第72話 海岸の問題③
こちらは本日1話目です。
次話は18時の更新となります。
早速だが、海塩作りに取り掛かろう。
今回は今後のことも踏まえ、なるべく能力を使わない製法で塩を作り出そうと思う。
能力ありの場合は《素材分解》でオールOKなのだが、そうなると今後も全て俺が塩を作り続ける必要が生まれてしまう。
俺がいない場合も今後は発生するかもしれない。
それに知識として持っておく分には困らないのだからな。
皆で海岸に移動する。
風も強すぎず弱すぎ、適度な強さで吹いている。
今から火を使った作業をすることを考えると、かなり良いコンディションと言えよう。
鍋と布、薪用のヴァンナップノキをリメに出してもらい作業環境を整える。
「じゃあ塩の精製作業を始めよう。作業自体は簡単だけど、根気がいるから頑張ってくれ。」
まず、布で海水中の不純物を取り除く。
知識としてはコーヒーフィルターなどを用いることを知っていたが、残念ながらそれを作り出す技術はなかった。
そのため、リメが《生み出すモノ》を使えた頃に作成した、なるべく目の細かい布を用意した。
多少はコーヒーフィルターなどより不純物が多くなるかもしれないが、微々たる差でしかないだろうから、今回は無視する。
次の工程は煮詰める作業による濃縮と析出だ。
これが塩作りの鬼門と言っても過言ではないだろう。
海水を入れた鍋を強火にかけて、水分を飛ばしていく。
具体的に言うと、元の水の10%ぐらいになるまで、煮詰め続けないといけない。
作業自体は簡単、それこそ小学校中学年ぐらいになればできるレベルだろう。
ただそれでもかなりの根気が求められる。
正直、半分ぐらいの水量になるまで煮詰めたが、ぼちぼち集中力の限界である。
ただ塩作りを教えている立場であるため、俺を中心として他の皆はそれぞれの鍋で煮詰める作業をやっている。
あのリークでさえ、想像以上に熱心に取り組んでくれている。
逃げようにも逃げることはできない。
そして、煮詰めた海水を再び布を通して、ろ過させる。
「おい、これがその塩なのか?」
この時になると、ろ過させ終えた布には白い物が残る。
OXさんはこれを塩と認識したが実はそうではない。
今残った物は硫酸カルシウムをはじめとする石膏の元になるものだ。
一応食べても害はないらしいが、勿論食べるなんてことはしない。
ただ石膏の材料になるため、これはこれで後々に有効活用させよう。
そして再びろ過した物を煮詰めて、濃縮と析出を行う。
火力は先ほどより弱め、中火にかける。
すると、次第に食塩である塩化ナトリウムの結晶が現れてくる。
ある程度結晶が出てきたら、水分を含んで流動性をが残っているうちに、再び布でろ過する。
ここで布に残る物が、目的であった塩だ。
この時点で水分を飛ばし切ると、食塩以外の成分も結晶化してしまい、風味が悪くなってしまう。
そのため、水分が残っている状態、すなわちシャーベット状に留めておく。
シャーベットの塩を改めて水分を飛ばせば、見慣れた塩の状態になるので、シャーベット状でもそこまで問題にならない。
ちなみにだが、ろ過されて残った液体は、豆腐の材料でお馴染みのにがりである。
成分的には、たしか…塩化マグネシウムとか硫酸マグネシウムとかだったが、詳しいところは覚えていない。
大豆やそれに類する物がない今、まだ活躍させてやる機会はないが、いずれは使ってやりたいとのことでこれも回収する。
これで、海水からの塩の精製作業は終わりだ。
だいぶ時間がかかってしまった。
あと効率は《素材分解》で作った時に比べて格段に悪いな。
一応、海水1Lあたり25g程度の食塩を得ることができるとされている。
海水には、塩類自体は約3.5%含まれているが、食塩になると約2.7%になる。
25gだと一食分にもならないから、相当な量の海水が必要になることが分かる。
勿論、煮詰めたりする手間も増える。
流石にこの精製方法だと時間が足りないため、ある程度作り終えた後に《素材分解》による塩の精製に切り替えた。
リークあたりに、最初からそれで良かっただろう的な目をされたがスルーした。
どんなことでも手段が複数あることは良いことなのだ。
気づけば山脈の方へ陽は沈み、薄暗くなり始めた。
初めてちゃんとした塩作りをすることになったが、知識以上に大変であった。
昼過ぎから始めたから、季節による日照時間を考慮して、時間にすると6時間ぐらいかな?
そして、魚類の確保に話が移ろうとしていた。
ワーネとリークに夕飯作りを任せて、残った3人で相談する。
「……本当に小魚が必要なのか?」
「ああ、小魚が入手できれば、時間はかかるが新しい調味料を作り出せる。今回採取できれば、少なくとも冬前にはある程度の形にできる見込みだ。」
「……それはまた長期的な計画なようで…」
「その点に関してはどうしようもないな。塩や砂糖、蜂蜜や香辛料のように、既にある物を回収か簡単な加工だけで得られる調味料とは別物だからな。時間はかかる分、今までにないものに仕上がるだろう。」
うーむ、反応がイマイチだな。
なんというか乗り気じゃない感じがプンプンする。
姫様一行が〈不抜の樹海〉に来てから、およそ1ヶ月が経った。
未だ思考的には、その日暮らしで耐える、頑張って生き残る、といったようなネガティヴで短期的ものから脱却できてないのだろう。
その点、姫様なんてポジティブなものだな。
今頃、俺がいないことをいいことに俺のベッドに潜り込もうとしているに違いない。
レインに入らせないように言ってはおいたが、果たして守ってくれるのかは分からない。
その時、ある少女がベッドの中で大きくクシャミをしたらしいが、俺には知る由もなかった。
「この際、調味料自体のことは置いておこう。今は、小魚の効率的な採取方法が知りたい。何か知らないか?」
「一応拠点の主人はお前だから、小魚を集めること自体には文句は言わん。しかし、その方法か…」
「……残念ながらオーボエナッシ家は王都中心に公務を行なっていたので、その方面で明るいものはいないですね。」
〈レンテンド王国〉の王都は限りなく〈イルガシャーシ公国〉との国境に近い位置にあるため、かなり内陸の方となる。
これは元々〈レンテンド王国〉と〈イルガシャーシ公国〉が一国であったことに起因するが、今は関係ないので無視をする。
一応王都の側には大河が、そして王都内にも支流がいくつか流れてはいる。
ただそれらは漁業ではなく、水運が主な目的として活用されているのだ。
王都中心に活動しているOXさん率いるオーボエナッシ家の面々が漁業を詳しく知らないのも無理はないのだろう。
国としてはいくつもの港町が発達しており、そこを拠点としての漁業は盛んに行われているらしい。
そのノウハウが知れればどんなに助かるかと思うが、ないものねだりしても現実は変わらないのだ。
自分の持てる知識を総動員した結果、地引き網漁が最も効率的で現実的であるという結論に至った。
今ある物資で実現可能なものが地引き網しかなかったというのが大きな要因だ。
知らないだろうOXさんとケングにも口頭と地面に書いた絵で説明してみた。
やはりその知識は持っていなかったが、理解してもらえた。
このまま燻っていても何もならないから、やれることは全てやってしまえと、励ましとも批判とも取れそうなことをOXさんに言われた。
いつも通りのツンデレかな?
いや、この人早く帰って妻に会いたいから、さっさと終わらせたいだけなんだろう。
心配しなくてもまだ数日はかかるよ。
とりあえず一定の理解を得られたので、夕飯作りでいい感じのムードになっていたリークとワーネの所へ突撃した。
リークから夫婦の時間を邪魔すんじゃねえ、と言われたがガン無視して、地引き網漁の説明をした。
なんだかんだリークも基本的に真面目なので、ワーネと一緒に俺の提案を何も言わずに聞き入れてくれた。
勿論反対意見を出されることもなかった。
ただ、リークから自分も釣竿使って釣りをしてみたいと言われたので認めることにした。
是非坊主で終わって、俺の同類になって欲しい。
許可を出した時の俺は近年稀に見る満面の笑みだっただろう。
夕飯も済ませ、早々に俺は床に就く。
塩作りが思ったよりも肉体に疲労をもたらしていたようだ。
それにしても気温が下がっている気がしないな。
熱帯夜ってやつか。
俺はそんなことを思いつつ夢の世界へと旅立った。
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