第70話 海岸の問題①
こちらは本日1話目です。
次話は18時の更新となります。
「前来たときと全然違うわ…」
思わず口から飛び出す驚愕の言葉。
無理もないだろうと心の中で自己弁護に走る。
目の前には空との境界が曖昧なほど、どこまでも蒼く澄み渡った海が広がっていたのだから。
キングアクアスキッパーの率いる群れを撃退した俺達はすぐに接岸し、船体修理に取り掛かった。
《建築》スキル持ちのケングもいたこともあり、1時間も掛からずに直し終えることができた。
《分解結界》してあるはずなのに、なんで船底が壊れるようなことになったのか考えてみたところ、どうやら前回の探索終了時に解除していたことを忘れていたことが判明した。
《分解結界》は固有スキルの《ストッカー》ですら弾くのだ。
それだとリメに収納してもらうことができない。
そのため、船に付与していた《分解結界》を解除してしまっていたのだ。
こればかりは出発前に気付くべきだったな。
リークからの文句も華麗にスルーして、その日はまだ日も高かったが、大事を取って野営することにした。
アクアスキッパーの群れはキングを討ち取ったことで事実上崩壊した。
配下であった者達はしばらく落ち着かず、本能に従い続けるしかない。
不用意に航行し続けると、我を失った奴らに襲撃される可能性が非常に高かったのだ。
苦戦することはおそらくないが、着々と疲労として蓄積されていく。
万が一を考えると、無茶をするわけにはいかなかった。
暇つぶしがてらに周辺を探索するも、際立った目ぼしい物も見つからなかった。
それでも見事なまでに人工的とも思えるように切り開かれたスペースがあったため、ありがたく野営地にさせてもらった。
夜も襲撃に遭うこともなく、安全に過ごすことができた。
翌朝、早々に直した船へと乗り込み、海を目指した。
乗り込む時に何かが顔を掠め、水面に落ちる音が聞こえたが特に気にかけることはしなかった。
1日待ったおかげか、残りの海への航程では、魔物の襲撃はほとんどなかった。
時折散発的に2、3体の魔物が襲ってくる程度だった。
目論見は成功したと言って過言ではないだろう。
そして、先ほど無事に海辺に辿り着いたのだ。
目の前には"大荒海"の時とはすっかり様変わりした景色が広がっていた。
大部分が磯浜であった海岸は新たな土地が生まれたように、砂浜が広がっていた。
おそらく前回は大時化の影響からか水位が上がっていて、見えなくなっていたのだろう。
海も青というより黒かった様子から一変していた。
雲1つない空との境界が曖昧なるほど、綺麗な蒼である。
その蒼さは見ていると自然と身体が惹きつけれるような感じがした。
……いや、これはマジモンにヤバいやつだ。
意識が誘導されてすらいる感じだ。
他のメンバーもちょっとヤバそう。
手を叩き皆の意識を取り戻させる。
「はっ、儂はいったい何を…」
「意識が飛んでしまっていたようだ…」
「不思議と足が海の方へ向かっていたな…」
案の定、海に取り込まれそうになってた。
〈不抜の樹海〉の海たる所以を知れた気がした。
長居するのは良くないかもしれない。
ひとまず、以前持ち込んだ海辺の拠点へと赴く。
特に拠点に被害はなく、以前と変わらず、ポツンと置かれていた。
いや、若干の埃をかぶっているな。
掃除しなくては…
その拠点の脇に新たな拠点を築くことにした。
今ある拠点は元々俺だけを想定して作っていたのだ。
そのため、俺含めて5人いる現状だと満足して使うことができない。
最低でも今いるメンバーが収容できる大きさの新拠点が必要なのだ。
まあそれでも作り終えるには人数の問題で1日以上はかかるだろう。
それまでは紅一点のワーネに使ってもらうのがいいだろう。
他の俺を含めた野郎共は野営の時にも使った、OXさんの屋敷から持ってきたテントだ。
スペースは今のままだと足りないので、すぐさま場所確保のために開拓する。
この作業も慣れたもので、時間換算すると30分も掛からずに、元の大きさの4倍ほどのスペースが生まれた。
《建築》持ちのケングもこの大きさなら十分だと言ってくれた。
残りの建築作業は他のメンバーに任せることにして、俺は一度海へ行くことにした。
リメも護衛用員でその場へ置いてきた。
一応万が一も考慮して、ある程度になったら、迎えに来てくれるように頼んだ。
この世界来て初めての1人っきりだ。
いつも以上に注意しなくてはならない。
……まあ《分解結界》があるので、余程のことがない限りは大丈夫だろう。
ちゃんと脇には異刀:不抗があるし、いつでも《魔糸操作》を使用できるようにしておく。
フラフラと海辺に戻ってきた俺は再び海と相対する。
うーむ、まさに吸い込まれそうな蒼さだ。
《分解結界》を張っていなかったら危なかったかもしれない。
気を取り直して、俺は持ってきたリールのないシンプルな釣竿を手に取り、釣りを始める。
勿論魚を釣るためだ。
網とかを用いて、もう少し大規模な漁を敢行したいところではあるが、様子見を兼ねて行う。
魚を捕る理由は、前回断念してしまった魚醤造りのためである。
〈安息の樹園〉にいる人員も増えたこともあり、よりクオリティーオブライフを向上させたくなったのだ。
そのためには、やはり食を向上させるのが1番だ。
ただ、現状ある調味料で賄える味は、2種類の塩味か、果実由来の甘味と酸味だけである。
今は問題ないが、いずれこのままだと飽きが来てしまう。
やはり様々な調味料は必要なのだ。
ただ魚醤よりも普通の大豆を用いた醤油が欲しいところだ。
果たしてこの世界に大豆はあるのだろうか?
なかったら代用できそうな植物を探し出さなくてはならない。
大豆が見つかれば、醤油は勿論、味噌も作ることができそうだ。
ふふっ、夢が広がっていくようだ。
そんなことを考えていたら、適当な虫を刺して投げ入れた釣竿に変化が起きた。
引きは地球にいた頃に味わったことのないぐらい強い。
しかし、引き揚げられないほどではない。
「うおおおおお!」
力の限り竿を引くと、何か膜のようなもので覆われた小魚達が釣れた。
なんだ、地球じゃあ見たことのない生態だ。
《情報分解》をして、その正体を探る。
[クラスターフィッシュ]
スライムのような膜とその中心にある核の魔石
が本体である魔物。
プランクトンを捕食する小魚を自身の体内に入
れ、そいつらの排泄物で自身の栄養を補給す
る。
外部から大きな衝撃が加わると、内部にいる小
魚を音速レベルの弾丸のように射出する。
なお、これは任意ではなく、外部から一定以上
の衝撃が加わると自動的に射出してしまう。
中にいる小魚自体は問題なく食べることができ
るが、本体は無味無臭で食べ物にはならない。
ふむ、嫌な文言が見えてしまったな。
その瞬間、釣ったクラスターフィッシュから中身の小魚が射出された。
パン!
チュチュチュチュチュン。
流石に目視できるレベルじゃない。
身をかがめ防御体勢を取る。
《分解結界》を展開しているとはいえ、あからさまに襲ってくる小魚を見ると、思わず身を守りたくなってしまう。
結局釣竿に残ったのは、無味無臭で食べ物にならないとされたブヨブヨとした本体だけであった。
中身の小魚は見るも無惨な状態で辺りに散らばっていた。
中には小魚が弾け飛んだような跡があったりもした。
くそ!
こうなったら釣れるまでやってやる。
ザバン、パン!
チュチュチュチュチュン。
ザバン、パン!
チュチュチュチュチュン。
ザバン、パン!
チュチュチュチュチュン。
…………………。
何度か挑戦するも結局、ブヨブヨした何かしか手元に残らなかった。
戦利品にもならないぞ、これ。
一応持って帰るか…
それにしても…はあ、結構釣りに自信あったのにな。
実質坊主だよ、これは。
今まで味わったことのないような敗北感だ。
俺は来た時の半分ほどの歩幅で、トボトボと拠点に足を引き返した。
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