第3話 お試し期間
途中、女神であるアインネスの口調に違和感を感じることがあるかもしれませんが、意図的なものです。(次話で回収します。)
―――俺と、結婚前提で付き合ってくれ―――
はっきりと言い切った。
正直言って、一目惚れした。
女神に一目惚れなんざありきたりなテンプレなのかもしれん。
だが、それでも漢にはやらなきゃいけない時がある。
「え、ええ、何言ってんのよ!ふざけてるの?」
「いや、真面目も真面目、大真面目さ。正直言って、人生初の一目惚れした。」
女神様ーいやアインネスは口調が崩れるほど動揺しているようだ。
だが、そう言い切れるほどの一目惚れだ。
外見だけで選ぶのはクズ、とかいう風潮があるがあれは必ずしも正しいとは限らない。
特にこのような場面では、外見の一目惚れ以外あり得ない。
まだ出会って少し(?)の時間しか経ってないのに内面まで見ろというのは些か無理難題である。
逆にこの短時間だけで内面まで口に出したら、本当に理解しているのか疑わしいレベルだ。
「わ、私たちは対面してからまだ幾ばくかの時間しか過ごしておりません。であるにも関わらず、け、けっ、結婚を前提にお付き合いというのは問題が…」
「わかってる、それも承知だ。確かに俺はあなたのことをよく知らない。たが、それだけで諦めるには惜しい存在なんだ。」
俺はアインネスが話すのを手で制し、畳み掛ける。
こういう時考える時間を与えてはいけない。
意図しない動揺と時間による焦燥を利用して、ある程度の妥協点までには持っていきたい。
「無理に結婚してくれとは言わない。嫌がるあなたに強要しても、それはお互いが不幸になるだけだ。だが、たとえ外見での判断がほとんどを占めていだとしても、好きになった人を諦めるのはあまりにも虚しいんだ!」
「で、でも、さすがに…」
そんなに頬を赤く染めやがって、なんだこの可愛さは?
やめてくれ、それは俺に効いてしまう。
いかんいかん、会話の流れを相手に渡してしまったら終わりだ。
ふむ、こういう時に本で学んだ知識が活かせる。
確か、心理学の本を読んでいた時に出てきたテクニックがあったな…
「――じゃあ、お試し期間を設けないか?」
「え?お試し期間?なんですか、それは?」
「簡単に言えば、お互いを知る為の時間さ。ある程度の時間を一緒に過ごして、想いが通じまったら結ばれるというのはどうだ?」
「ふむ、お試し期間ですか。それは良さそうな提案ですね。やはり内面を知れない分には、判断のしようがないでしょう。」
「結婚となると流石にすぐということが厳しいのは俺にだってわかる。そうだな、ひとまず半年でどうかな?俺としてはひと月もあればいいんだが…」
「さ、さすがにひと月では短すぎます!半年でも足りないぐらいです。せ、せめて、えーと、1年でどうでしょうか?」
「ふむ、1年か……まあ、それぐらいあった方がいいかもしれませんね。」
俺は期間を吟味するフリをして時間を稼ぐ。
まさか、ここまで上手くいくとはな。
正直3年はかかりそうだと踏んでいたんだがな、幸いアインネスは動揺していて、こちらの心を読んでいる余裕はなさそうだ。
今、俺が使った心理的なテクニックとしては2つあげられる。
1つ目が、なんちゃってダブルバインドである。
これは本来YESかNOで答えるべき質問を、選んで欲しくない選択肢から誘導して、こちらが選択肢を指定し、選んで欲しいYES(もしくはNO)のみにつながる選択肢を選ばせるというものだ。
さすがに完全に乗せることはできなかったが、これでほぼYESは引き出すことができた。
この瞬間、お試し期間を設けることは確定した。
2つ目が、ドアインザフェイスである。
返報性の原理と言われ、こちらが一旦譲歩することで、相手に罪悪感を抱かせ、別口で相手の譲歩を引き出すという技術である。
こちらが提示した期間の少なくとも2倍、多くて12倍の要求を認め譲歩したのだから、相手はおいそれとこちらの要求を拒めないはずだ。
「けど、さすがに1年間何もなしというの少し寂しいな。もっとも、おいそれと神が地上に降り立っていいのか?」
「その点は大丈夫、そろそろ私の有給休暇の時期になりますから。私の世界は神々が出張るのが滅多にないほど安定しているもの。数百年ぐらいはわけあないわ。」
「ふむ、そういうものなのか。」
「ただ少なくとも私自身が地上に降り立つのは1年はかかります。いろいろと手続きが……って、なに結ばれる前提で話を誘導しているの!」
あれ、バレたか。
けどまあ、
「意外と乗り気みたいで嬉しいよ。」
「納得いかないところもありますけど、約束は約束です。1年間のお試し期間を設けましょう。」
「わかった。けど、この1年間のお試し期間はどうやって過ごすんだ?あなたが地上に降り立つ前にお試し期間が終わってしまう。」
そうアインネスに言うと、黙り込んでしまった。
そして、数十秒悩んだ末に口を開いた。
「これはそちらに譲歩してもらいますが、私の世界最大の衛星であるルディアナが満ちた夜のみ私は神の身でありますが現界することができます。その夜に対面しましょう。」
「いわゆる満月の夜だけか、それはあまりにも…いや、無理をさせるのも憚られるからそれで構わない。」
「ありがとうございます。………たださすがにそれだけというのは申し訳ないので私と念話――電話みたいなもので会話できるようにしましょう。流石に多忙の際は無理ですが、それ以外はお応えすることが可能になります。」
念話か、よく異世界ものの小説に出てくるアレか。
「わかりました。それでお願いします。その声が聞けるだけでも御の字です。」
そう言って微笑みながら、俺はアインネスの目の前に手を出す。
それに対して、アインネスは戸惑い、憂い、照れ、喜びをごちゃ混ぜにしたような笑顔を向け、手を取ってくれた。
「よろしく、女神様!」
さあ、これでやっとひと段落つけた。




