騎士の訓練場1
バンッ!
私の部屋の扉が勢いよく開かれた。モレッティ公爵だ。レディの部屋にノックもせずに入ってくるとは。余程の興奮状態にあると思われる。
「私の小さなお姫様! 騎士団になんの用事があるんだい?」
一緒に馬車に乗るので、嬉しくなって呼びにきたのだろう。犬みたいな人だな。思春期の娘はきっとこの距離感は嫌がるだろうなあ。私はまだ八歳だから良いけど、私の体ももう少し大きくなったら『お父様がウザい』と思うようになるのだろうか。
「ルシファーが訓練を受けているんですって。騎士団を見ておくのも未来の王妃には必要だと誘われましたの」
私はお茶会の終わりにルシファーから騎士団の見学に来るのも未来の王妃の務めだと言われたので、今日見学に行く予定をしている。確かに、ルシファーがもう少し大きくなったら騎士団を率いることになる。将来王妃となる私も見ておいた方が良いという言い分も分かるが、ちょっと早すぎる気もする。
でも決して嫌ではない。なぜならルシファーの訓練を見てみたいとも思っているからだ。幼い魔王のルシファーが剣を振るっているところが見たいという不純な動機がある。
「ルシファー……? 殿下がそう呼べと……仰ったのか?」
モレッティ公爵は顔を引きつらせて言った。手をワナワナと震わせて私の肩を掴む。
「ええ、二人の時は敬語も使う必要はない、ですって」
「なんだと!? まだ早い! そんなに急いで嫁に行かなくてもいいじゃないか! 私はまだクレアを可愛がりきれていない!」
ブンブン音が聞こえるかと思うほど勢い良くモレッティ公爵は首を左右に振っている。私の肩から手を外し、私の頭を両手で抱きかかえ、クスンと鼻をすすった。
(呼び捨てにしているだけなのに……気が早過ぎる。まだ婚約したばかりだというのに)
貴方が可愛がり過ぎた所為で原作のクレアは傲慢で自己中心的な性格になるのだぞ、と言ってやりたい。
「お父様も今日は王宮に行く日でしょう? お父様の日程に合わせて見学の日を今日にしてもらいましたのよ。私を呼びに来てくれたのでしょう? 用意は出来ています。行きますよ」
「嫌だ、嫌だ! クレアが嫁に行ってしまう!」
「閣下、お急ぎ下さい」
「嫌だ! 今日は仕事に行きたくない!」
いつの間にか扉の横にモレッティ公爵の執事が待機していた。執事は慣れた手つきでモレッティ公爵の肩をガシッと掴んだ。私は我が家の執事も大変だな、とぼんやり思いながら、先に玄関へ向かおうと足を向けた。私がスタスタと部屋を出て行くと、後ろでモレッティ公爵が仕方がなく付いてくる気配がする。と言っても、主に執事が引きずっているのだが……。私を溺愛するこの人がモレッティ公爵だと知らなければ、有力貴族だとは誰も思うまい。知らない人が見たら娘を溺愛する親バカの一人だ。
(こんな調子だと絶対騎士団の見学にもついてくるだろうなあ)
私の危惧した通り、モレッティ公爵は最初から見学にも同行するつもりだったようだ。王宮に隣接して建てられている騎士団の訓練場に馬車が到着すると、当たり前の顔をして一緒に馬車を降りてきた。
「……お父様? お仕事は?」
私はジト目を向けて、冷たい口調で言い放った。
「クレアの横がいつだって私の定位置だよ?」
モレッティ公爵に私の冷たい声は効果がみられない。そればかりか、なぜか嬉しそうにしている。
「メイデンだけで十分ですわ」
「クレア……小さい時は、いつも私の後をついておとうたま、おとうたま、と舌足らずに言って、その様子はこの世のものとは思えない程の愛らしさで、それはそれは、」
「お父様、あっち行って」
「思春期か!? もう思春期なのか!? ああ、我が子の成長というのは本当に早いものだ……」
モレッティ公爵はわざとらしく、またクスンと鼻を鳴らして私の頭を愛おしそうな目で撫でる。
ヤバイ、既にウザいかもしれない。
この父、娘のこと好き過ぎだろう。この人が公爵とか、この国は大丈夫か? いや、大丈夫じゃないからきっと滅亡するのだろう。
「クレア!」
剣の素振りをしていたルシファーが私が到着するや否や私に気がついて、大きな声で私の名前を呼んだ。見つけるの、早いな。まだ私には目を細めて『あの素振りをしている子は多分、ルシファーかな?』ぐらいにしか分からないぞ。将来世界を滅亡させるほどの力を持った魔王様は視力が良いのだな。
私が大きな声を出すのははしたないと思われるかもしれない。顔が見える位置にまで移動してから私はルシファーに声をかけた。
「ご機嫌よう、ルシファー」
「……天使なのか?」
「え? 今なんて言ったの?」
天使、とか聞こえた気がするが、空耳だろう。もし、聞こえた通りのことを言ったのだとしたら、過酷な訓練の所為で幻覚を見ているのかもしれない。私は心配になってルシファーの頬を両手で掴み、顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 疲れてるの?」
「はい、そこまで! 離れて、離れてー」
モレッティ公爵が間に割って入って邪魔をしてきた。ちょっと、お父様何をするの。魔王になる兆候が出ていたら、この世界がルシファーの手によって滅亡するのよ? 退いて頂戴! とは言えない。私は渋々ルシファーの顔から手を離した。
ルシファーの顔色が悪い。もう病み始めているのだろうか? まだ十歳の男の子に大人と同じ騎士の訓練は辞めていただくようにモレッティ公爵から国王に伝えてもらおうかな。
「モ、モレッティ公爵。本日はお日柄も良く、」
「堅苦しい挨拶をルシファー殿下が私にしなくても良いですよ。今日はクレアを訓練の見学に誘っていただき、ありがとうございます」
「は、はい」
顔色が悪かったのは、モレッティ公爵の存在に気がついたからだったようだ。病み始めていたのではなくて良かった。これだけ好意を示しているのに、どこに病む要素があったのだと対策を練るところだった。婚約者の父親とか緊張するもんね、うん。
「クレアがね、私が王宮に用事がある日程に合わせて見学を今日にしたのだよ」
モレッティ公爵はふふふん、と自慢げに言った。
(モレッティ公爵の仕事がなければ、クレアは見学に来ていないとでも言いたいのかな? 娘の婚約者に張り合うなんて、大人げないな!)
「そうでしたか……」
(ルシファーもなんで凹むのよ! そこは自信を持ちなさいよ! 仕方ない。私がフォローを入れるか)
「お父様の用事がなくても、ルシファーの訓練を見学しに来ていたわ。お父様は今日ちょっと拗ねてるの。放っておきましょう」
私がそういうと、私のほっぺを指でモレッティ公爵がツンツンと突ついてきた。ルシファーも私のプニプニしたほっぺに触れたくなってしまったのか、手を伸ばしそうになり、ハッとして手を引っ込めた。
「なんでルシファー殿下にはそんな親しげなんだい、クレア。ルシファー殿下の婚約者になる前は私にも同じように話してくれていたじゃないか」
「そうだったかしら? 覚えがありませんわ。ほらね、ルシファー。お父様ったら、今朝からずっとこんな調子なの。だから気にしないで」
「たとえ相手がルシファー殿下だろうと、まだ嫁には行かせないからな!」
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