第57話 受け入れの問題
こちらは本日1話目です。
次話は18時の更新となります。
無事、夜を越せたようだ。
野営していたOXさんや騎士達も特に問題なく過ごせたようだ。
起きてきた皆が首を傾げている。
そんな様子を見せられると、何か問題でもあったのかと気になる。
少なくとも昨夜俺は怖いレインさんに見張られながら、しっかりと部屋の中に閉じこもっていたぞ。
すると、騎士の1人が俺の側に寄って来た。
誰だっけか?
ああ、救出作戦の時にいた騎士の1人だったな。
個人的には精鋭3騎士と呼んでいる内の1人だ。
名前は、確か…リークとか言ったな。
こいつに聞いてみるか。
「何かありましたか?」
「いやね、君が昨夜配ってくれた毛皮の性能が良くてね。一晩敷いて寝たのに毛皮の匂いも汗の匂いもしなかったものだから不思議に思ってさ。」
ふっふっふ、まさか皆に気づかれるとはな。
勿論ただの毛皮ではなく、将来的に再利用することも視野に入れていた逸品だ。
分解対象に人体から出る老廃物などを指定した《素材分解》を付与していたのだ。
これのおかげで汚れることも臭うこともない。
まあ正直に答える気はない。
「特別な毛皮だと思ってください。」
一応その一言で納得してくれた。
だってここは世にも恐ろしき〈不抜の樹海〉。
今までの常識にない物があったとしても不思議ではないのだから。
その後何人かと軽く話をして、皆に朝食用に果実を配った。
配っている最中、姫様が起きて出てきた。
どうやら朝には弱いらしい。
そして、声を掛けようとしたところ、顔を赤らめて避けられてしまった。
女の子の寝起きだというのに気を遣えなかったのは失敗か…
レインもやれやれと言った感じで溜息を吐いていた。
朝食後に主要なメンバーを集めて話し合いとなった。
参加者は、拠点在住サイドからは俺とレイン、王国亡命サイドからは姫様、OXさん、双子妻、《念話》スキル持ちルースという騎士だ。
まだ姫様は顔を赤らめていて、目も合わせてくれない。
そんなに寝起きの顔見たのが不味かったのかな?
気を取り直して先に進めないとな。
話し合いをしているだけで生きていけるほどに、ここは楽な環境じゃないんだ。
時間は有限、急ごう。
「じゃあとりあえず話し合いを始めたいと思います。救出作戦に関する礼は昨日していただいたので結構です。早速本題に入りたいましょう。」
この先の展開が読めたので先に釘を刺しておく。
十中八九昨日はありがとう、というパターンで始まることは目に見えていた。
何度も言葉で感謝されても困るんだ。
同情するなら金をくれ、とはよく言ったものだ。
感謝するなら対価をくれ、と思っている。
「うむ、そうだな。そうしてくれるとありがたい。何度も同じことの繰り返しは無駄だからな。」
OXさんが俺の提案に乗ってきた。
変にプライド高いから何度も頭を下げるのが嫌だという理由が1番な気がするが、ちょうどいい。
それに呼応する形で他の面々も同意してくれた。
朝食の最中にお互いのグループで一応話し合いはされていた。
話し合っていた時間自体は大差なかったが、一応という言葉がつくのには訳がある。
なぜなら、俺とレインの方の話し合いはものの数秒で終わったからだ。
「ご主人様の望むがままに…」
「え?あっ、はい、そう…」
これで終わった。
後の時間は今朝の姫様の件を題材とした女心の講義という名のお説教であった。
仕方ないだろう、そこまで女性経験が豊富じゃないんだし。
「――あの、よろしいでしょうか?」
今朝のやりとりを思い出していると、姫様が現実に引き戻してくれた。
顔の赤みは若干軽減されたが、相も変わらず目線は明後日の方向だ。
……少し悲しい。
「厚かましいとは思うのですが、どうかこの拠点に我々も置いていただけませんでしょうか?無理強いをするつもりはありませんが、右も左も分からぬ地で生きていくことを考えるとこの方法しか思いつかず…」
ここでいつもの私の身を捧げる下りに入りそうだと感じたため、考え込みモードへ入る。
というかまた赤くなってるじゃん。
まあ読めていた展開だ。
《情報分解》でスキル構成を見た限り、非戦闘職を守りながらこの樹海で生き抜くほどの実力はないと考えていた。
そのあたりはきちんと相談した上で導き出したのだろう。
こちらとしても、拠点内の人員が増加することにメリットがある。
拠点に誰かいる可能性が高くなるため、これまで以上に遠出できるようになる。
また、役割分担することで仕事の量も幅も削ることができる。
スローライフへの小さくとも大きな歴史的な一歩だ。
勿論その分必要な物資も格段に増えるというデメリットもある。
元々俺とレインの2人だった。
しかし、姫様一行を受け入れると20人増えるから、単純計算で11倍の消費量になる。
ただこの問題はその分生産活動を拡大すれば賄える気がする。
問題点として気にしなくてもいいな。
そうして自分の中で意見をまとめて、レインの方へアイコンタクトを送った。
レインは伏し目がちにアイコンタクトを返してきた。
(ご主人様の御心のままに…)
相も変わらず、そのスタンスを貫くらしい。
俺としては、客観的な意見が欲しいんだがな。
まあいいか。
いつの間にか静かになって見守る体勢を取っていた王国亡命サイド。
俺は自分の中で出した結果を告げる。
「いいですよ、その申し出を受け入れましょう。」
これで本格的な話し合いに入る。
受け入れる要求をこちら側は呑んだのだ。
向こう側にも受け入れてもらわないといけないことがある。
「受け入れるにあたって、いくつか条件があるがよろしいでしょうか?」
「……ひとまず聞くだけ聞こう。受け入れるかはそれからだ。」
「別にいいじゃないのよ、それくらい。」
「心配症なのよ、オー君は。」
「うっ…」
OXさんの返答に双子妻からダメ出しが入る。
それに対して、オー君もといOXさんは何も言い返せない。
かかあ天下なんだろうな。
可哀想だから、助け舟を出そう。
「別に聞いてから決めていただいても構いませんよ。そんな難しい要求をするつもりはありませんので。」
そう、別に難しい要求や変な要求はするつもりはない。
要求というより、ここの指針に近いかもしれないな。
「まずは…」
ごくり、と何かを飲み込む王国亡命サイド。
いや、そんな気を張らないでも大丈夫なんだがな。
出来るだけ微笑む感じで最初の要求をする。
「話し方を普通に戻してもいいですか?丁寧な言葉遣いで話していると疲れるんで。」
案の定、OXさんの額に青筋が浮かび上がった。
姫様にタメ口で話していいか、という要求に他ならないからだろう。
けれど、丁寧な言葉遣いでいることに結構な労力が求められる。
端的に述べると、面倒臭い。
「いいでしょう、それは構いません。」
「姫様!そのような…」
「「オー君!」」
「ぐうっ。」
「ここの拠点のリーダーはジョー様です。私たちはあくまでも居候の身となりますので、この地の上下関係的にも言葉遣いに気を使う必要はありません。」
OXさんの反対意見を速攻で双子妻達が潰した。
いいぞ、もっとやれ。
この要求が通ったおかげで、だいぶ楽になるな。
しかも、姫様からのGOサインだし、理由としても道理に従っている。
これで文句を言うなど、過激な姫様至上主義者のOXさんぐらいしかいないだろう。
「ありがとう、じゃあこの感じで話させてもらうよ。そちらも今まで通りの言葉遣いで構わないからね。」
「問題ありません。」
「姫様も言葉遣いを崩してもらってもいいんですよ?」
「私は元来この言葉遣いで過ごしてきたので、この口調が慣れているのです。」
これ以上言うのは野暮ってやつだな。
丁寧な言葉遣いしかできないなんて、THE貴族だな。
どこかの暴走しがちOXさんとは格が違うぜ。
……無言で睨まれた。
まあこの後の要求は通り易いだろう。
なんていったって要求を呑むという前例が生まれた。
よほどのことがない限りは拒否されないだろう。
厳密には違うが、これだって心理学の一種、フット・イン・ザ・ドアーってやつだ。
頼み事のハードルを最初は低く、段々と高くしていくのが本来のフット・イン・ザ・ドアーだが、正直頼み事のハードルが変わらない。
なら、より一層拒否しづらいはずだ。
「では、次の要求。緊急時以外の《念話》系スキルの使用を禁止したい。」
「……なんですと?」
やはりここで反応を示したのは件の《念話》持ち騎士のルース。
ちなみにベラという妻持ちで、妻の方も《念話》持ちだった。
自分たちの能力が封印されるとなると、流石に一言物申したくなるよな。
だが、こればかりは理由がある。
「まあ、理由を話そう。《念話》スキルは確かに便利なものだ。しかし、能力差があると盗聴される可能性があると聞いたことがある。この地に姫様がいることをバレるのは是が非でも避けたい状況で、盗聴される可能性が捨てきれない能力を使うのは自ら危険を冒すことに他ならないんじゃないか?」
そう言われて考え込むルース。
理には適っていたし、否定できないのだろう。
ただ自身の価値を1つ潰されるのだ、悩むのもなんらおかしくはない。
「別にスキルが使えなくてもここではやることはたくさんある。自身の価値が損なわれることはないだろう。それに緊急時には《念話》スキルに最大限活躍してもらうんだ。悪い話ではないだろう?」
どうだ?
言い方だけ見れば、悪い話し方にしか思えない。
しかし、その実はちゃんと価値を認めているということを伝えているんだ。
さあ伝われ、理解するんだ。
「……分かりました。」
よし。
「あなたの言うことは尤もです。自分も自ら危険を招くようなことはしたくない。それで構いません。」
「ルースも認めたようなので、私からも異論はありません。もう1人の《念話》持ちの方もこちらで説得させていただきます。」
姫様が同意してくれれば、要求は受け入れられたと同義だ。
これで俺のスローライフが守られる。
「では、最後の要求。」
ごくり、とまたなにかを飲み込む姫様一行。
最後ともなると、1番重い要求が来ると思ってるんだろうな。
だが、今からするのはどちらかと言うとそっちサイドのための忠告に近い。
「俺の許可なく、この拠点の外へ赴くことは禁止する。理由は単純明快、数多の魔物が跳梁跋扈する地なのでなにが起こるか分からない。1人でAランク数頭相手にできる自信がない限りは出歩かないで欲しい。」
呆気にとられた表情を浮かべる面々。
想定外の要求だったんだろうな。
まさかのこちらの身の保護するためのものとは思わなかっただろう。
姫様がいち早く復帰した。
「それは尤もです。こちらとしても助かります。」
こればかりはOXさんも何も言うことなく同意してくれたようだ。
「大きな要求としては以上です。細かい決まり事などは後日定めるとして…」
俺は姫様に手を差し出し、握手を促した。
「――ようこそ、〈安息の樹園〉へ。」
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