将来の魔王様と出会いました
「分かりました、婚約いたします!」
「ええ?!」
「えっ……」
一番驚いていたのは私の父、ダンテ・モレッティ公爵。小さく声を上げたのはこの国の第一王位継承者、ルシファー王子だ。
「何を驚かれているのです、お父様?」
素知らぬ顔でとぼけて見せた私はモレッティ公爵家の娘クレアで、私の思い違いでなければ……悪役令嬢だ。この婚約の話があった時、確かルシファーは十歳だったはず。ということは、クレアの年齢は二歳下のハ歳だ。幼いながらも私は今、世界を救う重大な任務に就いている!
「クレア、ちょ、ちょっとこっちへ来なさい」
「はーい」
席を立たされて外に出る際、私はルシファーにニコニコと手を振りながらモレッティ公爵と共に部屋を出た。反射的にルシファーも手を振り返してくれる。呆気に取られた顔が年齢相応で可愛らしい。つい、ふふふっと笑みが口から溢れた。モレッティ公爵はそんな私をヒヤヒヤした顔で見ながら、部屋の外に出て、後ろ手で扉を閉める。
モレッティ公爵は声を落としてヒソヒソと私に問いかける。
「今の話の流れを聞いていたかい?」
モレッティ公爵は若干焦っているようだ。ハンカチでしきりに額を拭っている。拭ったハンカチを部屋の外に控えていた侍女の一人に手渡すと、新しいハンカチを貰い、また額の汗を拭き出した。それとも更年期なのかな。まだ三十代半ばぐらいだろうに、なんて考えつつも、私は自信満々で答える。
「はい、勿論です!」
「昨日もあれだけ嫌がっていたではないか。一体どんな心境の変化があったんだい?」
「心境の変化ってなんですか? 私、今まで嫌がっていましたっけ?」
モレッティ公爵は今まさにこの国の第一王子との婚約を破棄するため、色々と理由をつけていた所だった。話に割り込むようにして私が婚約を自分で承諾したのだから、父であるモレッティ公爵が驚くのも無理はない。
でも昨日はまだ転生していないから、今まで何があったのかなんて私には覚えがない。いや、正確には記憶はあるけどあれは私のようであって私ではないから、知らないったら知らない!
こうして考えているとまるで本当にハ歳になった気分だ。転生して精神年齢まで退行したのだろうか。確かに本来のクレアの記憶に引っ張られているような気もしないでもない。
「私は婚約を破棄していただこうと思ってルシファー殿下とお話していたのだよ?」
予定が狂ったとでもいうように、モレッティ公爵は眉間にしわを寄せた。でも私も婚約が無かったことにするわけにはいかない。だからこの場はとぼけて乗り切る!
「ええ? そうだったんですか?」
この婚約を断ってしまうと私はこの国を追放、ヒロインは魔王に殺され、その上魔王がこの世界を滅亡させる。それを阻止するには私が婚約するしかない。嫌だと言う訳にはいかないのだ。そう、これは世界の平和を保つための重要な任務である。
本来なら今日で婚約破棄が成立するはずだったが、原作の設定は無視だ、無視! シナリオ通りに行けばデッドエンドしかないことを知っていて、誰がその通りに動くのだ。
それに私はクレア本人ではない。私はむしろルシファーなら大歓迎だ。だって将来はイケメン確定、じゃなかった、ルシファーは魔王になるのだ。なに? 物騒だって?
確かに、将来魔王になる相手と婚約だなんて普通は馬鹿げていると思うだろう。でも、大丈夫! 周りに尊敬される、殺戮を繰り返さず、世界を滅ぼさない良い魔王に私がしてみせるから! だから私は決してルシファーが将来イケメン確定だから婚約を承諾するのではない。グフフッ! おっと失礼。
私があまり理解していないと思ったのか、モレッティ公爵は膝を折り、目線を私に合わせてくれると、優しく話しかけてきた。
「私はクレアには幸せになって欲しいと思っているんだ。クレアにまだ婚約なんて早いと本当は思っている。いつか好きな相手ができるかもしれない。それまで待っても良いのだよ?」
「お父様」
私がそう呼ぶと、モレッティ公爵は目を細めて愛おしそうに私をみると、
「ん?」と穏やかに話を聞く姿勢を見せる。
どうやってモレッティ公爵を説得しようか。原作の話をしたところで信じて貰えるとは思えない。ここは子どもらしく振る舞って乗り切ろう。
「私、つい先程ルシファー殿下に惚れたんですの!」
「なんだと!?」
原作によるとクレアはずっとルシファー殿下は嫌だと言ってきているはずだ。それを聞かされてきているモレッティ公爵は信じられないという顔をして、私をまじまじと見ている。
「ですから、ルシファー殿下と婚約します!」
「しょ、正気かね!?」
「ええ、お父様。私ルシファー殿下の美しいお顔が気に入りました!」
少しはクレアらしい発言だったのではないかと私が満足していると、モレッティ公爵は目をパチクリさせる。
「それで良いのか? じゃあ、相手に了承を伝えるぞ。本当にいいんだな?」と念を押すように確認してきた。
「はい、私にお任せください!」
私がいれば世界は安泰です、と口にはしないが腰に手を当て胸を張る。そんな私にモレッティ公爵は心配そうに目線をくれる。はあ、とため息をつくとモレッティ公爵から
「部屋に戻ろう」と言われたので、私は後をついて部屋に戻り、ソファーに座った。
席に着くと、モレッティ公爵は一呼吸を入れてから口を開いた。
「……ルシファー殿下、お待たせいたしました。その……先程クレアも申し上げましたが、婚約の話をお受けいたします」
「……えっ」
「おおっ!」
また小さく驚きの声を上げたのはルシファーで、感嘆の声を上げたのは彼の従者だ。
今日は婚約を正式に発表するかの意思確認に来る名目で、ルシファーは初めて公爵邸へ足を運んだ。クレアは今まで一度も会おうとしなかった上、手紙も返したことがなかったのだ。ルシファーが驚くのも当然のことだろう。向こうも断られると思ってここに来たに違いない。ルシファーは取り繕うような微笑みを顔に浮かべた。
「私の後ろ盾にモレッティ公爵が付いて下さることに、感謝申し上げます。クレア嬢、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします、ルシファー殿下!」
(安心してルシファー。私が絶対あなたを立派な魔王にしてみせるから!)
モレッティ公爵は私の隣で、大丈夫かなあ、というように天を仰いだ。
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