魔王
魔王の叫び声はなおも続いている。まだ魔王がルシファーに取り込まれるまで1ヶ月はあるはずなのに、何が起こったのだろう。私が関わったことでまた原作から変化があったのかもしれない。
「こっちから悲鳴が聞こえるわ!」
私が向かった先は王座の間だ。騒音を聞きつけたレヴィアが扉の前で立ち往生している。
「私では中に入れません!」
就寝時間になぜ寝室ではなく、魔王が王座の間にいるのか分からないが、この展開は原作と似ている。もしかして……と嫌な予感が過ぎる。
扉に手をかけようとしたら、扉の前に光属性魔法で壁が作られてあることに気がついた。
「クレア、下がれ!」
ルシファーの先を行っていた私を押し除け、ルシファーが王座の間に続く扉を闇属性の魔力を乗せて、乱暴に蹴り飛ばした。
扉が闇に飲まれ消失する。光の防壁は残っているものの、私やルシファーはリリスの敵とみなされていないのか、難なく通り抜けることができた。
「あれは……リリスとアダム!?」
魔王に向かって光属性の治癒魔法を浴びせているリリスの後ろには、防御壁に囚われて身動きできずにいるアダムが防御壁に向かって木属性魔法を発動しているところだった。
「クレア! 何が起こっているのですか!」
パウロとダニエルも後方からやってきた。
魔王の体はもう半分透けており、今にも消滅しそうだ。
「リリス、何をしているの!?」
私がリリスに駆け寄ると、リリスは私に向かって光属性の盾を展開し、それに勢いよくぶつかった私は吹き飛び、壁に身を打ち付けられた。
「キャアッ!」
不意に当たってしまったことで口内を歯で噛んでしまい、つーっと血が口から滴る。
「ごめんなさい……」
リリスは謝りながらも魔王に治癒魔法をかけ続けている。ルシファーが私に駆け寄り、リリスに向かって闇属性の魔力を放つ!
「リリス嬢、やめるんだ! 闇よ、その力をもって彼の者を吹き飛ばせ!」
リリスがルシファーの生み出した魔法で床に身を打ちつけ、同時にアダムと魔王にかけられていた魔法が消え去った。
魔王の姿はもう殆ど消えかかっている。チリチリと灰のようなものが体から舞い上がっている。
「私が魔王を殺さないと、私のお母様が殺されちゃうの。止めないで……!」
「なんでこんなことに!」
私は口についた血をグイッと袖で拭いながら、魔王に近づいた。
「私、教会に助けたい人がいて、私が魔王を倒せば、助けてくれるって。アダムと一緒になっても良いって……。魔王は別に人間じゃないから。いつ暴走するか分からないし、危険な存在だって……!」
急いで私は魔王に向かって聖属性魔法を展開する。
「聖なる光よ。我が愛をもって癒しを彼の者に与えたまえ」
「誰が言ったんだ?」
ダニエルがアダムに傷がないか確かめながら言った。しかしリリスは黙り込むばかりで何も言わない。
「そいつの名前は?」
パウロが水属性魔法を展開し、リリスの腕を縛り上げ、冷ややかな目でリリスを見下ろした。
「知らない。でも歯向かったら教会の支援金がなるかもしれない」
「支援金……?」
アダムは困惑した表情で呟いた。
「なるほど、子爵家だな」
「え、いや、それは」
ルシファーがそう言うと、リリスは狼狽えた様子を見せた。アダムは何のことか分からないようで、ルシファーとリリスを交互に見ている。ルシファーの追及はなおも続く。
「口止めされているようだな。お前に命じたのは男か? 女か?」
「それも言えない……!」
リリスが必死の形相でルシファーに叫ぶと、アダムが優しい口調でリリスに尋ねた。
「リリス、落ち着いて。リリスを罰するつもりはないよ。教えてくれるかい? その人の特徴は?」
アダムを懇願するような目で見たリリスは、諦めたように特徴を口にした。
「……長い金髪の髪が見えたわ」
「そんな、まさか!」
アダムがハッと息を飲むと、ルシファーは確信したようだ。
「側室だな」
「なぜお母様が……?」
アダムが顔を青ざめさせると、私の魔法で僅かに回復した魔王が振り絞るような掠れた声で囁いた。
「……ルシファー、受け取れ。私の記憶と……力を」
「魔王様!」
私が呼ぶと、魔王は消えかかった状態にも関わらず、ふっと笑みを浮かべた。
「一度だけで良い……お爺様と……呼んでくれないか……?」
私は治癒魔法をかけながら、魔王の名前を呼ぶ。
「マモンお爺様……」
魔王は私のお母様を娘のように可愛がっていたのだ。そして私を孫のように思ってくれている。そう思ったら切ない気持ちが溢れ、涙が目に浮かんできた。
「……幸せになってくれ……クレアの花嫁姿はさぞ綺麗なことだろう……」
「お爺様!」
私の叫び声と同時に、魔王の姿がパラパラと崩れ落ち、風に乗ってルシファーに纏わり付いた。
「うぐっ……!」
ルシファーが呻き声をあげ、膝をついて足から崩れ落ちた。
「ルシファー!」
黒い霧がルシファーの体を覆う!
「グアアアアアアアアア!」
ルシファーが頭を抱えて悲鳴を上げる!
パリン!
ルシファーの発する魔力の影響で王座の間の窓が割れる音が響き渡る!
バキッ!
王座の間の壁にヒビが入り、頭上のシャンデリアが重さで落ちてくる!
「クレア、危ない!」
アダムの咄嗟の判断で、木属性魔法で生み出された木の蔓に私の体が絡み取られ、シャンデリアに直撃するのを免れた。
ガシャン!
大きな音を立ててシャンデリアが床に落下した。
体に巻きついた木の蔓を外すのにモタモタと手間取る。アダムが消失させる前にそれを自分の手で無理やり引きちぎると、摩擦で両掌に赤く線が走った。痛みが両掌に走るが、構っている余裕はない。
「ルシファー!」
ルシファーに纏わり付いていた黒い霧が薄れ、ルシファーの姿が現れた時にはもう全てが終わっていた。
「……これが……魔王の記憶……魔王の力……」
「ルシファー、大丈夫!?」
ルシファーは両手をグーパーさせると眉をハの字にさせて微笑みを浮かべた。
「俺は……魔王になってしまったんだな」
「……っ」
私が何も言えないでいると、パウロがあっけらかんとした顔で頭を掻いた。
「こうなったら仕方がありません。クレアが魔王城に残るなら私も残りましょう。魔族の研究も楽しそうです」
「はっ!?」
私はパウロに向かってポカンと口を開いた。なぜパウロが魔王城に残るという話になるのだと理解できないでいると、パウロは当たり前だと言う顔で言ってのけた。
「それか、人間の王国と魔族の国を統合するのもありですね」
するとダニエルまでパウロの言うことに賛同した。
「いいんじゃないか? オレはクレアの専属騎士だし、クレアがルシファー殿下……魔王? と一緒にいるって言うならオレもここに残るし、統合の話も支持するよ」
ルシファーは困惑した表情を浮かべた。
「いや、王国はアダムが……第二王子だし……」
「何を言っているのです? 魔王の力を持っており、かつ、王国の第一王位継承者の貴方以外に、国王に相応しい者はいないでしょう」
パウロが縛り上げて床に転がっていたリリスを立たせると、拘束を解いた。
「幸い、殆どの人間は天使族のもたらす幸運などもう知りません。天使族を脅かす人間は限られています。もう魔族も魔族である必要がありません」
アダムもルシファーが魔王兼国王になることに反対ではないようだ。リリスはどう思っているのだろう、とリリスの方を見る。リリスは目を潤ませながらも涙を我慢しているようだった。私の視線に気がついたリリスが複雑な顔をした。
「私が殺せと言われたのは先代魔王よ。ルシファー殿下……魔王ではないわ。それに私は魔族よ。それを知った上で魔族の王である魔王に危害を加えるなんて、本当は嫌だった……」
その場にいる全員が私を見つめ、反応を窺っている。パウロもダニエルも、私が魔族の国に残るならそうすると言ってくれている以上、私に判断が委ねられている。
ルシファーが魔王になったらパウロやダニエル、そしてアダムも含め、リリスだってルシファーを害するようになると思っていただけに私は拍子抜けした。魔王が語ってくれた過去を皆が知らなければ、敵対する可能性はあったのかもしれない。私は先代魔王に心の中で感謝した。
「魔族の国と人間の王国の統合を目指しましょう。そして魔族を、いえ、天使族を長きに渡る苦しみから解放しましょう」
「……やり方は俺が分かる」
先代魔王から記憶を受け継いだルシファーがポツリと言った。
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