第四話 美鳥。観察。
しばらく日常回が続きますがご辛抱を
庭園の入口までは屋敷から100m程あり2分も歩かずに着く距離だ。
お、見覚えのある奴が立ってるな。
「ミスト様~! おざ~っす!」
軽いなぁ~!でもここがこいつのいいところ。
「おはようキュロス! もしかしてキュロスもグロウバード?」
「ええ、リリアンさんが言ってたもんでね。ミスト様も来るだろうと思って自分も見に来ました。予想通りやっぱり来たなって感じですよ!」
こいつはキュロス・エーツ。人間族の男性で、マクスウェル公爵家の屋敷内での警備隊長を勤めている。年齢は確か29歳。身長は俺の父親よりも高く2m前後だと思われる。髪は短く茶色い、遠目でもすぐわかるぐらいに筋骨隆々で1つ1つの筋肉がボディビルダーのようにデカい。顔から身体から傷跡だらけで、片眼には眼帯、パッと見は近づいちゃいけないヤバい人だ。そんな見た目なのにヤケにノリが軽く、こっちにきてから一番ウマの合う奴だ。
「お見通しだね。まだいるかな?」
「どうでしょうね。慎重なモンスターですからもういないかも知れませんね。あの時みたいに巣でもあれば別でしょうけど」
「そうなんだよな~! あれはあくまでもたまたまなだけであって普通はどっか行っちゃうよな~」
「ま、こうしていても仕方ないですし、とりあえず行きましょうぜ!」
「だね! 行こ行こ~!」
あ、後で説教が待ってるってどこかのタイミングで言ってやらないとな。
それからまた少し歩くとグリムツリーの枝を見るのに丁度いいスポットまで来れた。グリムツリーは30mはある大木なので真下まで行ってしまうと少々見づらいのだ。
「キュロス、乗っけてくれない?」
「もちろんですぜ。はい、ヨッと」
キュロスの肩車が俺の特等席なのだ。
「見当たらないね~! やっぱいないか~!」
「声が大きいですぜミスト様、忘れたんですかい?」
声を潜めてキュロスが言ってくる。
「あ、そうだった。音には特に敏感なんだったね。」
浮かれるとすぐこれだ。グロウバードの番がいた時、巣は死角に作られていて、少し姿を見せたグロウバードに、見つけた!と、声を出したら慌てて隠れられたことがあったんだ。やってしまったかこれは…
「ミスト様、キュロスさん、こっちです。」
お、ひそひそ声がもう1つ、この声は……
「お、ジャクソンじゃん。おざっす。いるのか?」
「おはようございます。ええ、こっちです。こっちからなら見えますよ」
「おはようジャクソン」
「おはようございますミスト様。キュロスさん、音をたてないようにこちらへ」
生垣の隙間からこっそり出てきたのはうちの庭園の手入れをしている庭師のジャクソン・キールだ。鼠の獣人、灰色の体毛と人間の見た目を足したような外見をした鼠人族で、身長は150cm程度と小柄な男性だ。割とキュロス共々いつも迷惑を掛けているにも関わらず、責めるようなことは一度も言ってきたことがない器の大きい奴だ。庭園が乱れてもやんちゃは子供の特権ですと言って笑って許してくれる。獣人で最初に仲良くなった奴でもある。
「おうわかった。ちょっと待っててくれ」
キュロスはそう言うと音をたてないように一歩二歩と歩き始めた。俺も音をたてないように息を潜めた。
「あそこです。ほら、あそこ」
そう言うとジャクソンが丁度真ん中ぐらいの枝に指を差す。
「お、いるな。ミスト様、見えますぜ」
「本当だね。まだいて良かったよ」
相変わらず綺麗な鳥だ。本当にモンスターなのかと疑いたくなるほどだ。
「でもあの鳥はグリムツリーで何をしてるんですかね? 羽根休めでしょうか?」
「どうだろうね。あの時の番よりは小さいし……もしかして雛だった個体かな?」
「あ~それはあるかもですね~。確か兄貴がグロウバードは親のルートを受継ぐみたいなことを言ってたかも」
俺は久しぶりに見るグロウバードが綺麗で嬉しくてジッと見つめていた。
「あれ? なんか今」
グロウバードと目が合った気がした。その瞬間。
バサバサバサ!
「あ~! 飛んでっちゃった!」
「まあいいじゃないですかミスト様、こうして見れたことですし。きっと今日はいいことがありますよ!」
「ですね。あ、ミスト様、キュロスさん、イグさんが来てますよ。おはようございますイグさん」
俺はサッとキュロスの肩から降りた。
彼女はイグニス・クリステン。人間族の女性で、さすがに年齢を聞いたことはないので推定28歳。公爵家ではアルとリリアンに次ぐポジションで、主に母親の側近をしながらメイドも勤める謎の女性だ。一度彼女に屋敷には山ほどメイドがいるのに何故メイドの仕事もやるのか聞いてみたが、全ては公爵家の為です。と、アバウトに返され細かいことはよくわからないままだ。
身長は160cm程で痩せ型。髪は赤茶色で、飾り気のまったく無い簪でまとめられ機能性を重視しているようだ。まあ一応メイドに飾り気が無いのは当然か、物腰といい油断の無い佇まいで表情に乏しく、俺が生まれた時には既に屋敷で働いていたはずだが、笑顔という笑顔をほとんど見たことが無い。冷徹で機械っぽい印象の女性だ。
「皆様おはようございます。ミスト様、朝食のお時間です。隊長さんもアルフレッド様がお呼びです。一緒にこちらへどうぞ」
「あ、もうそんな時間か、夢中になっちゃったよ。今行くね」
アルが呼んでるか、だよねぇ……これは朝から2度目の説教タイムか?
「アルフレッドさんが? へい、んじゃあ行きますか」
そういえば言っておかないとな。
「キュロス、先に言っておく、生垣バレた」
「え!? もうですか? 早いな~! さすがだわアルフレッドさん!」
キュロスはあちゃ~と額に手を当てて感心している。本当に緩い男だ。
「ミスト様、こちらで直しておきますから大丈夫ですよ」
「いやいや、後で僕も行くよジャクソン。一緒に直すからさ、本当にいつもごめんよ。いや、ごめんなさい」
俺はちゃんと頭を下げて謝った。悪いことをしたら謝らないとな。謙らずにどうとかわからんけどこれでいいはずだ。
「頭をお上げくださいミスト様! 心臓に悪いです! ……大変に勿体ないお言葉です。そうですね。わかりました。では、壊れた生垣の近くから今日は手入れを始めますので、動き易い服装で来てください。それでは失礼致します」
「ジャクソン本当に悪かったな~! 俺も手伝うから待っててくれ~!」
「いえいえ、ではキュロスさんも後ほど」
ジャクソン、お前はなんて良い奴なんだ。今後は絶対に気をつけるからな。自信は無いけど。
俺達はイグに先導され食堂へと向かった。食堂へ向かう廊下にはたくさんの野菜と良質の肉が煮込まれたコンソメのような匂いが充満している。すごくお腹が空いてきたぞ。|ガドのメシも大概美味いが、これは朝から期待に胸が高鳴る!急ぐべし!
「めちゃくちゃいい匂いっすね~! 俺も食わしてもらえますかねミスト様?」
俺の脳裏には一瞬アルの顔がチラついた。
「う~ん……ん~? どうだろうね?」
「ええ!? 食えないですかね!?」
「それは……キュロスの態度次第じゃない……?」
「まあそうですよねぇ……はぁ……これは難しいかもなぁ」
食は人間の三大欲求の一つだ。単に奪われるのであれば徹底抗戦するのだろうが、自分のしでかしたことのせいでありつけないのであれば話は別だ。キュロスはとてつもなく落ち込んでいる。なんだかすまんな。タイミングだタイミング。
「はぁ……後にでも兄貴、食わしてくんないっすかね~」
そう、このキュロスの兄こそがこの公爵家の料理長なのだ。名前はガドイン・エーツ。キュロスや父親とは比べるのもバカバカしいぐらい縦にも横にもデカくゴリゴリのマッチョだ。マクスウェル公爵家3大巨人の頂点。熊の獣人、熊人族の男性だ。獣人族は個体差が大きく、獣に近い特徴を持つ者もいれば人間に近い者もいる。ジャクソンは前者で、ガドインは後者だ。
公爵家には他にも獣人族の家人が複数名いるが、みんな見た目も種族もバラバラだ。キュロスと種族が違うが、どうやら異父兄弟らしい。顔付きはガドインの方がよりゴツいが異父兄弟にしては結構似ている方だと思う。2人共母親似なのだろうか?
「どうだろうねぇ……まあ流れが流れだからね。あんまり変なこと言うとガドにも怒られちゃうんじゃない?」
「うわ~最悪だ~! この匂いをかいで食えなかったら生き地獄だ~! ミスト様~自分にもどうか分け前を~!」
まったく、警備隊長だってのに本当に変な奴だな。
「はは! キュロスは正直な奴だね。約束はできないけどなんとか頑張ってみるよ!」
「え!? 本当ですかい!?」
「約束は出来ないからね~!」
「十分です! 可能性が生まれただけでも!」
アルの説教に警戒しつつも俺達は食堂の扉を開けた。
更に登場人物が増えました。大変です。ミストはともかく周囲のキャラクター達の言動がおかしくないか不安に駆られてきます。
私も綺麗な鳥を見たいです。
ちなみにオーウェン→キュロス→ガドインの順で大きいです。