第74話 海岸の問題④
こちらは本日2話目です。
前話は12時の更新となります。
未読の方は是非ご覧になってください。
◇?????
『……ぇよ……ぁめよ……ぇざめよ…』
どこかからか声が聞こえる。
遠いようで近い。
高いようで低い。
男性なのか女性なのかすら分からない。
声が聞こえる方へ身体を向けようとするも、それは叶わなかった。
全身がコンクリートで固められたように自由が効かない。
いや、そんな喩えは少々言葉が足りないように思える。
指先は勿論、目も開かないし、口も開かない。
挙げ句の果ては、心臓の鼓動すら認識できない。
なんだ、まさか死後の世界か?
まだまだ生きていたかったんだけどな。
『お主は死んでなぞおらんぞ。まあ、尤も限りなくそれに近い状態ではあるかもしれんがの。』
先ほどよりは鮮明に聞き取れた。
聴力検査万年異常なしの健康体で良かったな。
けど、死に限りなく近い状態とはなんだろうか?
うーむ、いまいちピンとこない。
『余がお主に介入している間は、余の力により全ての現実の肉体機能が遅くなるからのう。心臓しかり脳味噌しかりじゃ。まあ死ぬことはないから安心せい。』
なんだかとんでもないことを言われた気がする。
ほんとに大丈夫なんだろうな?
もし言われたことが事実なら、低血圧に陥っているってことになる。
あまりにも低いと臓器が逝っちゃうって聞いたことがあるぞ。
それよりも先ほどから聞こえるこの声はいったいなんなんだ?
もしかして、低血圧になった影響か?
『そんなことあるわけなかろう!余は真に存在している者だ。』
む、そうなのか!
なら話をしようじゃないかと口を開こうとするも動かない。
いや、厳密にいうと違う。
止まっていると錯覚してしまうほど遅いのだ。
『お主の心の内が読めるのでな。下手に動かれると煩雑極まりないので、動けなくさせてもらった。悪く思うでない。ああ、勿論だがお主の力はここでは使えん。不用意なことをするでないぞ。』
先ほどから《分解結界》を使おうとするも叶わなかった理由が分かった。
【分解】すら使えないとなると打つ手なしだな。
大人しくしておくか。
『よしよし、それで良い。尤も此度は顔見せ、といってもお主には見えんからな。ただ気になった存在が近くにいたので、確認させてもらったのだ。』
それでどうしたんだ、目的は達成したんだろう?
これほどのことをしておいて、何の感慨も湧いてなさそうな言葉に対して腹が立った。
『こらこら、殺気を飛ばすでない。その程度、毛ほども恐れん…時に話は変わるが、お主は蟻に噛まれたことはあるか?』
ん、急に変な話になったな?
勿論、噛まれたことはある。
自然豊かな地で育ったこともあり、蟻だけでなく様々な虫に噛まれたり刺されたりしたものだ。
それがどうしたというのだ。
『いやなに、如何に矮小な存在と言えど、噛まれたら気分を害するものだ。それが何度もとなるとついついその元凶を叩き潰してしまいたくなる。』
!これは警告か!
相手からしたら俺なぞ蟻と同位でしかないというのだろう。
そして、その存在が楯突こうものなら、同じ結末を歩むと言っているのだ。
今までにない恐怖が俺を襲う。
一瞬で全身の鳥肌が立とうとする。
しかし、身体の自由が効かない今は、その反射的反応ですら遅い。
『くっくっくっ、未熟なお主に情けをかけてやろう。我が姉に感謝するのだな。また次の機会に余の姿が見れるといいな。くっくっくっ…』
忍び笑いが次第に遠のいていく。
相手は去ったのか?
何も聞こえなくなると同時に、俺は意識を手放した。
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……何か夢を見ていた気がする…
俺は数秒前まで見ていたはずの夢の内容を思い出せず、もどかしく思いながらも身体を起こした。
窓から差し込む光が朝になっていることを知らせてくれている。
そして、部屋から出た俺にもたらされたものは到底受け入れることのできないものであった。
こ、こんなことがあるなんて…
どこまでこの世界は俺を苦しめれば済むんだ!
「ふふん、どうだジョー?釣りってのは案外簡単なんだな。」
リーグが出会い頭に、セラミック製のバケツのようなものを寄越してきた。
その中を見ると、数匹の魚が見てとれた。
どれも小ぶりだが、鱚に類似していて美味しそうに見えてくる。
どうやら、朝早く目覚めたらしいリークはこれらを手に入れてきたらしい。
そこで、俺は極めて冷静にリークに言葉をかけた。
「ほう、ところでこれはどこで買ってきたんだ?この辺にお店はなかったはずなんだがな。だいぶ活きのいい魚だな。」
嫌味じゃあない。
100人中100人に嫌味だと思われたとしても、自分の中では違うので、これは嫌味ではない。
ただ至極残念なことにリークが現実離れしたことを言ったような気がしたので、問い質さないといけないという謎の義務感が生まれてしまったのだ。
「ちげえよ、これはさっき俺が釣ってきたやつだ。ワーネも一緒に行ったから、証人もいるんだぜ?ああ、ワーネも1匹釣ったな。ほら、このデカいやつがそうだ。」
ちらっとリークの後ろの方にいたワーネの方を見る。
申し訳なさそうにしながらも、コクリと頷くワーネ。
ああ、世界はなんて残酷なんだ…
「いい加減機嫌直せよ。」
五月蝿い、さっさと仕事に戻れ。
別に悔しいとか思ってないし。
なんで俺だけ釣れないんだとか思ってないし。
心の中でいじけながらも、俺の手は黙々と作業に従事している。
無駄なことをしている余裕はない。
今、俺達は地引き網用の網を猛スピードで作っているのだから。
面倒臭い手作り網を用意しているのには訳がある。
今回ばかりは俺の能力でもフォローしきれなかったからだ。
一般的に地引き網漁は沖合に網を張り巡らせる必要がある。
どれぐらい沖合かは文化ごとによってまちまちだが、海の深さを鑑みて200mぐらいを想定している。
さらに漁網の幅もある程度要求され、今回だと小規模にも関わらず10mにも及ぶ。
その一方で俺の《魔糸操作》で生み出せるミスリル糸の長さには限界がある。
現状だと100mぐらいが限界なのだ。
とてもじゃないが、地引き網に必要な量を賄いきれない。
素材として過去にミスリルウィップスパイダーから回収してある糸も拠点の防衛システム拡大に際して、在庫切れとなっている。
そのため、今はクモ系の魔物から採取した糸を総動員して網を編んでいるというわけだ。
金、銀、銅、鉄にアルミニウムなどなどと実にバリエーション豊かだ。
金属の性質を持つ一方で、一般的な糸のようにしなやかであるファンタジーならではの素材だ。
《魔糸操作》の対象はミスリル糸だから、能力でチャチャっと終わらせることはできない。
多少は身体強化と風魔法を使うと作業負担を減らすことはできるが、それでもキツいものはキツい。
漁網として、ある程度形が整ったのは日が沈む直前であった。
翌日、全身の筋肉痛で起きるのに難儀した。
一応寝る前に軽くストレッチしたはずだったんだが、まるで効果は出ていなかった。
可能なら本日は休養日と洒落込みたい。
しかし、海岸に長居しすぎていて、いい加減〈安息の樹園〉に帰らないといけないと思い始めてきた。
特にOXさんあたりがプルプルし始めている。
そのため、身体の軋みは我慢して漁を実行することにした。
俺とリメが乗った船が沖合に向かう。
この異世界来て初めての海だ。
砂浜から見えていた様子とはまた違った様子を感じる。
蒼く透き通っているようで、より深いところへ目を向けると漆黒と形容しても過言ではない暗さを持っていた。
ただそこに恐怖などのネガティヴな印象は存在しない。
むしろ安心感すらもたらさんとする闇だ。
そして、身体を乗り出しその中へ…
ポヨンポヨン。
……危ない危ない。
一瞬で取り込まれそうになってしまった。
リメが頭の上で跳ねてくれなかったら、水の中へ飛び込んでいた。
そんな確信があった。
いかんいかん、ここを普通の海だと思っていてはいけない。
余人の侵入を許さない不可侵の領域。
〈不抜の樹海〉を囲うものとして相応しい存在。
それがここなのだ。
なるべく水面を見ないように意識しながら、網を下ろしていく。
鎮魂歌のような波の音が聞こえる。
どこか落ち着くようでいて、引き込まれそうな魅力を持っている。
船の揺れるリズムも心地良さを感じる。
予定したものより倍近い時間をかけて作業を終える。
砂浜に戻ると、早く帰りたくてたまらないOXさんから軽い叱責が飛んでくる。
海の底知れないものに引き込まれそうになり格闘していたことを話すとそれ以上の追求はなかった。
俺の言わんとしたことを理解したのだろう。
「よし、じゃあ始めよう。」
それぞれ配置について、網を引く準備をする。
現代の地引き網漁だとウインチとか機械を使うこともあるらしいが、ここでは勿論手作業だ。
さらに、人員も通常の規模で十数人から数十人必要となる。
リメから身体強化を掛けてもらうとはいえ、また筋肉痛が酷くなるな。
うお、重い。
網自体そんな重さなかったのにな。
まさか、もう大量なのか?
そんなことを思いつつも、苦笑いを浮かべる。
単純に水の抵抗なのだろうな。
夏の気温も相まり、全身に汗が浮かぶ。
燦々と照りつける太陽が恨めしい。
こんな状態が続くと熱中症になってしまうな。
経口補水液ないから、ダウンしたらヤバいぞ。
数分後、網がやっと目視できる位置まで来た。
ほっ、きちんといくつか魚影が見える。
これで実は網が破れてましたなんて言ったら、目も当てられないからな。
おそらくOXさんはこれ以上なく不貞腐れる。
ここからは一気に行かなくてはならない。
あんまり悠長にやると魚が逃げてしまう。
だってここは異世界。
地球にいた魚とは動きの性質が同じとは限らない。
そして数分後、バシャバシャと魚が網と共に水面から躍り出た。
思ったより掛かっていた、大漁だな。
地球で見たことあるような魚もいたし、何度屈辱を味わったか分からないクラスターフィッシュもいた。
しかし、ここで終わってはならない。
「リメ、頼む!」
俺が声をかけると同時に、リメが網にかかった魚を水魔法を使って急速冷凍していく。
対象を凍らせることには、本来レアなスキルである《氷魔法》が必要なのだが、《水魔法》の上級魔法でも可能なのだ。
鮮度を保つ一方で、クラスターフィッシュにまた破裂されても困るから、凍死させる。
それにしても見事な手際だな。
凍らせた魚達はリメの《ストッカー》で収納させた。
最後にレインの漂着地点を確認しに行った。
やはりというか、毎日のように確認しているが何も残っていなかった。
これで今回海岸でやるべきことは終わったかな。
OXさんに急かされるように俺達ーー第二次海岸派遣は帰路に着いた。
俺の頭の片隅に小さな小さな違和感の欠片を残して…
次回更新日は明日です。お見逃しなく…
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