好き嫌いは、許しません! 〜竜王様、ごはんの時間です! グータラOLが転生したら、最強料理人!?〜
とある金曜日、仕事終わりのお稽古——料理教室からの帰り道。
明日はお休み、目一杯ダラけようと心に決めて1Kの我が家に急ぐ足取りは軽い。
おっとその前に。コンビニに寄って週末の食糧を買い出しておかなくちゃ。
「冷食と飲み物。ビールとおつまみは外せないね……ん?」
レジカゴに次々放り込んでいると、鞄の中でスマホが鳴っているのに気付きました。画面を見ると、相手は親友ユイちゃん。
「はい、もしもし?」
『あ、レイラ? もう家?』
「ううん。まだ」
ユイちゃんは、私の枯れっぷりを心配してくれているオカン系女子。いやいや、めちゃくちゃ可愛くて女子力も高いんですよ。でもいざ私を目の前にするとオカン系に走ってしまうようで、実は料理教室もユイちゃんに引っ張っていかれています。『料理できるってポイント高いって!』『結婚する時必要だから』とかなんとか説得されて。
『あれ? 遅くない?』
「あ〜、コンビニ寄って明日からの……あ」
『あんたまさか、明日の食料買い込んで一日中ダラダラするつもりじゃないでしょうね?』
電話越しに伝わる、ユイちゃんのトーンダウン。ダメだ。私の行動、完全にバレてる。
「ち、違う違う。明日は家の片付けしようと思って、きっと一日かかるから、今のうちに買い物しとこうって……」
『ふうん』
年中『汚部屋』な私の1Kを知ってるユイちゃん、完全に信じてない声だ。まあ、しどろもどろな私のせいだけど。
『じゃあ日曜にでも遊びに行かせてもらうわね』
「マジすか」
『なあに? 片付けるんでしょ?』
「もちろんですー。喜んでご招待しますー」
あ〜あ。とっさに口をついた出まかせのせいで、グータラパラダイスの予定が消えてなくなっちゃった。とほほ。
ガチャリと鍵を開け、静かに開けた扉の向こうは真っ暗。手探りで部屋の電気をつけると、目に飛び込んでくるのは片付いていない部屋。
「これが『汚部屋』ってやつよね。ええ、知ってますとも」
そこかしこに読み捨てられている雑誌。読もうと思って積んだままになっている本。どうせすぐに着るし~と、ベッドに散乱したままの服。乾いて取り込んだまま山積みになっている洗濯物。この中から必要なものを一発で発掘するスキルはなかなかのものなんだけどな。
テーブルだけでなく床にも、昨日飲んだビールの空き缶が転がって……。
「あ~、さすがにコレはいろいろやばいかな」
人として、二十五歳の女子として。
やっぱり明日は一念発起。この部屋を片付けよう! ユイちゃんに呆れられる前になんとかしよう。
「よ~し、ダイエットは明日から……違くて。片付けは明日がんばろう」
今日はもう疲れたからお風呂に入って寝て、明日のために英気を養おう。
〝脱・汚部屋〟を心に誓い、パンプスを脱ぎ、部屋に上がったところで。
転がっていた空き缶を踏みつけ、盛大にすべりました。
「きゃー!?」
とっさに手をついたけど、不運にもそこにはなにかのチラシが落ちていて、手もまたすべり、体勢を立て直すことなく横にあったテーブルの角でしたたかに頭を打っちゃった。
ゴッ……という鈍い音。
うっ、と詰まる、喉。嘘、息ができない? 視界もどんどん暗くなっていく。
まさかこれが私の最期とか!? 汚部屋ですっ転んで他界!?
【汚部屋OL、床に転がっていたビールの缶を踏んですっ転び、チラシに手をすべらせ頭を強打し死亡か?】
数日後の新聞の見出しが頭を過ぎる……親や友達に恥かかせる気か私は。
これからはちゃんと生活しますから、こんな死に方は勘弁してください!
いるのかどうかわからない神様に向かってお願いした瞬間に、私の意識は途切れたのでした。
頭を打って気絶した(絶命した?)のが、多分、数時間前のこと……だと思う。
というのも、その後の記憶は一切なし。気が付けば『竜王国』という、なんともファンタジーな異世界に転生していたんですから。
そこで『竜王国』の国王様である『竜王様』に拾われた私は、竜王城——竜王様の住んでるお城ね——に住まわせていただけることになりました。ありがたや。
そうして下っ端メイドになった私ですが、はじめはシカトの嵐でしたよ。
何をしてもドジしかしない、物は壊す、片付けはできない。しかも素性はめっちゃ怪しいときたら、誰も相手にしたくもないってね。
それでもめげずに数ヶ月。
「そんな私が、竜王様のスープ係になるなんてねぇ」
出世したもんだ。
きっかけは、前世の知識を生かした和食——といってもお味噌汁なんだけど——を作ったこと。料理だけは前世、教室に通っていたおかげでちゃんとできるのです。
この世界には『出汁』という存在(概念?)がなく、乾燥した海藻からとった出汁が珍しかったのか、竜王様がいたく気に入ってしまったのです。
乾燥した海藻といっても、ちゃんとした乾物の昆布じゃないですよ。料理に使った残り物の昆布のような海藻がカッペカペに乾燥していたのを見つけたので、水で戻したら出汁が出たという、なんとも偶然の産物。最初は食べる気満々で水戻ししたんだけど、まさか、出汁が出るとは思わなかったなぁ。
せっかくだからと、それを使ってお味噌汁のようなスープを作ったら、ちょっとした手違いで竜王様の元に運ばれていき、食べられちゃった、というのがことの顛末。
黒目黒髪の超絶イケメン(と書いて竜王様と読む)から、『美味かったから、これからはスープ係をしろ(意訳)』なんて言われたら、『はい』か『YES』しか言えませんよね。そんな超絶美形を前にしても目がハートにならないところが、私の残念なところだけど。美形は観賞するのみ。
そして私は正式に『竜王城のメイド』として雇われ、『竜王様のスープ係』になったのでした——。
「ちょっとライラ。何ボーッとしてるんだい」
「あ、すみません!」
こちらにきた時のことから今までのことを思い出していたら、料理長のトープさんに怪訝な顔されました。仕事中にボケッとしていてはいけませんね。
そうそう、私、前世は『レイラ』という名前だったのが、こちらにきてからは『ライラック』と名乗っています。通称ライラ。これも竜王様が、完全なる空耳アワードで付けちゃったんですけどね。
そもそも初対面の日に。
『名前はなんという?』
『レイラです』
『ライラ?』
『レイラですってば』
『ライラック?』
『あ〜もうはいはい、ライラックでいいです』
今思い出してもコントみたいなやりとりだわ。——とまあ、そんな超絶空耳でライラになりました。
それはいいとして。私、絶賛お味噌汁作成中なんだった。
竜王様にお出しするスープの具材は、新鮮で一番美味しい部分を使えとトープさんに言われているので、調理台の上に並んでいるお野菜から好きなものを選びます。
お味噌汁ってすごいですよね。だいたいなんでも合うし、美味しくなるんですもん。
「昨日は根菜たっぷりの豚汁もどきだったから、今日はシンプルに葉野菜のお味噌汁にしようかな。ビタミンたっぷり、お肌ツヤツヤ〜」
今日もとれたて新鮮なお野菜が、ずらっと並べられています。特に今日は、葉っぱのお野菜が青々として美味しそうに見えました。
私はその中でも特に、色艶申し分なく綺麗なものを手にとりました。
少しちぎって味見味見……っと。
「匂いはちょっと……セロリっぽいかな。葉っぱは柔らかくて美味しいね。じゃあ、茎の方は……わぁセロリだ。まんま、セロリだ。まあでも葉っぱの方を使うから、味はマイルドになるでしょ」
ということで、今日はこのセロリもどきに決定! 本当の名前は知らないけど。しかしこちらの世界、前世と同じような食材なので助かっています。調味料もそう変わりないのもありがたいです。
「色落ちしないよう、先に出汁で湯がいちゃいましょう。お味噌汁を入れてから具を入れる方が、見た目も食感もいいしね」
今日は一手間かけることにしました。
お味噌もどきの調味料を入れる前にセロリもどきを入れ、歯触りが失われないよう、色が鮮やかになったら素早く取り出し色止めしておく。その間にお味噌汁の方を完成させる。
固く絞ったセロリもどきを五センチほどに切りそろえて、お味噌汁の中にそっと戻すと、出来上がり。
「味もよし! すごーい。お味噌の味で、ぜんぜんセロリっぽくなくなったわ」
味見でお毒味もOK。
竜王様用の器に注ぎ、冷めないよう銀の蓋を被せたら、あとは配膳係にお願いするだけです。
「竜王様のスープ、できました!」
「は〜い!」
私が呼ぶと配膳係のメイドさんがきてくれて、ワゴンに乗せます。
なぜ私が運ばないかって?
それはもちろん私が下っ端の下っ端の下っ端メイドだからというのと、とんでもないドジっ子だから、竜王様の元に運ぶ前に絶対ひっくり返すだろうと心配したトープさんたちの配慮です。
「あとはよろしくお願いします」
「まかせて!」
メイドさんが華麗なウィンクをキメ、ワゴンを押していく背中を見送ります。
竜王様のスープが終わったから、あとはメイドさんたち用の賄いを作るだけです。
料理しかできない私は、このお城で働く使用人さんたちの『賄い』作りを任されています。ついでに休憩の時のおやつも。なにせ他にはほんっっっとに役立たずなもんで。
さっきのお味噌汁は、実は大鍋で作っています。そもそもこっちの賄いの方が先にあって、あとから竜王様の元にも出すことになったので。それに、お味噌汁って、たくさん作る方が美味しいでしょ? とまあ、それは余談で。
賄いの方には、竜王様用に作った料理の残り野菜やお肉をいただいてぶっ込んでいます。エコ(ノミー)かつエコ(ロジー)。
さっきのセロリもどきの残りも、刻んでお味噌汁に入れていきます。竜王様には葉っぱの部分をお出ししたから、賄いには茎の部分ばっかりになっちゃったけどまあいっか。
一度に全員は食べられないので、調理班、盛り付け班、配膳班……というように、グループ分けして、手の空いた人たちから食べてもらうようにしています。
最初のグループ用にお味噌汁をよそって『できましたよ〜』と、声をかけようとした時でした。
「ライラ〜〜〜ッッック!!」
ヒステリックな声とともに、厨房のドアが全開しました。
誰だよ一体。静かにしろって、トープさんに怒られても知らないよ……って。
「フォーンさん!」
ドアをもげる勢いで開けたのは、執事のフォーンさんでした。いつもビシッとオールバックにキメている暗い茶色の髪が乱れています。慌てて走ってきたのかな?
まあ大体いつもカリカリ神経質そうなフォーンさん。私を見ると何かお小言を言いたいみたいで、お怒りになってるのにも慣れちゃったんですけどね。
「どうかしましたか?」
「竜王様がお怒りだ!」
「はい?」
「とにかく謝りにこいっ!」
「はいぃぃぃ??」
なんか頭ごなしにめっちゃ怒られてるけど、私、竜王様のお怒りを買うようなことしましたっけ?
「行くぞっ!」
「えええ……」
ずるる……と引きずられていく私。周りのみなさんは、フォーンさんの勢いに圧倒されて、止めることすらできません。
「ラ、ライラっ!」
一番最初に我に返ったトープさんが追いかけてこようとしてくれましたが、これからやっと休憩時間なんです、私より休憩を優先してください!
「私は大丈夫ですから〜。賄い、よそってあるので冷めないうちに食べていてください」
「でも……」
「大丈夫ですから〜」
私は笑顔でトープさんに手を振りました。
プンスカお怒りのフォーンさんからはなんの説明もなく、連れてこられました、竜王様のお食事場所。
ちょっとくらい説明してくれてもよくないですか? そしたらこっちも怒られる心算ができるってもんなのに。でもここまできたら仕方ない。覚悟を決めて怒られますか。
「失礼します」
フォーンさんの後ろについて、顔を伏せてしずしずと入りました。竜王様の前では、許しが出るまで顔を伏せるのがお約束です。
「なんだ、フォーン。ライラを連れてきたのか」
部屋の奥から、竜王様の素敵バリトンボイスが聞こえました。
「はい! これは直接この者に謝罪をさせ、罰を与えるのがよろしいかと思いまして」
フォーンさんの話から察するに、どうやら私、知らないうちに竜王様の逆鱗に触れてたようです。って、いや、全く身に覚えないんだけど。
ということは私、このままクビかもしれない。
なぜならこの竜王様、お城の使用人さんたち曰く『めちゃくちゃ怖いお方』なんですよ。ミスをしたら即クビ! ってね。二度目はなし。一回目でも容赦無くクビ。
私を拾ってこのお城に住まわせてくれた優しい竜王様のイメージとは全然違うので、怖いお方と聞いても違和感しかないんだけど。
しかしどうやら、そこまで大事ではなかったようです。
「いや。余はそこまで気分を害してはおらぬが」
「いいえ、ここは断固罰を与えるべきでございます」
ん? 二人の温度差、すごくない?
お怒り(?)なのはフォーンさんで、竜王様はそこまで気にしていない様子です。
「……。ライラ、面を上げよ」
「はい」
許しが出たので顔を上げれば、竜王様の麗しいお顔が見えました。
いつ見ても超絶イケメンです。
憂鬱そうに頬杖をつき、その黒ヒスイのような瞳でこちらを見ています。
「ええと、私、なぜこちらに呼ばれたのかわからないのですが……」
「お前が竜王様の嫌いなアピウムの葉を、スープに入れたのだろうが!」
恐る恐る竜王様に聞いたというのに、なぜかフォーンさんが答えてくれました。
アピウム? ああ、きっとセロリもどきのことね。ということは竜王様、セロリもどきが嫌いなの?
「竜王様、その葉野菜がお嫌いなんですか?」
「…………」
フォーンさんは無視して、竜王様を見れば。……しれっと視線を逸らせましたね。それに無言は肯定ですよ!
「美味しいのに」
「お前の美味しい美味しくないは別だ! アピウムが入っていたせいで、竜王様は楽しみにしておられたミソシルが飲めなかったんだぞ!」
「えぇ……」
またフォーンさんが割って入ってきたけど、それ、喜んでいいのか反省したらいいのかわかんない。
竜王様は、私の作るお味噌汁が楽しみ→喜ぶ点。竜王様の嫌いなお野菜を入れてしまった→反省点。
うん、ここは喜ばずに謝った方がいいかな。
「申し訳ございませんでした。私はただ、色艶も良かったので、きっと美味しい、体に良いものだと考えて、今日の具材に選んだのです。料理長に確認すればよかったものを……本当に申し訳ございませんでした」
私は深々と頭を下げました。
「本当に反省しているのか?」
まだお怒りっぽいフォーンさんと、
「もうよい」
そうでもなさそうな竜王様。やっぱりこの二人の温度差すごいな。
とにかくお許しが出たので、そこで調子に乗ってしまいました。
「お毒味しましたが、とても美味しかったですよ。体にもいいと思います」
「……匂いが嫌いだ」
「ミソの匂いでかき消されてますよ」
「味も嫌いだ」
「それも、ミソの味でかなり軽減されてます。一度お召し上がりになってみてはどうですか?」
「いや、何をしてもわかるから飲まぬ」
またプイッとそっぽを向いてしまった竜王様。
「子供ですか!」
「…………」
ついうっかり、普段の調子で話してしまいました。
「ライラック!!」
フォーンさんの焦った声で、ハッと我に返った私。
竜王様、めちゃくちゃ偉い人だっつの。ただの上司じゃないっつの!
竜王様も別に私に怒ることなく乗ってきてたから、遠慮なく普通に話してたけど……あばばばば。
「失礼いたしましたっ!!」
私はくるっと踵を返すと、脱兎の如くダイニングを飛び出したのでした。
厨房に帰ると、トープさんやメイド仲間たちが心配そうに待っていました。
「ひょっとして、このミソシルのせいで呼び出されたのかい?」
「そうです」
「だよね。竜王様、アピウムが嫌いでねぇ」
「お聞きしました」
「でもこのミソシルに入ってしまうと、ぜんぜん味が変わってしまって驚きだよ」
「でしょう? なのに竜王様ったら、一口も食べないで駄々こねて……って、しまった、そうだ。私、反省してるんだった」
「反省?」
「はい。ちょっと頭冷やしてきます!」
「え、ちょっと。ライラ? どこへ行くんだい?」
「おやつの材料の買い出しに行ってきます!」
「え? まだおやつの時間には早いんじゃ……?」
「いいんです!」
とりあえず今は竜王城の中にいたくない私は、買い物カゴをひっつかむと、裏口から外に飛び出しました。
竜王城を飛び出したからといって、行くあてなんてありません。せいぜい、以前お使いで行ったことのある市場くらい。別に買い足すものなんてないけど、フラフラと歩いていたら市場に着きました。
市場の入り口がよく見えるところに腰掛けて、ぼ〜っと行き交う人たちを眺めます。
旅の行商人のような人や、町の人。いいなぁ、ちゃんと住む場所と仕事があって。私は多分、さっきのことでクビになるでしょう。
てゆーか竜王様、いい大人なのに好き嫌いするってどうなのよ。出されたものはありがたく美味しくいただく。文句言うなら自分で作れっての! ……なんて、竜王様に逆ギレはよくないですね。私がしっかりトープさんに竜王様のお好みを聞いておかなかったのがそもそもなんだし。
はぁ……。出るのはため息ばかり。
この世界に転生してもう半年以上は経つけれど、知ってる場所は竜王城の中しかないし、知り合いだって、お城で働く使用人さんたちくらいしかいません。この状態でクビになって、はたしてこの世界で生きていけるのでしょうか。
私にできることといったら、料理くらいだしなぁ。
住み込みOKの料理屋さんとかあればいいけど、片付けできない、破壊魔、グータラ。ダメだ、こんな子、誰も雇わないわ。考えるまでもなかったわ。
考えれば考えるほど暗い未来しか見えなくて、頭を抱えて落ち込んでいたら。
「やはりここにいたか」
頭上から、素敵バリトンボイスが降ってきました。
何度も聞いたことのあるイケボだけど。
「なんでこんなところに!」
ガバッと顔を上げると、やっぱり。目の前に、竜王様。
行商人の着るフード付きのマントをすっぽりかぶり、私の目の前に立っていました。漆黒の髪はフードで隠れても、その力強い黒ヒスイの瞳でわかります。
「そなたが、おやつの材料を買いに出たと聞いたから」
「はい? 何かおやつに好きなもの買って欲しいんですか? 私、そんなにお金持ってませんよ?」
「そんなわけなかろう」
即ツッコミきました。おいおい私、またいつもの調子で話してるじゃない。さっき反省したばっかりでしょ!
というより、竜王様の行動がおかしい。
どう考えても竜王様が、下っ端メイドの買い出しを追いかけてくるなんておかしいでしょ。
私がジト目で見ていると、竜王様はスッと視線を逸らせました。
「……まあ、なんだ。その……さっきはすまなかった」
ぼそっと、竜王様が、一言。
謝り慣れてないのかな? ちょっと照れた感じがかわいいなぁ……って、ちっが〜〜〜う! 竜王様に謝らせてどーすんの!
「いいえ私の方が、生意気なことを言いました。すみません!」
「余が、大人げなかった」
そうですよ……って、あぶなく同意しかけたけど、ダメダメ。堪えました。
「これからはちゃんと料理長に、竜王様のお好みを聞いて勉強しておきますね」
「そうしてくれるとありがたい」
なんとなく気まずい空気だったのが、ふと緩み、気がつけばお互いに笑い出していました。
そして不意に手を握られたかと思うと、グイッと引き起こされました。
「わわっ!?」
「ほら、帰るぞ。そろそろ休憩の時間だ。城のみなも、そなたの作るおやつを楽しみに待っているだろう」
「え? もうそんな時間なんですか」
「ボーッとしていて気付いていなかったか」
「はい。でも、おやつを待っているのは竜王様もでしょう?」
「——悪いか」
「いいえ、全然!」
私の作るおやつを楽しみにしてくれてるなんて、嬉しいことじゃないですか。
「ああ、さっきのアピウムのミソシルだが——」
「残したんでしょう?」
いつもより丁寧に作ったものだったから、それはそれでちょっと切ないなぁと思ったんだけど。
「いや、せっかくライラが作ったものだから、全部食べたぞ」
まさかの完食発言。
「本当ですか!?」
「まあ、飲めなくはなかったな」
「すごいじゃないですか! ちゃんと食べてくれたなんて……嬉しいです」
「二度目はないぞ」
「ええ〜。じゃあ今度からはわからないよう、刻んで入れます」
「——やめてくれ」
「ところでこの手はいつ離してくれるんですか?」
「そなたに合わせていたら休憩の時間に遅れるからな。さっさと帰りたい」
「え〜」
とか言ってるくせに、私の歩調に合わせてくれる竜王様と一緒に、竜王城へ帰ります。
怖い怖いと言われている竜王様だけど、こんな優しい面もあること、みんな知らないのかな。なんか損してる気もするけど、私だけが知ってると思うと、それはそれでちょっと優越感かも。
こんな風に、転生メイド、これからもドジしたり褒められたり、楽しく(?)過ごしていくんだろうなぁと思います。