第96話 畜産農場の問題
本日はこの1話のみの更新となります。
久しぶりに〈安息の樹園〉に平和が訪れた。
ここのところゴブリンの軍勢との連戦だったからな。
ちなみにレーア達の率いてきた軍勢は俺が拠点に戻ってきた時に帰還させている。
〈ゴブリニア〉の政変も無事行われているはずなのだ。
ここに留める意味はない。
ちなみにだが、〈ゴブリニア〉から褒章を持った一団は約3週間後到着予定だ。
あくまでも予定であり、向こうのゴタゴタがどの程度なものかで前後する。
オリ爺の宿木は全て回収してきてしまったから、連絡の取りようがないから正確な日時は分からない。
まあ、何はともあれ再び拠点拡充に精を出すことにした。
いや、拡充というより改革と言うべきか。
あの侵攻による思わぬ弊害が発覚したのだ。
それを改善しなければならない。
そう、半径1kmで作った壁と堀の存在だ。
これまでの狩猟は可能な限り〈安息の樹園〉周辺でのみ行うようにしてきた。
ここはどこまでいっても天下に轟く魔境、〈不抜の樹海〉なのだ。
余程のことがない限りは遠出するのは得策ではない。
ただ今回のおかげで半径1kmにも及ぶ外部と遮断された空白地帯が生まれた。
外部からの侵入経路は現在空路もしくは地下しかなく、小さめの鳥とか虫ぐらいしか入ってこれない。
これが意味することは、現状空白地帯に存在する魔物が全て狩られた時、この空白地帯は文字通り生産性のない空間になってしまう。
かと言って、堀と壁を壊すかとなると、その選択肢はない。
またいつゴブリンのような軍勢が押し寄せたとしてもおかしくはないのだ。
備えておくに越したことはない。
それでなんとか空間を活用できないかと検討した。
その結果が畜産農場だ。
レーア達による〈ゴブリニア〉の政変の支援の見返りの1つが、ステラヤマギュウだ。
話し合いの結果、数組の番を分けてもらえることになっている。
当初は〈安息の樹園〉内で飼おうと考えていたが、ステラヤマギュウの大きさを思い出し、断念。
だがしかし、畜産は営みたい。
それで代替案として考えられたのが、空白地帯の活用であった。
「――ということで、畜産農場を作ろうと思う。」
牧場と言わなかったのは、まだ放牧するのか舎飼するのか決められていないからだ。
とりあえず、反対意見は挙がらなかった。
皆、特に狩猟班は薄々俺の危惧していた事態に気付いていたようだ。
「それで具体的にはどうするのだ?」
「とりあえず経験者がいるかどうか聞こうと思ってたんだ。誰か畜産関係のスキル持ってたりするか?」
「スキルか…配下の騎士に持っている者はいなかったな。無論家族も含めてであるが。」
「アタシは持ってないわよ〜。」
「……オレもだ。土いじり系の生産スキルは持ってない。」
はあ、やっぱりか。
一縷の望みをかけて、《情報分解》で皆のスキルを確認した。
……うん、知ってた。
この拠点にいるメンバー、何故だか分からないが生産系スキル全然持ってないんだよな。
チラッとレインの方を見る。
「わたくしも持っておりません。」
「だよなー。うーむ…」
非常に困ったな。
野菜とかなら替えが効くから、トライアンドエラーが容易にできる。
しかし、家畜となると難しくなる。
希少価値云々もあるが、何よりも対象が自己を持つ生命体になるのだ。
失敗すると、最悪の場合無駄な殺生をする必要が出てきてしまう。
是非ともそのパターンは遠慮したい。
いっそのこと〈ゴブリニア〉から派遣してもらうか?
いや、向こうもしっかりとした知識はないはず。
牛舎とか見当たらなかったし、どちらかというと完全放牧チックだったからな。
ノウハウはそこまで見込めなさそうだな。
このまま思考の海に沈んでいきそうになった時、現実に戻してくれる福音がもたらされた。
いや、福音ってのは言い過ぎか。
何にせよ、現状を打開してくれる一言が飛び出した。
「……あの、スキルではないでやすが、知識と多少の経験はありやす。」
ん、誰が言ったんだ?
顔を上げると、そこには手を上げた騎士の1人がいた。
確か独身組の1人でビリーだったな。
若干の三下っぽい口調が特徴だ。
「ん?ああ、そう言えばそうだったな。」
1人納得した感じのOXさん。
いや、ちゃんと説明してくれよ。
俺を含め大部分が意味が分からないと思ってるぞ。
「すまんな、ここは説明した方が良さそうだな。」
話によると、ビリーの一家はとある村で元々畜産を営んでいたらしい。
ビリーも小さい時から幾度となく手伝っていて、スキルこそ発現しなかったものの、知識と経験は積み重なっていった。
そこには平穏な日々があった。
だが、ある日その現実が終わりを迎える。
その日ビリーが家畜の餌になる草を採りに森に入っていた時全てが蹂躙された。
村の近くにあったダンジョンでスタンピードが起こってしまった。
スタンピードで発生した魔物の群れが家を、家畜を、人を、そして家族をも巻き込んでいった。
後に残ったのは廃墟だけ。
それを見た時は悔しくて悲しくて、しかし涙すら出なかったという。
以降はたまたま近くをスタンピードの対応のため赴いていたOXさんがビリーを保護。
しばらく面倒を見ていた結果、OXさんの直属の騎士になって、今に至るらしい。
「……なんかごめんな、辛い過去を思い出させて…」
「いや、いいんすよ。割り切った、とまでは言わないすけど、立ち直ったんで。それよりも、村の皆の分まで頑張って生きなきゃなんで。」
先ほどから目の汗、いや涙が止まらない。
同情じゃない、共感だ。
つい自分の境遇と重ねてしまう。
いや、俺よりも失ったものの数はビリーの方が多い。
自己投影するなんて烏滸がましいな。
だがいつまでも泣いてるわけにはいかない。
何よりもビリーに失礼だな。
「じゃ、じゃあ是非その知識を活かして欲しい。」
「は、はい、分かりやした。」
とりあえず畜産農場としての形を整えよう。
場所は〈安息の樹園〉から見て南側に作ることにした。
理由として、少しでも日のあたりを良くしたかったからだ。
そして、形態としては放牧メインですることになった。
ビリー曰く、放牧の方が家畜へのストレスが少なく、より上質なミルクが採れるようになるそうだ。
一方で病気になる可能性が高くなるため、しっかりと様子を見守る必要もあるとのこと。
さらに、牧地はラピッド草を植えた上で7つに分けて、1日ごとに場所を移動させることになった。
1週間で元の場所に戻ってくるというローテーションにして、餌となるラピッド草も十分に間に合うに考慮した。
まあ、今はラピッド草で牧地を満たさないといけないんだがな。
ビリー曰く、ラピッド草は繁殖もエグいらしく2、3週間後には十分な量になるだろうとのこと。
ギリギリだが、間に合うかな。
ただおそらくだが、圧倒的に土地が足りないだろう。
すなわち餌が足りないという判断がなされた。
そのため、牛舎にてさらに餌を与える必要があるらしい。
幸いにもフバツソラヌンがある。
皮を剥き茹でて含有ソラニンを排除した上で与える方針だ。
実はこの度、空白地帯の北側をフバツソラヌン畑にするという判断をした。
そのため、今までの比にならない量の収穫が見込める。
収穫自体は2ヶ月後の12月の下旬あたりになるが、それ以降の供給量はステラヤマギュウがいたとしても過多になるとさえ考えられる。
牛舎の建設は少し難航した。
ステラヤマギュウの大きさは直接見た俺しか知らなかったためだ。
これぐらいの大きさだと言ってもなかなか信じてもらえなかった。
まあ俺も同じ立場なら疑っただろうよ。
文字通り、山のような大きさの牛なんてな。
結果、高さ4mの倉庫のようなものがずらっと並んでいる感じになった。
まとめて入る牛舎を作るには技術が足りなかったため、個別で倉庫を作った方が早いという結論が出されたためだ。
ちなみにだが、牛舎内は《素材分解》が施されており、糞尿の処理は問題なし。
この間、北側のフバツソラヌン畑も同時並行で作っていた。
平穏でありながらも、忙しい日々が流れていった。
次回更新日は11/29(日)です。
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