アダムと側室のやりとり
僕は自分の魔力値を聞いて、心の中でガッツポーズを決めた。平均値をだいぶ上回る木属性の魔力値560だ。ルシファー兄様には及ばないけど、闇属性じゃないだけ僕の方がまだ印象は良い。
その後に聞こえてきたクレアの魔力値が200だと聞いて、僕は不謹慎な事にも、より嬉しくなった。さらにその後で賢者パウロが出した数値を見て、ほらみろ、お前達がクレアの可能性を駄目にしたんだと怒りを覚えた。
だからクレアには僕が付いていなくちゃ駄目なんだ。優秀すぎる人から教わったって、凡人には付いていけない。
僕だってどちらかというと、優秀な部類だ。クレアは物分かりも良いし、賢く勉強熱心だ。ルシファー兄様や賢者パウロのような天才に教えられるよりも、身近な僕が教えてあげた方がクレアは絶対伸びるはず。
公爵令嬢だからか、クレアはとても上品だし、将来国王になる兄様の婚約者だというのに、それを笠に着て威張ることもなく落ち着いていて大人っぽい、言うこと何一つない完璧な子だ。
せっかくの良い素材を持っているのに、周りの天才がクレアを潰してしまう。前々から僕はそう思っていた。ルシファー兄様が魔力操作に失敗して苦しんでいる所や、汗水垂らして剣の扱いを学んでいるところなんて僕は見た事がない。
いつも涼しい顔をして強大な魔法を発動させるし、剣の撃ち合いでもあっさりと隙をついて騎士団長をひっくり返す。賢者パウロだって九歳にして賢者になった、攻撃魔法と治癒魔法の両方に秀でている秀才だ。そんな人達を尊敬することはあれど、僕には真似ができるとは思えない。
やっぱり無理やりにでもクレアを僕の教育係が来る時に同席させるべきだった。
クレアが魔導塔に通いだしてから、クレアと会う口実に、「刺激になるだろうから、僕の教育係とも一緒に勉強してみないか」とルシファー兄様と三人でお茶をしている時に誘ってみたことが何度かあったが、いつも上手くいかなかった。
その度にルシファー兄様が、クレアは賢者パウロから学んでいるから必要ないんじゃないかとか、クレアは騎士団にも通っていて忙しいから手を煩わせるなとか横槍を入れられて、二人っきりで会う事は叶わなかったからだ。
「クレアに聞いているんです」と言ってもクレアにも、「私、お勉強そんなに好きじゃないの」と言われ断られた。
僕はクレアが凄く頑張り屋さんだということを周りから聞いてよく知っている。騎士見習いと一生懸命、騎士団の訓練場を走っていることも、魔導塔で賢者パウロから教わっている時は食事の時間でさえも本を片時も離さず、読み漁っていることも。
だから、なんで勉強が嫌いだと嘘をつくのかが分からなかった。まるで僕を避けているみたいだと思って、そう聞いて見たこともあった。そしたら当たり前だけど、
「私はルシファーの婚約者だから、アダムと必要以上に親しくするとルシファーとの仲を疑われてしまうわ」と悲しそうな目で言っていた。
僕はクレアの表情を見て、頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。
そうか、と僕はこの時、合点がいった。クレアは本当は僕の事が好きだけど、ルシファー兄様の婚約者として発表されてしまったから、周りの目を気にしているんだ。僕と一緒にいたら、僕のことが本当は好きだと言う事が周りに知られてしまうことを気にしているのだ、と。
ルシファー兄様が隠しているクレアの調査書にも僕の事が好きだと書いてあったし、それにクレアは僕の事になると敏感だ。僕の事を敢えて遠ざけたり、本当は違うのに、勉強が嫌いだというし、大人っぽくてお淑やかなのに、僕がいると必ずキャッキャと騒がしい女の子のように振る舞う。僕を意識しているからだろうと思うと嬉しい反面、悲しくもある。
クレアがルシファー兄様の婚約者じゃなかったら、クレアは僕にもっと好意を表せていたのかな、と思うとやるせない気持ちになる。
最初はお母様に言われたから仲良くしていたけど、今では一向に僕を見ようとしないクレアが気になって仕方がなかった。まるで童話のお姫様のように美しく、知的で、上品かつお淑やかな嘘みたいに完璧な女の子。クレア以上に王妃に相応しい女性はいない。それと同時に、今のままではクレアは僕が絶対に手に入れられない女の子だとも思った。
クレアが欲しい。どうやったらクレアが安心して僕を見られるようになる? 塔に囚われたお姫様のようなクレアを、僕が第一王子なら迎えに行けたのに……。
僕がクレアに想いを巡らせていると、一番最後に白っぽいピンクの髪色をした平民が強い光属性を発現させていた。水晶にヒビが入ったので、相当な魔力を持っているのが窺える。魔力値は測定不能。ルシファー兄様もそうだったと聞いた。
平民にもあんな子がいるのか。魔力は確かに美しいが、どうせどっかの貴族の隠し子だろう。あまり興味が持てなかった。クレアと出会う前ならきっと、なんて美しく気高い魔力だ、と気になっていただろうが、今の僕にはなんの魅力も感じない。
平民のことよりも、クレアに次はどうアプローチしようか考えた方が有意義だ。早く帰って魔力操作の訓練をしよう。賢者パウロとクレアの共同研究と聞いて、クレアだけじゃないなら興味ないと思って放っていた論文も、読んでみたら意外と今よりもっと魔力が強くなるかもしれない。好き嫌いせずに読んでみよう。
「お母様、帰りましょう」
お母様が上にある来賓席から自慢の長い金髪の髪を靡かせて降りてきたので、僕はお母様に声をかけた。するとお母様は僕に思ってもみなかった事を言った。
「アダム、あの平民に近づきなさい」
「えっ!?」
僕は驚いた声を上げた。お母様は自分が下位貴族出身である事をコンプレックスに思っている。だから騎士であろうと侍女だろうと相手が何であれ、爵位の低い者には冷たい。側室になってもまだ下位貴族と付き合わなければならない事にもお母様は不満を抱いている。僕にもしょっちゅう下位貴族は相手にするなとお母様は言っている。そのお母様が、僕に平民に近づくように言ったのだ。これはただ事ではない。
僕が目をパチパチと瞬かせていると、お母様は小声で立ち話を続けた。
「もっと強くはなりたくないの?」
「なりたいですけど、それがどうあの平民の子と仲良くする事に繋がるのですか?」
「あなたが強くなるには、幸運を運んで来る存在を手に入れるしかないわ。それがあの平民よ。ルシファーは生まれながらにして闇属性の魔力に包まれていたらしいわ。そんな化け物に勝つにはそれしか方法がないの」
強くなる、とは何を以て強くなると言っているのかは分からないが、お母様の事だ、余り良いことではないような気がする。今まで耳にタコが出来るぐらい口煩く、下位の貴族は〜と言われていただけに、僕の中の下位貴族の印象はあまり良くない。そう思いつつも、お母様の考えが少しでも知りたくて話を聞く。
「お母様は以前、クレアについてもそのようにおっしゃっていましたよね。クレアはもう良いのですか?」
「あの子は魔力測定で微々たる魔力しかなかったから、陛下はあの公爵令嬢としての血筋に重きを置いていたのが分かったわ。でもその後に見せた光属性の魔力は気になるわね。一応は見張るけど、クレアを手に入れるのはもう難しい事に変わりないわ。平民の方が簡単よ。失敗作だと思っていたんだけど、違ったみたいで安心したわ」
話を聞いてみても、やっぱりお母様が何を考えているのか分からない。お母様は僕に何をさせようとしているのだろう。失敗作とはあの平民を指していっているのだろうか。
僕に幸福な気持ちをもたらしてくれるのはクレアだ。あの平民ではない。でも今のままではクレアは手に入らない。お母様が言う平民と仲良くすれば、クレアと少しでも近づけるようになるということだろうか。
お母様がなんの根拠もなしに自分が嫌っている平民と仲良くしろと僕に言うはずがない。全部は教えてくれないけれど、きっとあの平民はどこかの貴族の隠し子なのだろう。お母様はそれを知っていて、僕があの子と仲良くなるとなんらかのメリットが得られるのかもしれない。
僕は少し考えた後、言われた通りにまずは声をかけてみようと後ろを振り返った時、誰かとぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
ぶつかった相手の女の子が即座に謝ってきた。でも、僕は運が良い。今ちょうど話しかけに行こうと思って探しに行くところだった。
「いえいえ、大丈夫だよ。君はさっき凄まじい光属性の魔力を発現させた子だね?」
司祭が読み上げていた名前を聞き漏らしていた僕は、それとなく自己紹介するように促した。
「はい! 最近になって魔力が強くなってきたんです。あ、私はリリスって言います。あなたは知っていますよ! アダム王子様ですよね!」
「い、いや、僕を王子様と呼ぶのは厳密には正しくなくて、」
「あ、じゃあ、アダム様ね!?」
「いや、それもちょっと距離が近過ぎると言うかなんと言うか……」
「せっかく教育施設で同学年になったから、敬称は要らないってことですね! 分かりました、今後はアダムって呼びます!」
僕は頭を抱えたくなった。平民は皆こうも馴れ馴れしいのだろうか。クレアの上品さを知らなければきっと親しげなこの令嬢に心打たれていただろうが……。お母様が下位貴族含めた平民を嫌うのも少し分かる気がする。僕は早くその場から離れたくなって、リリスの言うことを聞き流す事にした。
「ではリリス嬢。今度王宮で僕と少し話をしない? えーっとその、魔力について教えて欲しいな」
リリスは何を思ったのか、顔を赤らめて、
「はい……! 喜んで!」と言った。
僕は説明するのも面倒くさくなって、さっさと切り上げようと、連絡先を聞いた後に馬車を寄越すと言ってその場を離れた。
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