第47話 悔恨、そして発起
こちらは本日1話目です。
次話は18時の更新となります。
「奴はどこへ…」
警戒しながらも辺りを見回す。
だが、やはり奴の姿形はどこにもない。
あまりにも予想外のことが起こり、思考が停止しそうになる。
不可解だ。
「ご主人様!ご無事で何よりです。」
レインが駆け寄ってくる。
特に怪我した様子もなく、戦闘の跡もない。
ちゃんと見守ることに徹していてくれたようだ。
そうだ、離れた所で見ていたレインなら何か分かるのではないか?
「レインも無事な様子で良かった。だが、いったい何が起こったのだ?」
すると、レインは悩むような表情を浮かべる。
どう表現したら良いのか分からないという感じだ。
そして、重い口を開くようにして告げてきた。
「……分かりません。」
「は?」
驚愕の感情が思わず口から溢れでる。
レインを見ると悲しげな表情を浮かべていた。
しまった、叱責したような返答になったのか。
「いや、別にレインを責めているわけではない。ただ、予想だにしなかったことを言われたものだから。」
「あ、いえ、お心遣いありがとうございます。起こったこと自体は分かるのですが、ただその理由が分からず…」
「?とりあえず何が起こったのかだけ教えてくれ。」
「……逃げました。」
「逃げた?」
「はい、より正しく述べるなら撤退しました。逃げたのか、はたまたこの場から退いたのかは分かりません。」
「なるほど…」
その後もレインの説明は続いた。
あるタイミングを境に奴は戦闘を放棄し、元来た道とも呼べぬ道の方へと向かっていったとのこと。
そのスピードも戦闘時のものと遜色なく、数秒もしたらレインの《領域感知》の範囲外になったらしい。
ちなみにレインの感知範囲内で奴以外の特異な行動をした生物はいなかったと捕捉された。
ここまでの情報だけで推測するに、逃げたように思える。
戦闘に飽きたとかいう理由なら、そんなスピードも出すことなかっただろう。
その場合は、強者の余裕というか、のそりのそりと歩くイメージだ。
だが、奴の撤退速度から考えるにその線は薄い。
レイン曰く、奴の強さはAランクの下からBランクの上程度らしい。
奴が強いと言ってもたかが知れてる。
そんな奴がわざわさ戦闘以外で猛スピードで動き続けてるとは到底思えない。
あの巨体を維持するためのエネルギーも膨大なものになるであろう、少しでも体力を温存するに違いない。
それに奴が現れた時のことも証拠になるだろう。
奴はゆっくりと木々の間をすり抜けてきた。
あれが基本だろう。
あと、新たな強者を感じたから移動したという線もおそらくない。
奴の《領域感知》のレベルは、レインより高いことは事実だ。
だが、その差は1段階と決して大きくはない。
レインが感知できないレベルの猛者が、奴にだけ感知できたとは到底考えられない。
そうなってくると、選択肢が限られてくるな。
「――ん様、ご主人様。聞いておられましたか?」
「す、すまん。考え込んでいたあまりに、聴覚が働いていなかった。」
レインから大きな溜息が出た。
こればっかりは俺が悪い。
悪いとは思いつつも、昔からの癖だから治せる気はしない。
「それで何を言ってたんだ?」
「状況の補足と帰宅の提案です。ひとまず安全な場所に避難してはいかがですか?」
ふむ、一理あるな。
ここに留まり続ける意味がないってことは分かる。
だが、しかしな…
結局、レインの提案に反論できず帰途に着く。
若干のモヤモヤを携えて。
その道中、先ほど聞き逃してしまった補足情報とやらを教えてもらう。
「テンペストグリズリーが去ったタイミングはご主人様が最後に吹き飛ばされてから数秒後のことでした。一瞬にして敵意が霧散し、代わって恐怖の念に囚われていたように思えました。」
おいおい、悩んでた俺がバカみたいじゃないか。
ここまで来ると、理由は既に出たと言っても過言ではない。
とりあえず逃げたタイミングとしては、リメが異刀:不抗を渡してくれた瞬間に違いない。
いや、正確にはそれをリメが取り出した瞬間だろうな。
おそらく奴は野生の勘とやらで、武器の脅威を正しく感じ取ったんだろうな。
リメに作ってもらったとはいえ、アレは最早神器だ。
戦闘力を測るような機械があれば、確実にオーバーヒートで破損するだろうレベルだ。
この時点で、俺は単体では奴から脅威でもなんでも存在と認識されていたことに気がついてしまった。
こちらとしては、親の仇よろしく本気で屠ってやろうと思ったのに。
全身全霊で叩き潰すべき好敵手であると感じたのに。
俺は虚しさと悔しさに心を支配され、思わず足を止めてしまう。
「ご主人様?」
急に俺が歩みを止めたことにレインは気づき、お伺いを立ててくる。
情けねえな、俺は。
こんなんじゃあまた失ってしまう。
かけがえのない日常がまた失われてしまう。
いつかの光景がフラッシュバックする。
ああ、そんな心配そうな顔をしないでくれ。
気づくと、俺は自身の頬を伝う温かい何かを感じた。
「ご主人様!」
それに気づいたレインが慌てたように近寄ってくる。
近寄ってきたレインを無言のままで抱きしめる。
……やはり華奢だな。
地球の時と違い、ストラトラトスでは強さは決して見た身に比例しているわけではない。
下手な筋肉だるまよりも、レインの方が格上であることなんて明らかだろう。
だが、どうしても地球の頃の考え方に引っ張られてしまう。
なす術なく蹂躙されてしまうレインが脳裏に過る。
俺が守らなくては…
「大丈夫大丈夫。」
思わず口に出してしまう。
何度も何度も口から同じ言葉が出てくる。
まるで自分に言い聞かせるかのように。
いや、まるでという仮定ではないな。
しっかりと自分に言い聞かせたのだ。
――強くならなくてな。
今抱きしめているレインだけではない。
リメのこともオリ爺のことも守れる存在にならなくてはいけない。
そして、アイネも…
「悪い。こんな長時間抱きしめて。」
「い、いえ、そんなことございません。」
?なんだか、頬が赤い気がするがまあいいか。
これからは自身のスキルに溺れることなく、空いた時間にでも自分を鍛えなくてはな。
どんな時でも戦えなくてはならないのだから。
武器の携帯も日常的にしなくてはな。
ここは銃刀法もない世界なのだから。
そして、いつの日にか奴と出会った時に圧勝できるようにやらないはな。
お前よりも強いと、雪辱を晴らすために。
――そして、今の平穏を守護できると証明するために。
1話あたりの文字数を増やそうか悩んでいます。
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