リリスは魔族の国を目前に2
得体の知れない女は言っていた。魔王を倒せばあの人を正気に戻してくれるって。どうせ私をやる気にさせるための方便だ。分かっていても、私には他にすがれる人がいない。正気に戻せるという言葉を信じたい。
私がアダムを国王に出来たら、あの人を解放すると誓ってくれた。だから私はやらなければいけない。暴動も侵略も何も起こしていない、罪のない大人しい魔王を殺さなければいけない。
魔王は魔族で、人間じゃないから殺しても良い。魔族は人の心を持たない野蛮な種族だ。魔族はいつか人間を脅かす。だから殺しても良い。得体の知れない女は私に繰り返し繰り返しそう言った。
……でもそんなの全部嘘っぱちだ。人間なんかより、魔族のあの人の心の方がよっぽど美しい。あの人の方がよっぽど暖かい。
遥か昔に魔王と魔王の配下達がこの王国を襲ったらしいことは歴史でも学んだ。理由はわかっていないけど、人間が悪かったに決まっている。
優しいあの人を守れるのは私しかいない。あの人を救えるのは私だけなんだ。だから見ず知らずの魔王様、ごめんなさい。私はあなたを殺します。
──私はあの人が本当に私のお母様なのか知りたいだけなの。
私が決心を固めていると、突然パウロが船の操縦席から声を上げた。
「幻影魔法にかかっている!」
「まさか、クラーケンか!?」
ルシファーがパウロに向かって声を上げると、視界がぐにゃりと歪み、景色が変わった。幻影魔法を使っていた魔物が私達に存在を知られたと気がついたのだ。
うねうねと動く無数の触手が船上に現れた!
こんな大きな触手と幻影魔法を使える魔物はルシファーの言う通りあれしかいない。間違いない。本で読んだことがある。クラーケンだ。
「クレア! 危ない!」
クレアの近くにいたダニエルがクレアを庇って触手に薙ぎ払われた!
「ぐはっ!」
ダニエルの体が床に叩きつけられる! その時に大きな音を立てて後頭部が打ち付けられたダニエルは、気を失ってしまった。私はそれを見て即座に防御壁を展開する。
「光よ、この場を私の魔力をもって覆いたまえ!」
私を中心に光の壁が発現したのにダニエルとクレアは距離があって、アダムと私しか守れていない。船全体を覆えるほどの魔力操作はまだ完成させられていない。クレアの護衛の名目で来ている以上、せめてクレアは守らないと! たとえ魔王を打つことに成功しても、責任を追及されることになってしまう。
「クレア様! こっちに来て!」
私は防御壁を展開してしまうと動けない。この場を動けばせっかく発動した防御壁は消え、クラーケンの攻撃もアダムに当たってしまうかも知れない。クレアさえこっちに招き入れられれば、私が敵と認識している対象の攻撃は弾ける。
クレアがダニエルを背に抱えて私の方に向かって走ってきた。
あともう少し、というところで船が大きく揺れる。クレアはダニエルを抱えたままその場で足を滑らせた! クレアが小さく悲鳴をあげる。
「キャア!」
海は激しく波打ち、青かったはずの海はいつの間にか真っ黒に染まっている。
「姿を現すぞ! 気を付けろ!」
ルシファーの声を合図に、触手しか見えなかった魔物が本体を現した。紫色をした身体中にある目玉をぎょろぎょろと動かし、どれもが異なる方向を向いて獲物を探している。
ルシファーが剣に闇属性の魔法を纏わせてクラーケンに切りかかった!
ザシュッ! と風を切る音がして、ルシファーがクラーケンの目玉を一つ剣で突き刺した!
「ヴォオオオオオオ!」
魔獣のけたたましい鳴き声が響き、船がビリビリと震える。波打つ海に船も大きく揺れ、海水に船が浸かる。パウロは操縦席で船を平行に保つため魔力を注いでいる。パウロでもキツイようだ。せめて操縦席から離れないよう、必死で体を固定している。
クレアはルシファーがクラーケンを攻撃している間隙を突いて、またダニエルを抱えて私の元にやってきた。
「ダニエルをお願い!」
クレアはそういうと気を失ったダニエルをアダムに預け、太腿に隠していた暗器を手に取った。
「ダメよクレア様! ここはルシファー様に任せて、クレア様はここで私に守られていて!」
「守られているだけなんて、性に合わないの」
「クレア、戻るんだ!」
アダムもクレアに向かって声を張り上げる。クレアは私達の声を振り払い、ルシファーの元へ走って行き、両手に暗器を構えた。さらに魔法を詠唱してそれを投げつける!
「聖なる光よ。浄化の力を持って穢れを払い、救いを彼の者に与えよ!」
クレアが放った暗器がクラーケンに突き刺さり、それを中心に魔法が発動した! カッと眩い光で視界が白く覆われる!
クラーケンが触手をあちこちにぶつけ、船が破損する。その度に船が揺れ、クラーケンの重さで船が傾きそうになったけど、パウロが操縦席で魔力を流し続けているお陰で船が平行になる。
クラーケンの体から黒い煙が上がり、弱々しく触手をクレアに伸ばそうとしている。
クレアを捕らえようとする触手をルシファーが切り落とし、絶命したかのように動きが止まる。ピクピクと体を震わせ、クラーケンは痙攣している。
ルシファーがクラーケンに近づいた瞬間、最後の力を振り絞るかのようにクラーケンは触手を振り上げた!
次は二十時頃投稿。
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