第65話 転移者の問題②
こちらは本日1話目です。
次話は18時の更新となります。
――聞きたくもない奴が出てきたな。
元カノ――宮司 あめりは異質な存在であった。
俺の1つ年上で去年高校を卒業して、地元の大学に通っていると聞いていた。
別れた後は疎遠になっていたから、詳しいことは知らない。
付き合ってた頃から髪も染めてるんじゃないかと思うぐらいのはっきりとした茶髪だった。
実際両親が美容室をやっていたので、染めていた可能性は十分にある。
運動も頭脳も普通、いわば中の中もしくは中の下だった。
可もなく不可もなくと言った感じで、目立ったところはなかった。
また容姿は可愛いか可愛くないかで言われると、勿論可愛い部類に入るだろう。
それでも、贔屓目なしで言っても、めぐりや千景ほど可愛くはなかった。
学年でトップ10に入る程度だ。
学祭で行われたミスコンにも、3年間の間ついぞ出ることはなかった。
しかし、学校で誰と付き合いたいかと言う話になると、決まって挙げられていたのが、彼女であった。
それこそ彼女に恋人がいない期間なぞなかったように思える。
俺が付き合ったのもその前カレと別れた翌日だったし、俺と別れた翌日にはまた新たな恋人ができていた。
その相手は校内に限らず、他校にも、はたまた社会人にも及んでいた。
俺の住んでいたエリアで年頃の男を集めたら、関係を持った人物の方が多いのではないかと思うぐらいだ。
今となっては何故自分が彼女と付き合おうと思ったかは分からない。
正直自分の好みと一致している点は少ない。
ただ、どこに惹かれたのか説明しろと言われると、頭にモヤがかかったようになり答えることができない。
もし過去に戻れたら、真っ先にその時の自分に問いただしたい。
それぐらい、謎の雰囲気に包まれた、ミステリアスな魅力を持った彼女であった。
「なんで来ているんだよ…」
思わず口から愚痴のように溢れてしまった。
心の底から湧き上がった止めようもない本心だった。
「……話を続けていいかしら?」
「ああ、頼むよ。」
心配そうにしているアイネに先を促す。
奴がいると、街が、国が、大陸が、最悪の場合世界そのものが乱れるなんてことも可能性としてある。
知っておかなければならない。
「その子の担当神は、美の女神ビビよ。勿論、ビビの権能に由来する固有スキルを貰ったみたい。」
まったくこれ以上ないほどお似合いだな。
傾城、傾国、いや傾世の現実味が帯びてきたな。
「今はこの世界で3番目に大きい大陸である〈トライデン大陸〉にある街にいるわ。街の名前は確か…〈ビューピーク〉だったかしら。今はそこで有力者とのコネを作っているみたい。」
コネね…
この世界は重婚が可能と聞いた。
一般的に異世界ものによく出てきているのは、一夫多妻制だ。
しかし、この世界は一夫多妻制に留まらず、多夫一妻制も多夫多妻制も存在していて、認められている。
多夫多妻など地球で生きていた身からすると、皆目見当がつかない状況だ。
要は地球の頃に比べて、恋愛に対する縛りが薄く、関係を築く方法が多岐に渡るのだ。
そんな状況は、奴にとって格好の狩場となる。
まさに水を得た魚だ。
何人に手を出したとしても、罪に問われることはない。
既婚者相手でさえ、やりようがあるのだから。
数多の男を虜にする魔性の女である奴にとって、さぞ生きやすい世界だろう。
幸いにも同じ大陸にはいない。
奴の魔の手が迫るのはまだ先のことだろう。
尤もそんな楽観視は出来ないだろうがな。
「後はあなたと直接関係があったわけではないのが、3人ほどいるわ。」
後は自分の関係者ではないと聞けて、ホッとした。
ただ次の一言は俺の警戒心を引き上げることに十分であった。
「そのうちの1人は要注意ね。なぜなら、担当神が戦神なのだから。」
暗に戦乱が訪れるかもしれないと言うことか?
「その戦神ファトールから固有スキルを貰ったのが、七尾 獅音よ。あなたの2歳年上で同じ高校出身だから面識はともかく名前程度は聞いたことがあると思うわよ。」
2歳年上の先輩で、七尾か…
まさかあの札付きのヤンキーだった人か!
何度か暴行事件を起こしては停学処分を受けていたな。
噂によると、喧嘩しているグループの所に現れては劣勢の方に味方して、優勢だった方を一蹴していたと聞いた。
ジャイアントキリングを起こさせるのが好きだったようだ。
しかし、その一方で学力自体はかなり上位だったらしい。
中でも得意科目が歴史や地理などの社会科科目だ。
年1回高校で行われていたクイズ大会の歴史部門で他者を寄せ付けずに3連覇していた。
学年が上がるごとに有利とされていたにも関わらず、1年次より無類の強さを誇っていたらしい。
俺の知っている最後のクイズ大会では、好きな偉人がナポレオン=ボナパルトだ、とか言ってたな。
そんな人が戦神とかいつ戦いに特化した能力を得てしまったのか。
拙い状況というのも頷ける。
「それで今彼はこの世界で最も大きい〈アンフォナー大陸〉の辺境にあるとある村にいるんだけど、その村迫害を受けていてね。その状況を見過ごせず、助力したらしいの。結果として、迫害してきた者達を殲滅して、その村のトップに就任したみたい。名前も何か改名していたわね。ナポレオン=リライブだったかしら?そう名乗っているみたい。」
ナポレオン。
そのヤンキーが好きと言って、憧れていた人物。
リライブと名字のようについた言葉を組み合わせると、ナポレオンの再来といったところか。
もし、ほんとにナポレオンの再来レベルの手腕を持ってたら、その大陸に波乱を巻き起こすことは容易いだろうな。
しかも、ナポレオンの失敗の記録も知っているに違いない。
ということは、同じ轍を踏むことはないんだろう。
厄介極まりないことだ。
この大陸まで進出してこないことを切に願うよ。
だって、ここは大きさでいえば世界で2番目。
地球だったらアフリカに該当するのだから。
「次が、ただ1人神からスキルを授からなかったものよ。阿房院 栄って言ったかしら?何でも担当神が授けようとした瞬間、自力で固有スキルに目覚めてしまってね。授ける間も無く、この世界に降り立ってしまったようなの。だから、担当神との間にパスもなく、監視もできていない状況よ。」
阿房院というと、地元の豪邸に住んでいた金持ちの家か。
ただ名前が栄ってなると、あの丸々肥えたドラ息子と呼ばれていた奴か。
30 歳を超えたにも関わらず、実家の金で放蕩の限りを尽くし、金があれば何でもできると考えていたようだ。
噂に過ぎないが、何度か婦女暴行まがいのことを犯したらしいが、揉み消してしまったなんてことも聞いた。
この世界でも傍若無人に振る舞うだろうな。
「どの大陸に降り立ったかも分からないから、注意してね。この大陸にいるかもしれないし、他の大陸にいるかもしれない。さっき出てきた駆って子とは違う意味で住所不定、いえ住所不明ね。」
自力で目覚めたという固有スキルが気になるものの気をつけるしかないというのは事実だな。
願わくば、会いたくはないものだ。
「もう1人はほんとにジョーが知らない子ね。古布 希望って言うんだけど知ってる?」
いや、本当に知らない。
近所付き合いでも会ったことはなかったな。
「それはそうよね。だって、その子はたまたま他の地方から来ていただけだもの。偶然隕石の現場に居合わせてしまったのよ。」
何という悲しい偶然。
運がないというのはこのことだろうな。
「幸薄そうな子でね。担当神に対する望みも、平穏な日々を送りたいって言ったらしいの。どうやら地球では良いことがほとんどなかったみたいで…」
生粋の薄幸だったんだな。
それは平和に暮らしたくなるわ。
「それで担当神で正義神のジャステが平穏な日々を送れるようなスキルを付与してあげてね。今はこの大陸にある〈ヴィンスターズ帝国〉のとある街で慎ましく生活しているみたい。街の名前は、その子のことを思ってかジャステは教えてくれなかったわ。」
うん、なんかもう平和に生きてほしい。
なんだったら、ここで保護してあげてもいいな。
「これで以上よ。聞けたいことは聞けたかしら?」
「ああ、ありがとう。問題ないよ。」
これで他の転移者に対する方針は決まったな。
まず味方になりそうな人と接触しないとな。
めぐりは当然として、駆と古布さんあたりは良い関係が築けそうだ。
一方で残りの3人の動向は注視しなければならない。
場合によっては、同郷の者として対処しないとな。
身内の恥は身内が雪ぐ、これは当然だ。
何事も起こらないといいな。
どうかフラグになりませんように…
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