿に報告も済ませたんだろうか、まあ暇だし色々と話してみるか。
俺は寝室のドアを開け、イスに座ると謎地球に来てからはもうだいぶ見慣れた小柄な神官さんに俺は挨拶がてら尋ねた。もちろん実家のことはノータッチだ。
「ジェシカさんこんにちは。もう神殿には行かれたんですか?」
「こんにちはミスト君、ええ、もう神殿での用事も済ませたのでこちらに戻りました」
俺はジェシカさんと対面に置かれたイスに腰掛けながら話を続けた。
「加護のことや紋章のことに関して何か進展はありましたか?」
「いいえ、特にはありません。最近は神殿本部でもあまり注目はされていないようですね」
「それは重畳です。このまま興味を失ってもらえれば完璧ですね」
「はい、なんとか国王陛下とオーウェンの目論見通りには運んでいるようです」
と、大体この辺が俺とジェシカさんのテンプレとも言えるやり取りだ。
俺の祝福の一件だが、正直初手は下手を打ってしまったと言わざるを得ない。ジェシカさんは神殿本部に紋章のことのみを、司教などのごくごく限られた人物に報告したのだが、それだけでも異例すぎてかなり騒ぎになってしまった。
そして父親の方は女神様の茶目っ気たっぷりの鑑定文だけを伏せて国王にのみ報告したのだが、国王は国王で気になってしまったらしく、その一件を探る為、研究機関の長などに言ってしまったそうだ。
こうして結局様々な噂が噂を呼びに呼んで、マクスウェル公爵家はテッラの御子を匿っているだの、注目を集めて権勢を拡大しようとしているだの、裏で特殊な実験を行っているだのとデマが横行し、一時はかなり面倒なことになった。
俺は当時赤ん坊の本分でもある昼寝で忙しかったし、まったく屋敷からも出されなかったので記憶に無いが、連日に渡り野次馬に新聞記者や魔導放送局員などが屋敷の前に押し寄せ、まるで前世で言う芸能人(ちなみに謎地球にも歌手や役者などそれに該当する人がいる)の大スキャンダルかの如く取り扱われたらしい。
ちなみに一般レベルにまでは普及していないが魔法による放送、通信技術はそれなりに発展しており、闘技場のように国営の大きな施設や役場、貴族の屋敷や冒険者組合が運営する酒場などではテレビにラジオ、携帯端末の様な物まである。
動力源や機材の安定的な供給が確立されていない(素材の確保に莫大な予算がかかる)為、一応は国営放送という名目なのだが一般の大企業や資産家達の出資無くしては成り立たず、出資額の大小や権力が放送内容に直に影響するという何処かで聞いたことのあるような構図だ。
そういった各メディアでの加熱する憶測や世論を受けて、両親も暫くの間は緊急性の少ない公務の予定を調整し、なるべく外出の無いようにしていた程だという。
数カ月経っても収まる気配のない記者達や世間の関心をいい加減逸らす為に父親は国王に緊急で連絡、それなりに騒動のことを反省していたらしい国王も世論の沈静化に協力することを約束し、官民双方のお偉い方が秘密裏に招集された。
会談の細かい内容までは聞かされていないが、国王と父親とジェシカさんとで事前に会談し、祝福から先の一切を無かったことにしたらしい。
そんなこと通用すんのか、とも思うが俺の予想では恐らくお金や利権で何らかの取引があったと思われる。
何しろ会談後すぐに国王が放送で会見を開き、昨今の騒動は噂が噂を呼んだことが原因のなんやかんやで、ざっくり言うとだが、全て事実無根のまやかしだ。だからマクスウェル公爵家に対する追及は辞めろ。と宣言した。
こうしてこの国王の会見放送後はそれまで連日各メディアで取り扱われていた事が嘘みたいに報じられなくなったとさ。めでたしめでたし。
いや~権力って怖い、人間て怖いよね。一夜明けたら表が裏に裏が表に、ってね。
とはいえここまでパタッと無くなると燻ってる人達も出てくるだろうってことで、俺は公爵家の敷地からは一歩も出られないのは変わらず、徐々に沈静化したとはいえ5歳になるまでこの世界のことはおろか、マクスウェル公爵家の領地のことでさえ見ることもなく過ごしてきた訳だ。
それとジェシカさんが神殿通いを続けているのは一度知ってしまった神殿上層部へのポーズだ。
神殿は王国と長らく協力関係にはあるが、その総本山は特殊な立場の他国にある独立した組織だ。
公爵家と王家で寄付金の額を大幅に増やし、再度紋章の件を触れ回らないように力技で抑えている状態だ。神殿としては一度増やされた物は減らして欲しくないし、こちらとしては黙っていれば同じ金額を入れ続けようって構図になっている。俺としてはよく神殿側が強請ってこないなって感じなんだが、まあ神殿側としても下手に突きすぎて恨みを買うのも面倒なのだろう。
王国側の打出の小槌感が否めないが、大スキャンダル状態継続で女神様の天罰待った無しじゃあたまんないしな。それなりにいい落としどころってとこだろう。
改めて整理するとジェシカさんが気まずくなんのも頷けるな。それなりに高位の神官で家柄も上流の方とはいえ、一人の女性が抱えるには大きすぎるよな。国王と父親もジェシカさんやその一族を責めたりは一切していない様子だけど、それが逆に重荷にもなってんだろうな。当事者の一人なのに問題デカ過ぎて気づけば本筋からは蚊帳の外だもんな。
それにしたって転生してまで引きこもりなんて聞いてないぜ女神様。マクスウェル公爵家の人達がみんないい人ばかりで俺自身なんの不満も不自由も感じないままここまでこれたから良かったけど、天罰がどうのっていうのも本当はそんなこと出来ないのに、自分がやらかしたことを鑑定文の書き換えだけでなんとかなるって決め打ちしたんじゃないのか?あの女神様じゃやりかねないんだよな。
両親曰くマクスウェル公爵家の事業やら、貴族同士の社交の場などでは結構色んなちょっかいを出されたらしいが、最近になってようやく収まってきた。
「あの、ミスト君……?」
とまあこんなところだ。父親もあの時は完全に冷静さを欠いたと思っているみたいで、この話題になると毎度ジェシカさんと本当に不毛な謝罪合戦を繰り広げている。そして長々と失礼、もう少しテンプレには続きがあった。
「……ああ、すいません。少しばかり考えごとをしてしまいました」
「……ミスト君、本当にごめんなさい。あなたの大切な人生を、大切な時間を壊してしまったわ」
「いえいえ、全てはあのギャル女神様の責任ですから、もう気にしないでください」
まあ完全にジェシカさんと父親の対応も悪いんだけどな。
「ぎ、ギャル? って? よくわからないですけど、テッラ様の責任にするだなんていち聖職者として出来ないわ。よく考えずに動いた私が一番悪いんです」
「そんなに落ち込まないでください。苦労はあれどこうして無事にみんな生きている訳ですし、ジェシカさんこそもう少しご自分を大事にしてくださいね」
だから結婚出来ないんですよ。ってキュロスがいたら言っちゃうんだろうな。
「そういう訳には……」
「ジェシカさん。僕は本当に大丈夫ですから、外に出られないのは確かに残念ですが、僕が大きな不自由を現状感じていないのもまた事実です」
「でも……」
面倒くさいなぁもう。気持ちはわからなくもないけど、間違いくらい誰でもあんじゃん。まして犯罪って訳でも無いんだし。
「ジェシカさん、間違いは誰にでもあります。僕に申し訳ないと思うのであれば、その後悔を踏まえ、何か建設的なことをしませんか?」
「……その通り……ですね。ただどうしたら良いのでしょうか?私には皆目見当もつきません」
俺はエオメルに目配せし、両手を合わせた。エオメルは察して軽く一礼し、メイドと共に一度外してくれた。空気読めるね……キミ。少し間をあけて続きを始めた。
「そうですね……なんだか騒動以来改めてになりますが、ジェシカさんは僕が転生者であることは信じていますか?」
「はい、物事を覚える早さや喋り方、それに鑑定文や紋章のこともあります。ミスト君のその落ち着きも到底5歳の子供とは思えませんので、信じています」
「信じているのならば話は早いです。前世と総合すれば僕はジェシカさんよりも長く生きています。その僕からの助言です」
「……はい、お願いします。」
少しキツいが、前々から思っていたことを俺は伝えることにした。
「ジェシカさんは真面目な人だ。恐らくまったく気にしない、というのは無理でしょう。ですが、これは僕の経験則からも言えます。決して明るいとは言えないその雰囲気や態度がまず周囲を疲れさせます。それにジェシカさん自身の人生がまるで僕のせいで無駄な時間を浪費させてしまっているようで、こちらも申し訳なくなる。お互いにとって不利益ばかりではないでしょうか? そこはどう思われますか?」
「……実はエミリアにも似たようなことを言われたことがあります。過ぎたことは仕方ない、くよくよと下を向いて気にするよりも、まず前を向いてすべきことがあるんじゃないか、って……」
「さすが母様です。でもならば何故実行しないのですか?」
「ミスト君……」
ジェシカさんは何か言い淀んでいるみたいだ。吐き出してもらわないとな。
「はい、正直になんでも言ってください。」
「……私を……許してくれますか?」
許すも何もないと思うんだけどな。俺が気にしなさ過ぎなのかね?それか事態を正確に把握できていないってことなのか……いや、そりゃまあ世間も騒がせたし、大きなことには違いないけど、でも母親だって似たようなこと言ってる訳だし、ここは自分の心に従っていいだろ。
「当然です。というか僕はジェシカさんにそこまで恨みなどの負の感情を抱いたことなんてありませんよ」
「ほ、本当に……ですか?」
こんな、まあ結構お姉さんではあるけど、見た目も仕草も可愛らしい女性にそんな……ねぇ?
「もちろんです。強いて挙げるとすればさっきも言った通り、苦しそうなジェシカさんを見ているのがずっと辛かったですね」
「……少しだけ肩の荷が降りたような気がします。ありがとうございます。」
「いえいえ、それともう一つお願いなんですが、その口調ですよジェシカさん。あなたは両親の友人だ。もう少し砕けていただけませんか? それこそ両親と話しているみたいに……話しにくくて仕方ないです。たとえ総合的に僕が目上でも現状は……ね?」
俺はイスから立ち上がり、大仰に両手を挙げてみせた。
本当に最初の方は、やれ殿下だ、神子様だ、天子様だのと本当に大変だった。ミスト君と呼んでもらうのにもどれほど苦労したことか……いい加減にして欲しいんだこっちは。
「そう……ですね……すぐには無理だと思いますが、努力します。」
こりゃまだ時間かかりそうだ。将来色々と矯正されたら絶対にネタにしてやる。
ジェシカさんて歳上なのに昔は僕にチョ~ヘコヘコで、会うたんびに葬式みたいな感じだったんですよ~って具合だな。葬式の下りはその場のTPOに気をつけて使うとして……何パターンかイジり方考えておかないとな。
「はい、お願いします。それでジェシカさん、今日これから何かやることはありますか?」
「いえ、特にはありませんが……何故ですか?」
気分転換してぇわ。
「僕とデートしてください。」
「はい……え?」
「だからデートです。デート。」
「デート……ですか?」
あれ、伝わってない感じ?断らないよね?
「デートがわかりませんか?」
「いえ、デートってその……デートですよね?」
「そうです。出掛けたり、一緒に食事をしたりするやつです」
「わかりますけど……でも何処へ?確か今は…も何もミスト君は外出は出来ないですよね?」
フ……そんなことはわかっているさ。
「はい、もちろんわかっています。ですので三階のテラスでお茶をしましょう。大丈夫ですか?」
「なるほど……そういうことでしたらわかりました。ご一緒します」
よし、これで転生後初デートはジェシカさんに決まりだ。姉妹達とのほのぼの庭園散歩等はノーカンだ。家族だからね。
「ありがとうございます。あ、無理にとはもちろん言いませんからね。気が進まなければ断ってください」
俺もいらんこと言うよな。わかったって言ってんだからいいじゃんな。女性との関わりがご無沙汰過ぎて感覚がおかしくなってるわ。いや、実際人生リスタートな訳だからDTってことでいいのか?
「大丈夫です。私もお茶は大好きですから」
あら可愛らしい。そんな笑顔もできるんですね。
エオメルを呼び戻すと何故か目が真っ赤だった。お前聞いてたなさては?転生の下りは……まあいいか、主要な家人に聞かれたところで今更な気がするし。父親もざっくりとは話してるかも知れんしな。いや、出産の時点でいた面子なのかも?わからん。
ていうかコイツかなり真面目そうななりしてもしかしてフリなのか?仕事だからなのか?
「エオメル、目赤いよ?」
「は! すいません。虫が目に入ったようです」
――下手くそかよ。
ジェシカとデートだやっほーい!
私だったら内心はこんな感じです。