第76話 勧誘の問題①
こちらは本日1話目です。
次話は18時の更新の予定となっております。
執筆の関係で多少遅れて投稿になるかもしれませんので予めご了承下さい。
◇優秀なメイド・レインの視点
それにしても面倒臭いことに巻き込まれてしまいましたね。
せっかくの隠密活動が台無しです。
わたくしが冒険者をしていたのなんてもう何年も前だと言うのにこんなにも認知されていたとは想定外でした。
しつこく言い寄ってきた当時のSランク冒険者を徹底的に叩きのめしたのが間違いだったのでしょうか?
いえ、過去の積み重ねの果てに今のご主人様に巡り会えたのです。
間違いだったなんて言ったら神様からのバチが当たりますね。
まあ志を同じくするあの方なら許してくれるかもしれませんがね。
まあそんな後悔は置いておいて、やるべき事を為さなくては…
幸いにも同行者は混乱に乗じて離脱し、追随してきてくれているようです。
それにしても王女様は危機管理がなっていませんね。
こんな冒険者のための街と呼ばれるようなところであんなにキョロキョロ周りを見るとは、まるでカモにしてくださいと言っているようではありませんか。
このことは御目付役のオーボエナッシ家当主にも報告しませんとね。
わたくし達は大通りから路地裏へと回り、何度も迂回しながら目的地へと向かう。
目的自体はこれまた路地裏にあるので、それほど問題ではありません。
しかし、直行できないのは些か不利に働いてしまいますね。
先ほどの騒動を見物していた群衆の中にジェンナー家の暗部らしき人物が見受けられました。
早急にということはないでしょうが、近いうちにグライフの手によって捜査網が敷かれてしまうのは目に見えています。
「えっと、いったいどちらまで?」
王女様が訪ねてきました。
そう言えばどこを目指しているか言ってませんでしたね。
流石にどこに行くのか全く教えられないというのは精神衛生上よろしくないかもしれませんね。
「わたくしが冒険者時代に通っていた馴染みの店ですよ。」
わたくしは、ニコリとそう告げました。
久しぶりに見た店の様子は、現役であった当時からあまり変わっているようには思えませんでした。
まあ多少の経年劣化は否めませんが…
「ほ、本当にここで合っているのですか?」
不安そうに聞いてきたのはもうお一人の同行者であるワーネさん。
将来に備えて、夫婦に関するアレコレを教えてもらってるので割と良い関係を築きつつあると思っています。
王女様も顔を顰めていますね。
ただ不安になってしまうのも理解できないわけではありません。
無骨な木材だけで建てられたような造り。
外からでは光量が足りないようで見えない内側。
看板であろう木の板には何も描かれてはいません。
怪しさ、ここに極まれり、と言った感じでしょうか。
しかし、ここに間違いはありません。
「大丈夫です。さあ中へ参りましょう。」
中へ入るとそこは別世界が広がっていました。
ホコリ1つない明るい店内には、ここで作られたであろう物が整理整頓されつつも、所狭しと置かれています。
簡単な食器は勿論、見事な造形が施されたアクセサリーや研ぎ澄まされた武器など幅広い品揃えです。
やはり何も変わってはいませんね。
わたくしは思わず頬を緩めてしまいました。
その一方でお二人は呆気に取られた様子です。
馬鹿みたいに口まで開けたりしていて…
「は〜い、いらっしゃ〜い!ちょっと待ってね。」
突然、店の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきました。
そして、バタバタと慌ただしく動いているだろう音もします。
その元気で高めの声色からその声の主が明るい性格なことが分かってしまいます。
ふふっ、本当に変わっていませんね。
「は〜い、〈ドルエル道具点〉へようこ…キャー!レインちゃんじゃない!久しぶり、元気してた?」
現れたのは、わたくしよりほんの少しだけ身長が高めの女性。
メイド時代に見た、どの王族や貴族の女性よりも美しい、胸元に届くほどのプラチナブロンド。
四肢は傷もシミも1つとしてなく、眩いばかりの純白の肌。
着ている服自体はシンプルであるものの、これ以上ないマリアージュとなっています。
初めて見た人からしたら、この世の者とは思えないんじゃないでしょうか?
わたくしも初めて会った際には衝撃を受けましたもの。
そんな彼女へわたくしは再会の礼を述べました。
「お久しぶりですね、ファナさん。お元気そうで何よりです。」
ファナという名前は、彼女の本名ではなく愛称です。
正しくはサファナ。
まあこちらも本名というには、少し言葉が足りません。
本名は、サファナ=ラ=ログワーツ。
「ほんと久しぶりね。会いたかったわ〜!」
そう言って彼女はわたくしに抱きついてきました。
以前と変わらず、感情表現が豊かなようです。
……彼女の特異な耳が顔に当たっていて、少し煩わしいです。
「あ、あのー…」
いつの間にか蚊帳の外に置いていてしまったワーネさんが声を掛けてきました。
王女様もどのようにしたらいいか分からず、オドオドした様子です。
ファナさんは久しぶりの再会に余韻に浸っているのか、お二人に気付いていないみたいです。
わたくしがこの場の収拾をつけなくては…
「んんっ、ファナさん。再会は非常に嬉しいのですが、先に同伴の者達を紹介させていただいて宜しいでしょうか?」
「あら、ごめんなさいね。つい嬉しくてね…ん?あら、うふふ、そういうことね。」
お二人を見て、何かを察した様子のファナさん。
流石《鑑定》スキルもしくはそれに類するスキル持ちと言った所でしょうか?
おそらくは見えた鑑定結果と既存の情報を組み合わせて、状況を把握し切ったのでしょう。
ご主人様から離れている現在、わたくしの《鑑定》ではファナさんを鑑定することができません。
実力差に比例する能力であるだけに、どれだけファナさんが強者なのか伺えます。
わたくしでさえこの有り様なのですから、王女様あたりは抗いようがありませんね。
「んー、先に結論から言うけどいいわよ〜。もっと東に行けそうだし、楽しそうだしね。」
「あ、あの、何を…」
お二人は完全に置いてけぼりになっております。
助け舟を出してあげましょう。
「ファナさん、貴女のペースで進まないでください。まずご挨拶からでお願い致します。」
「しょうがないわね〜。大人しく聞いてあげるとしましょう。」
「はぁ…もうご存知でしょうけど、こちらはフィアナ王女。〈レンテンド王国〉の第五王女です。そして、その従者の1人であるワーネ、元Bランク冒険者です。」
「「えっ?」」
驚くお二人。
自分達の情報を告げられたことが理解できていないのでしょう。
「レ、レ、レインさん。な、なんでそこまでのことを…」
「ワーネさん。ファナさんは《鑑定》系統のスキル持ちです。正直言って、わたくし達の情報は筒抜けです。どこまで見られているのか不安になるレベルで見られております。」
「そういうこと〜。アタシにかかればちょちょいのちょいよ。」
「「………」」
唖然として声も出せないお二人。
完璧に鑑定されることが表すことは、その相手との隔絶した実力差が存在するということ。
ある程度の教養があれば分かる常識であるだけに、お二人も理解してしまったようです。
この後も怒涛の展開が待っているので、このまま思考停止してもらっていた方が良いかもしれませんね。
気を取り直して、ファナさんを紹介してあげましょう。
「それで、こちらはサファナさん。見ての通り、エルフです。」
「まあただのエルフじゃないんだけどね、一応ハイエルフよ!」
――エルフ。
高いプライドを持ちつつも、精霊と自然を愛し、それらに愛された種族。
弓矢を使う文化が発達しており、そのセンスは一部を除き他種族の追随を許すことはありません。
先天的に《精霊術》と《弓術》のスキルを持っており、どちらか一方のスキルレベルが3を超えることで成人したとみなされるらしいです。
身体的特徴は、男女共通の空気の抵抗を極力減らしたスレンダー体型。
発育不足の痩せ型とは大きく異なり、その身体は彫刻の如き美しさが介在します。
そして、何よりも、特異なものが耳。
先端が成人女性の人差し指サイズの長さに尖っており、見れば一目でエルフであると判別が可能です。
そんなエルフの中でも特別と呼ばれる存在。
それがハイエルフです。
ハイエルフは、通常のエルフに比べて、数倍にもなる魔力を保持しております。
その戦力は一線を画しており、下手な一個兵団では勝負にすらなりません。
そして、件のハイエルフ。
それ即ちエルフの中の王族であることを暗に示しているのです。
他の種族の王族とは仕組みが違います。
エルフの王族は、例え生まれた子供がどんなに腹を痛めて産んで可愛かろうがハイエルフでなかった時点で王族から外されます。
そこに情が介在する余地はありません。
ハイエルフであること、それが王族たる条件です。
「ま、ま、ま、待ってください。と、と、と言うことは…」
ワーネさんはパニックに陥ってしまったようです。
呂律が回っておりませんね。
王女様も頭から煙が出てしまいそうな位唸っております。
目もグルグルとしていて、不謹慎かもしれませんが面白いです。
「そっ、一応王族ね。だから、本名はサファナ=ラ=ログワーツ。けどね、アタシはダーリンと愛に生きると決めたの〜。全てほっぽり投げて、駆け落ちしてきちゃった。テヘッ。」
「うーん…」
「ひ、姫様!」
あら、王女様がひっくり返ってしまいましたね。
ワーネさんがすかざす身体を支えたので倒れることはありませんでした。
どうやら、同じ王族として信じられないことを言われて、頭の処理が追いつかなくなったのでしょう。
わたくしも…まあ…初めて聞いた時は倒れそうになってしまいましたが…
「そろそろ本題に入っていいかしら?アナタ達が何を頼みに来たのかは、だいたい想像ついたのよ。」
「はい、構いません。」
「アタシとしては問題ないわ。というか、喜んでって感じよ〜。けど一応これからダーリンに説明してもらえるかしら?」
ああ、あの方とまだ会っていませんでしたね。
ついファナさんのペースに乗せられていて、存在が頭から抜け落ちかけてしまいました。
「じゃあ説明してもらうから、付いてきてね〜。」
ファナさん先導の元、わたくし達はお店の奥へと入って行きました。
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