第六話 見送り。暇潰し。邂逅。
読んでいただけたら幸いですm(_ _)m
現在正門の前には霧の獅子の紋章が付いた4台の馬車が並んでいる。公爵家で一番豪華で頑丈そうな通称(俺が勝手に呼んでいる)○ールス○イスに父親一行、最も頻繁に使われているレギュラー2台、通称クラウ○(もちろん俺が勝手に呼んでいる)に母親一行、そして最後のこれまたクラウ○1台に姉2人とアルの乗った馬車だ。
レギュラーとはいえもちろんただの馬車とは大違いで、細かな飾り付けが施されておりこちらも負けじと豪華だ。どれも黒地に銀の装飾が眩しい。
「父様、母様行ってらっしゃいませ!」
「うむ。それでは行ってくる」
「ミスト~いい子にしてるのよ~!」
馬車の小窓から顔を出した両親に手を振りながら一旦お別れだ。
「エオウィン、出せ」
「は、それでは参ります」
まず先頭の父親の馬車が出発した。
「はぁ……はぁ……ち、ちょっと待ってください!」
と、何故か駆け足で警備隊を動員中のはずのキュロスが来た。
「あ、姐……じゃなくて、ハァ……エミリア様、そういえば自分に何か、伝えることがあると伺ったのを思い出しまして……」
ああ、そんなこと言ってたね確かに。
母親はこめかみに指を当てなんのことだか思い出そうとしているようだ。
「ん~? ああ! そうそう。イーライの誕生祝いに贈り物があったのよ。オーウェンの話ですっかり忘れてたわ。あなたとサンドラにはいつもお世話になってるからね。受け取ってちょうだい」
「え! 本当ですか姐御! 嬉しいです! あいつも喜びます!」
「今日明日ぐらいにはあなたの家に届くように手配してあるから……って、ちょっとキュロス?」
「あ……どうもすいませんエミリア様……感謝しますです」
「何度言えばいいのかしらこれ……本当に兄弟揃って仕方ないんだから、それじゃあ後は頼んだわよ」
「は! 任務を遂行します! いってらっしゃいませ!」
な~んかガドとキュロスは父親よりも母親を恐れている感じなんだよな。特別気にしたこともなかったけど今度聞いてみますかね。
母親を手を振り振り見送りまして、最後に姉妹だ。
「姉さん達もいってらっしゃい! 道中お気をつけて!」
「アルがいれば大丈夫よミスト! それに私達だって授業やイグとの鍛錬で自衛ぐらいはできるつもりよ!」
え、イグさんと鍛えてんの?初耳だ。イグさんて戦闘の心得もある人なのか。まああの母親の側近じゃ当然か。
「心配しないでミスト。また夕食で会いましょう」
「はいソフィア姉さん、また夕食で! テッラ様に無事を祈っておきますね!」
女神様よ、このかわゆい姉妹を守ってくれい。
最後も全力で手を振って見送ってやったぜ。さて、ぼちぼち屋敷に戻るかな。
「ミスト様、とりあえず自室に戻っていてください。自分も警備隊の招集と兄貴に引き継ぎが済んだら向かいますんで」
「わかったよキュロス。本でも読んで待ってるよ」
「はい、警備隊も非番となると酷いもんなんで少しかかっちまうかも知れませんが……と、いけねぇ、では失礼します!」
キュロスはそう言うとまた警備隊の詰所の方へ向かって走って行った。
働いてんねぇ。俺もさっさと部屋に戻るかな。
「ミスト坊っちゃん、屋敷まで私がご一緒しますので行きましょうか」
「お、リリアン了解。頼むよ」
――リリアンとテクテク屋敷へ戻っていると庭師のジャクソンがやってきた。
「すいませんミスト様、生垣の件は後日にしましょう。私も旦那様から仰せつかったことがございますので」
律儀だねぇ君は、わかってますとも。
「大丈夫、ジャクソンが謝ることじゃないよ。その件は申し訳ないけどとりあえず父様が戻るまでは延期だね」
「いえ、とんでもありません。では私はこれで」
そう言うとジャクソンはサッと一礼して足早に去っていった。
「さあさミスト坊っちゃん、では戻りましょう」
「ああ、行こう」
――俺は屋敷に戻ると部屋の前でリリアンと別れ自室へと入った。
「はぁ~めちゃくちゃ退屈だぞこりゃ」
マジでなにしようかなぁ、本はまだ読み途中のがいくつかあるけど、どれもあんまり面白くないんだよな。
いくつか見繕いに図書室に行きたいけど、キュロスが来るまでは部屋にいないとだし。どうしたもんかな。
――コンコンコンコン
ん、誰かな?
「エオメルです。失礼してもよろしいでしょうか」
「お、エオメルか、どうぞ~」
「は、では失礼します。私もこれから護衛の任に就かせていただきます」
こいつはエオメル、エオウィンの双子の弟で公爵家の護衛隊に所属している。兄のエオウィンに何から何までクリソツの好青年だ。
ん、てかキュロスの奴はどうした?
「あれ、キュロスは?」
「は、なんでも警備隊長は招集に予定よりも少々時間がかかるとのことで護衛隊の方に連絡が来まして、それを受けて私が代理で参りました」
はいはい、案の定非番の連中が泥酔してたってとこかね。まあ仕方ない。
ちなみに警備隊と護衛隊が別れているのは聞いた限りではマクスウェル公爵家だけだ。詳しい経緯は知らないが、冒険者をやっていたガドとキュロスの一団がある一件で父親と仲が深まり、新たに警備隊を創設してまで雇い入れたらしい。ここまではキュロスにちらっと聞いたことがある。
「了解。でも早く来てくれて丁度良かったよ。図書室に行きたくてさ」
「わかりました。では私の後に付いてきてください」
――俺は二階の自室を出て、エオメルを先頭に一階の一番奥にある図書室へと向かった。
「私はこちらで待っておりますので」
図書室に入るとエオメルは主に侵入経路となりそうなルートが見渡せる場所に留まり、いつでも侵入者と対峙できるよう警戒し始めた。
大げさじゃね?まあ仕事なんだろうし仕方ないけど
「うん、さすがに大丈夫だと思うけどありがとう」
「何時、如何なるときも油断はいけません」
「う、うん。そりゃそうだよね。あはは……」
真面目かよ、まあいいやどの本にしよっかな~。
――俺はこの家の図書室が今のところ大のお気に入りだ。二階部分まで天井が抜かれていて、読むためのスペースには吹き抜けから大きく太陽光が取り入れられており、書棚の近くには影が出来ないよう均等な間隔で魔法の灯りが据付けられている。魔法の灯りはランタンの中に熱を持たない発光する石が入っており、火災が起きないように対策されている。色々と素晴らしい図書室だがなんといっても一番は蔵書の数と広さだ。
「なんにしよっかな~、この辺はもう読んじゃったしな~」
俺は中二階の隅にある、普段は難解そうなので寄らない書棚に来ていた。パパッと表題を見て何冊か手に取り、中二階部分にもある読書スペースのイスに腰掛けパラパラとページを捲り始めた。俺の本選びはいつもこんな感じだ。冒頭を少しだけ読んで導入で興味を引く本だけを部屋に持っていくのだ。
普通にこうして本を読めている訳だが、言葉の方は生まれてすぐに大丈夫だと判明していた。最初は見たこともないこの世界の文字に一抹の不安があった。だがそれはすぐに解決した。謎の文字を眺めているとなんとお馴染みの日本語に変換されるではないか、その時はだいぶテンションが上がったのを憶えている。
しかも書く方も日本語を書いているつもりでやれば謎言語の文字を書くよう手が動いているのだ。もちろん最初は違和感満載だったが今では慣れたものだ。女神様マジであざます!
――あれ、なんかフードを目深に被った大男が書棚の横にいるような……
「おい小僧。お前見え……」
「ぴゃ!!」
――ガタガタン!
俺は驚いて後ろへ転げた。イスが倒れ大きな音が鳴った。ノシノシと大男がこちらへと近付いてくる。読書スペースのテーブルを挟んで向かい合う形だ。
「……慌てずともよい小僧。それよりも……」
「え! エオメルぅ~!!」
俺は超絶叫した。
「は! ミスト様何か!?」
俺が一瞬階下を見やると危険を察知したエオメルがこちらに向かって走り出した。
「こ、こっちだ! 変な奴が!」
「……おい、小僧無駄だ。そもそもなぜお前は……」
謎の人物はテーブルの向こうで腕を組み微動だにしないままだ。そしてエオメルがバタバタと階段を駆け上がりすっ飛んできた。のだが……
「えっと、あのミスト様……? 何かの間違いでは?」
――はい?
「何言ってんの! ここにいるよ?」
俺は謎の人物を指差しながら言った。
「無駄だ。そいつには見えん小僧。お前に……」
「だからここだって! エオメル! 見えないの!?」
鳥肌が立ってきた。まさか幽霊とかそっち系の怖いやつなのか?謎地球に転生したら霊感が身についちゃった件なのか!?
「ええい鬱陶しい! いいから話を聞け! 面倒だ!」
大男はそう言うとエオメルの胸あたりに手をかざした。
――バタン。
エオメルは唐突に倒れた。意識を失ってしまったのだろうか、いやまさか……
「死んではおらん。それに危害を加える気などそもそもないわ。いい加減静まらんか」
あ、そうですか。いや、今の見て信じられるか!!
「だ、誰なんですか? まさか僕を……?」
俺は竦む足を叩いて立ち上がり、大男に向かって身構えた。そこでもう一度この大男を観察した。
この大男はガドインに並ぶ程デカく見える。しかもローブ越しだというのにも関わらず上半身の盛り上がりが、一つ一つの筋肉の隆起が、この大男の鍛え方が生半可なものではないと伺わせる。フードは大男の顔がすっぽりと隠れるようになっていて表情はまったく伺えない。本当に何者なんだ。
「観察は終わったか小僧」
げ、見すぎたか
「構わん。だが一つ答えろ、お前は何故ワシが見えるのだ?」
何その質問、全然要領得ないんですけど
「と、言われましても見えるから見えるとしか……」
「ふむ。まあワシがわからんのだからわかるはずもない……か」
大男は思案しかけたが、すぐにどうでもよくなったのか手近なイスを2つ並べてそこへ腰掛けた。
より間近で見るとすごい威圧感だ。野太く低い声、肘をついて前で組まれた手は銀色の毛に覆われている、その指先には研がれた刃物のように鋭利な爪、それはこの大男が少なくとも人間族ではないということを如実に物語っていた。
「まあ座れ小僧」
「あ、はい。失礼します」
「落ち着いて少しはワシに興味が湧いたか? まず名はなんというのだ。申してみよ」
全然落ち着いてはないですよ?この状況はわからないし、普通に怖いですよ。大男の纏う雰囲気は明らかに只者ではないしな…でも、なんとなく敵意というものを感じないこの人物の質問に、俺はとりあえず答えてみることにした。ここが何処なのかわからずにいる訳では無さそうだし、名前ぐらいならいいだろう。
「はい、僕はミストリオン・ブライアン・マクスウェルと申します。このマクスウェル公爵家の長男です」
声、震えてなかったかな。
「ほう……ミストリオン……それにマクスウェル。そしてその特異な黒い瞳……そうか、ワシが見えることといい、顔立ちからも無関係では無いとは思っていたが、そういうことか……いや、だが見えるにしても早すぎる……」
大男はある程度納得しているようだが俺はサッパリだ。
「あの、あなたは……?」
「そうよな……まあ気になるであろうが……というよりもだな……わからぬか?」
いやわかんないでしょ。それに勿体付けるのって良くないと思います。
「いえ、大変申し訳ありませんがわかりません。何か公爵家に御用でもあるのですか?」
「用?フハハ……クックックック、クハハハハ」
そんな面白いっすかね。用って変な言葉でしたっけ。なんかマジレスを笑われてる気分なんですけど。
「いやなに、すまぬ。フフ…そうだな……用か、強いて申すなら……そう、匂いだ。どうも懐かしい匂いがしたので来てみたら小僧……いやミストリオン、お前がいたのだ」
説明してくれたつもりみたいだけど、全然まったくこれっぽっちもわからないんですけど?
「は、はぁ……そうなんですね。」
「ところでミストリオンよ。その本、その獅子の紋章の入った本だ」
大男はテーブルの上に数冊ある本の一冊を指差した。
俺はその指差された本を手に取った。
「はい、こちらが何か?」
「それを読むが良いぞ。その本にはな、お前達マクスウェルの人間にとって大切な歴史が記されておるのだ。このトキ王国に住まう人類種全てに、と言い換えてもよい程だ。まあ、そのように大切な本をあ奴が何故このように目立たぬ場所に置いたか皆目わからぬが……」
俺はあなたが何故見えるのか、そしてここに何故いるのか、またなんでこのタイミングで本を勧められているのかが皆目わかりませんけどね。
「はい、ではちゃんと読んでおきます」
「うむ、素直だな。良い心掛けだ」
いや、言うこと聞くしかない感じじゃん?あんた威圧感ヤバいし。
「ありがとうございます。あの、1つだけお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ふむ。なんだ申してみよ」
「あの、失礼でなければお顔を拝見したいのですが……」
――ガタン
大男がのっそりと立ち上がった。
あ、俺なんか怒らせちゃいました?ここまでは実は泳がされてただけであっていよいよヤバい感じなのか……?
「……良かろう。このようなことはワシも初めてだ。もしや久方ぶりにワシと伝承を行える器かも知れん」
え、どういう……?
大男は少し離れて俺の正面に向かいあった。そしてゆっくりと大仰にフードを取った。
「わからぬ……とは言わぬであろうな?」
俺はやっと少し納得できた。この大男の顔は、神々しい程に輝く銀のたてがみ、見る者全てが間違いなく畏敬の念に支配されてならない、偉大であると同時に獰猛さも滲み出る獅子の顔だった。
大男はその獅子の顔に少しだけ笑みを浮かべた。
「時が来ればまた会うことになるであろう」
怖い、はっきり言って怖すぎるけど、なんだろう…守られているような安堵も同時に覚える変な感覚だ。
だが、これでわかった気がする。この銀のたてがみを持つ獅子はきっと……
「はい、ではいつか必ず、またお会いしてください」
「うむ。強くなるのだマクスウェルの子よ。獅子王の血脈はお前の血に、今はまだ幼くとも必ずその肉体の内にある。日々研鑽を怠らず、磨き続けろ」
「はい! 頑張ります!」
反射的に言ってしまったけど何デカい声出してんだ俺は、ちょっと恥ずかしいぞ。エオメル起きてないよな?
「うむ。ではまた……な……ミストリオン・ブライアン・マクスウェル……その時を楽しみにしている……」
銀の獅子は不敵な笑みを浮かべたまま光の粒子となって消えていった。
――その後すぐに起きたエオメルの顔は、今までに見たポカン顔ランキングNo.1だった。
謎の銀獅子登場ですね。次回の登場はいつになるのか……