第七話 双子。読書。王国史。
読んでいただけたら幸いですm(_ _)m
――俺は数冊の本を手に図書室を出てから未だ得心のいかない様子のエオメルと廊下を歩いている。
屋敷中央の階段に差し掛かるぐらいでエオメルは首を傾げながら尋ねてきた。
「あの、ミスト様、図書室で一体何が起きたのでしょうか、情けないことに私が気を失ってしまったのはわかるのですが、原因はなんなのでしょう?」
エオメル、すまんが理由は言えないんだ。銀獅子の放った謎の波動で……なんて説明する俺の頭が疑われてしまう。
「いや~多分おそらくきっと立ち眩みかなんかじゃないかな~? 気絶と言っても本当に一瞬だけだったよ?」
――これを方便と言う。嘘ではない、方便だ。
「そうですか……え、一瞬ですか……? 気絶は本当に一瞬だったのですか?」
「うん、そうだよ、本当の本当に一瞬だけ、ごめんね? 支えられなくて、急に階段を駆け足で上らせちゃったから少しフラついちゃったのかもね」
普通そんな程度のことで健康な若者は倒れたりせん。いや、断言はできないはずだ。
「そうですか……体調には普段から護衛隊の一員として人一倍気をつけていたのですが……甘かったのでしょうか……いえ、それよりもミスト様は大丈夫でしたか?護衛の身でありながら誠に申し訳ありません!」
謝らんでくれ、気まずい気まずい。
「いやいや、エオメルはな~んも悪くないって!僕が見間違い?かなんかで騒いじゃっただけだからさ、あははははは……はぁ……」
これ絶対父親になんかしら報告されるよな~。
やれミスト様のご様子が……とか、図書室で急に叫ばれて……とか……マジで勘弁なんですけど。完全にイタい子じゃんね。
まあでも護衛なのに気絶してましたなんてエオメルが言えないことに期待して……いや、逆にこれはちゃんと父親に直接聞いておくべきことなのか?父親が銀獅子を知らないってこともないだろうし、こんなことがありました的な感じで話して……うーん。
「ミスト様、今回のことは旦那様に報告しなくてはなりません。守る立場の人間として如何なる理由があろうと気絶したのは完全に私の失態です」
公爵家の人達はどいつもこいつもみ~んな真面目です。
「うん、でもわざわざエオメルが不利になるような報告はしないでいいからね? というよりも報告に行くタイミングで僕にも知らせてくれないかな? 図書室のことで少し父様と話したいことがあってさ」
「お気遣いは大変有り難く存じますが、私は私の見たことをありのまま報告します。ただミスト様も旦那様に御用があるということでしたら、報告に向かう際はお声掛け致します。これでよろしいでしょうか?」
「うん、わかった。それでいいよ、ありがとう。」
こういうのがキュロスといると楽な理由なんだよな。まあもちろん悪いことじゃないんだけど、どうも肩肘が張ってるというか、ね?
「さ、中へどうぞ」
――エオメルが扉を開け、自室へと入る。
「ああ、ありがとう」
「ミスト様、安全性の観点からも中で待機したいのですが構わないでしょうか?」
「うん、もちろん構わないよ」
「はい、では失礼します」
扉を閉めるとエオメルは部屋中を観察し始めた。そういえばエオメルが護衛に付くのは初めてって訳じゃないけど、2人きりは初めてかもな。
にしても見れば見るほどエオウィンにしか見えない。仕草から何からもう似てるじゃなくて同じの領域だ。
「ねえエオメル」
「はい、なんでしょうか?」
「エオウィンとは仲良いの?」
「兄とですか? はぁ……まあそうですね……仲は良い方だと私は思っております」
「そうなんだ。仕事以外では遊んだり話したりするの?」
「はい……ごく稀なことではありますが揃って暇をいただいている間は一緒にいることが多いですね」
「そっかそっか、やっぱり双子だと考え方とかも似てきたりするの?」
「はい、特に合わせようとしなくても咄嗟に出る言動が被ったりなどは頻繁に起こります」
双子ってそんな感じなのか、てかそこまで言動が被るんだとしたら……
「じゃあ好きな女性のタイプとかも一緒だったりするの?」
「え、女性ですか? ……その、答えないと不味いでしょうか?」
「いや、もちろん無理にとは言わないけど単純に気になっちゃってさ。良かったら教えてよ」
「う~ん、そうですね……最近は無い、と言いますか……その、ミスト様ぐらいの年代から成人する頃までは同じ女性を好きになることは多かったように思いますね」
「最近は無い、っていうのは?」
「……これはお恥ずかしい話なのですが……」
「エオメル、もうここまできたら言ってよお願いだから、気になっちゃうよ」
気になり過ぎて夜もぎりぎり眠れちゃうよ。
「はぁ……では、わかりました。」
エオメルは謎に一拍間を置いた。
「……どっちがどっちか区別がつかない。とフラれてしまうことが多かったのです」
「え……?」
「要は相手の女性が混乱してしまうことが多々ありまして、それなりに仲を深めても、会えば必ずどっち?などと言われてしまうんです。私達兄弟は双子の中でも特に似ているので……」
そ、それは可哀そうだな。まあ相手の女性も間違えたくない一心なんだろうけども
「私は平気……とは言っても、もちろんそれなりに傷付いてはきたのですが、兄は結構そういった面では重症でして……あまり恋愛に積極的では無いですね。」
これは双子あるあるなのだろうか、あまり近しい友人に双子がいなかったからわからんぞ。
「そ、そうなんだ。なんか悪いね。変なこと聞いちゃって」
「いえ、私共のような平民の話に興味をもってくださり光栄です」
いやいやエオメル、俺の方が圧倒的にパンピーだから、それに…
「僕は平民なんて言葉は好きじゃないな」
「は、すいません。しかしマクスウェル公爵家の方々に限っては大変奇特な方ばかりですが、高貴な身分の方が私のような者とこうして普通に口をきいていただけるだけでも珍しいことなのです」
カタガタカタカタうるさいな。
「卑下もダメだよエオメル。それだけわかっているなら公爵家の流儀でいいじゃん。キュロスを見習いなよ」
自分で言っておいてなんだが、見習う対象としては完全にエオメルが勝ちだよな。
「警備隊長ですか……なかなか私にとっては高い壁ですね……自信はありません……」
これは完全に俺が悪い、お手本の人選ミスだ。
「ま、まあそうか、そうだね。あそこまでとは言わないよ。でもガドぐらいならどうかな?」
「料理長ですか! それなら私にも頑張れそうです!」
ちょっとは現実的になったかな。いける!みたいな感じで拳握り締めてるし。
ていうかキュロスの印象はやっぱりというか、あんまり良くはないんだろうな。俺はたまらなく好きなんだけどな~あの感じ。
「仕事中なのにごめんね。それじゃあ僕はさっき図書室から持ってきた本でも読んでるから」
「はい! では扉付近に控えておりますので何かありましたらいつでもお声掛けください!」
なんか元気出てるし。ていうかそんなに他の貴族さんは絡み辛い感じなのかね。
「うん、わかった。それじゃ寝室にいるからなんかあったら声かけるね」
エオメルは胸に片手を当てて軽く頭を下げた。護衛隊の礼は基本これだ。
――俺はエオメルが出入口の横に向かうのを確認すると持ってきた数冊の本を抱えて隣にある寝室に入った。
「はぁ~肩こるわ~」
隣に声が漏れないのは以前メイドさん達で実験済みだ。この屋敷の部屋の壁は分厚くはないがなかなかに良い材質で出来ているらしい。
「さ~て銀獅子お薦めの一冊でも読んでみるかな。え~となになに……表題は【八英雄と守護聖獣】か、この表題でなんで装飾が公爵家の紋章なんだろう。まあいいか、これはトキ王国建国の祖、ムジーンが一介の冒険者であった頃の物語である……ほうほう、ほんで?」
――この本の大体の流れはこうだ。元々現在守護聖獣と言われているのは大昔は【邪悪なる獣】と呼ばれていた。
そして獣達は末端の種族でも人類種が手も足も出ない程に生来強かった。
獣達を率いる強力な個体は天災のように扱われ、人類種の一部には神と崇める者すらいた。
獣達は特に弱者の嗜虐趣味などはごく一部の獣を除いては持ち合わせてはいなかった。
獣達は同等以上の力量を持つ者との戦いを異常な程に好んだ。
この戦いは場所を問わず頻繁に行われ、多くの人里に被害を出した。負傷者は日常的に出て、避難が間に合わず獣同士の戦闘の余波で死者が出ることもままあった。人類種は獣達に対し心の底から辟易していた。恨みを持つ者も少なくなかった。【邪悪なる獣】の呼び名が定着するのに時間はかからなかった。
だがそんな混迷を極める中一人の冒険者が立ち上がった。あまりにも頻繁に出る被害を見兼ねたトキ王国建国の祖ムジーンは、民衆をその人間離れした武とカリスマでまとめ、そこから獣達を倒すべく有志を募った。
獣に恨みを持つ者は増え続けていた為、有志を募ると腕に自信のある者が連日連夜列を成して集まった。
獣を倒す大願を果たす為、また生半可な者が混ざらないようにする為にムジーンは列を成していた全ての者と、自ら実戦さながらの試合を行った。それは後に【大願練武】と呼ばれた。
何ヶ月にも及ぶ【大願練武】をくぐり抜け、とうとうムジーンに勝るとも劣らない猛者7名が残った。皆人類種ではあったが種族はバラバラだった。また【大願練武】が行われている間は獣達の戦いで最も民衆に被害が出た期間でもあった。これを後に【血涙の試練】と民衆は呼んだ。人類種は大きすぎる代償を払った。
こうして獣を撃退する為、たった8人ではあったが旧トキ王国(当時は小さく区切られた村落程度の土地を無数の有力者が統治し、国と言えるようなものは無かったとされる)の中では最強の討伐隊が結成された。
獣達が暴れる前は小競り合いの絶えなかった人類種達は、奇しくもこの【大願練武】を通し、また獣達の討伐という悲願を共有することで、旧トキ王国の周辺地域史上初めて強固に団結した。
彼らは獣達が現れたと聞きつければそこへ即座に駆けつけた。討伐隊は数多の苦戦を強いられながらも獣達を尽く撃退した。少なくなっていた獣同士の争いは最早一切と言っていいほど無くなり、完全に討伐隊と獣達の戦いの様相を呈していた。
気がつけば獣達との戦いを始めてから6年もの月日が経過していた。
ある日いつものように獣達を発見した一報を受け、目的の場所に到着すると、幾度となく激戦を繰り広げた獣達の代表格が、討伐隊の数に合わせるように8体待ち構えていた。
獣達は不思議なことにその場での対話を要求した。そして獣達の中で最も力のある竜王が言った。
『――我等の武に人の身でありながら対抗する強き者達よ。お前達は面白い。我等の永きに渡る退屈を凌ぐどころか、その観念を根底から覆した。そこで我等は貴様等に……生命を賭けた決闘を申し込む』
ムジーンは悩む間もなく答えた。
『その申し出、慎んで受けよう竜王よ。我等人類種と獣、その最後の決着をつける時がきたのだ』
ムジーン達討伐隊の面々は度重なる戦いの末、1つの結論に到っていた。この獣達は邪悪な存在などではない、と
無論毎度死力を尽くす戦いには違いなかった。大怪我を負うことも少なく無かった。時には命を失う覚悟をした時もあった。
だが、やがて討伐隊はもちろん、獣と直に接した者達は気づいたのだ。獣達はただただその強力すぎる力を持て余していた。その純粋で強すぎる矛には今の今まで振るう場所も理由も無さ過ぎた。弱い者にはなんら興味を示さず、力があるとわかれば容赦なく襲いかかる。それは獣達の掟とも本能とも言えた。
討伐隊が現れるようになりしばらく経つと獣達は人類種に対する行動を変えた。驚くことに人里近くでの戦いを避けるようになったのだ。
人里近くで騒ぎだけ起こすとまるでこちらで戦ろうとでも言わんばかりに討伐隊を誘導し、周囲が拓けた場所へと向かうようになった。
6年もの間散々争った獣と人類種だが、決闘の方法は対話を何度か重ねた。その結果、討伐隊と獣の代表格の1名ずつとで1対1での決闘が決まった。
民衆からは数多くの反対意見が出たが、討伐隊は何度も何度も民衆に頭を下げ、粘り強く説得してまわった。
そしてついに決闘の日が訪れた。後にこの決闘は【暁の決闘】と呼ばれた。
決闘が行われる場所には周辺地域全てと言ってもいい数の獣達と、運命を見届けようと覚悟を決めた膨大な数の人類種達とが溢れかえっていた。決闘に挑む者達を円形に囲んだそれは、まるで神々の用意した闘技場のような光景だった。獣も人類種も関係なく固唾を呑んで見守る中、やがて戦いの火蓋は静かに切って降ろされた。
始まった決闘はその1つ1つが神話の如く崇高で、そして苛烈で、見る者全てが目を覆いたくなる程に凄惨を極めた。
討伐隊の面々は腕を噛み千切られ、足を折られ、片眼を失い、背に大火傷を負い、また指を食われた者もいた……かたや獣達は腕を斬り飛ばされ、脚を潰され、臓腑を切り裂かれ、全身を焼き尽くされ、果ては頭蓋を砕かれた……。
決闘を見ていた者の中には大声で応援する者、罵倒する者、悲惨さに顔を背ける者、あまりの迫力に逃げ出す者、その場に泣き崩れる者と、その反応は様々だった。
凄惨極まる死闘の連続の末、討伐隊は勝利を重ね続け、獣達は一体、また一体と決闘に敗れ、誇り高く、潔く散っていった。決闘が終わった時には場を静寂が支配していたという。
――斯くして決闘で死力を尽くし勝利を収めた人類種は、獣達と約定を締結した。代表となって戦い、散っていった獣達の魂とその眷族を聖獣として迎え入れ、二度と両者で争わないこと、そして共存共栄に未来永劫尽力していくことが決まった。これを【人獣協定】という。
決闘後その内容は目撃者が多分にいた為、永きに渡り後世へと語り継がれた。
特に竜王、獅子王、巨王との戦いは人気が高く、冒険者や騎士、戦士、魔法使いなど、戦いに身を置くものの間では伝説と化している。
そしてこの時の決闘に挑んだ者達は後に八英雄と呼ばれ、トキ王国建国の立役者となった八氏族の始まりであるとされている。
――と、まあ大体こんな感じだ。まったくいちいち仰々しくて正に神話の世界の本、て感じの内容だったな。
「んで? え~っと……著者は……不明? ……編纂は……心血同盟? なんじゃそら」
――コンコンコンコン
「ミスト様、昼食の時間ですがお部屋で召し上がりますか?」
「ん~いや食堂に行くよ。ちょっと待ってて。」
「は、ではそのように……」
俺は無造作に置いていた本を手に取り、書棚の空いているスペースに並べた。てかまだ昼か~1日って長いな~
自室から出てエオメルと食堂に向かう。廊下を歩きながら何故かふと思いついた。
「――エオメル」
「はい、なんでしょうかミスト様」
「僕、みんなでご飯食べたいな」
「ミスト様……皆も喜びます……」
手を放せる人だけでいいんだ、俺はただなんとなく今は独りで食事をする気にはなれなかった。
王国史に少し触れました。次回もよろしくお願いしますm(_ _)m