08 休日デート3
「―――草、だね」
「ああ……美味しい草だ」
買い物デートPhase3、古民家カフェ七五三庵での一コマだ。
俺と胡桃は平べったい大皿に向かっていた。
まばらに盛り付けられた料理を箸で摘まむ。そのどれもこれもが凝ってるし、味も悪くない。
「この草、どこに生えてんだろな」
「河川敷とかじゃないかな。小っちゃい頃、良く食べてたよ」
ただ、料理の見た目は基本的に草である。
胡桃は美味しそうに紫色の草をモチャモチャ噛む。
「ねえ、この赤飯。小豆がやたら小さくない?」
「古代米ってやつだな。赤飯じゃないぞ?」
「……え、偽物?」
「偽物違う。本物」
最後はデザートのごまプリンとほうじ茶で〆だ。
たまにはカフェ飯も悪くない。なにより本当にデートする時に向けた良い練習である。
胡桃の言葉を信じるのなら、俺にはこれからモテのビッグウェーブが来るはずなのだ。このビッグウェーブ乗るしかない。
そんな俺の考えを読んでいたわけではあるまいが。
ほうじ茶をじるじると啜っていた胡桃が、突然俺を不機嫌そうに睨みつけてきた。
「……さて。これから達也の弾劾裁判が始まります」
「なに突然」
せっかく美味しくご飯を食べてたところにこれである。
俺はごまプリンの最後の一口を口に運ぶと、胡桃の言葉を待ち受ける。
……まさか、古本屋で犬吠埼の香りを堪能していたことがばれたのか。
だっていい匂いするんだし、仕方ないじゃん。
半ば開き直る俺に、胡桃は予想外のことを言い出した。
「罪状は明らかだよ。さっきの古着屋で私にミキハウスの服を勧めた件について」
……? それがどうした。
「だって良く聞く名前じゃん。有名なブランドなんだろ?」
「ミキハウスは女子高生の彼女に勧めていいブランドじゃない! リピートアフタミー?」
え。女の子に勧めちゃいけないブランドなんてあるのか。ひょっとして……
「いかがわしいブランドなのか?」
「ちっがーう! こ・ど・も・ふ・く! 有名な子供服ブランド!」
なるほど。それでこいつにジャストサイズだったのか。
……と、なると。
「胡桃に似合うかなと思って、この帽子を買ったんだけど。悪かったな」
「へ?」
俺は布製の鍔無し帽を取り出すと、『MIKI HOUSE』のロゴを確認する。
知らなかったとはいえ、確かに高校生に子供服はないよな。
「あの、それ……私に?」
「じゃあトト子にでも――」
「待った待った! 中学生にもそれはちょっとどうかと思う!」
がたん。思い切りテーブルの上に身を乗り出す胡桃。俺の手から帽子を奪うと、そのままテーブルにべちゃんと突っ伏す。
「こら、胡桃。テーブルに乗るんじゃありません」
店中の注目を集めつつ座り直した胡桃は、恥ずかしそうに帽子を握りしめる。
「だから……私がかぶる」
……なんで? いや、まあ気に入ってくれたんならいいけど。
モソモソと帽子をかぶり、何故か上目遣いに俺を見る胡桃。
帽子の上、猫耳風に二つの突起がぴょこんと飛び出しているのが中々に可愛らしい。
「どう?」
「ああ、似合ってるぞ」
俺の誉め言葉に帽子を深く被り直す胡桃。
「あ……ありがと……」
「でも店の中だから脱いどこうな」
「うん」
こくりと頷く胡桃。
え、どうしたの。やたら素直なんだけど。
草を一杯食べたから、デトックス効果でもあったのか。 いつもこうなら、もうちょい可愛いのに。
……何だかきまり悪さを感じた俺は、ほうじ茶を飲むふりをして顔を隠した。
◇
昼食後。
さり気に解散しようとしたが、結局は胡桃から逃げられずに三毛猫ゲームをさせられる羽目になった。
三毛猫ゲームのルールは簡単、三毛猫が見つかるまで街を徘徊するだけだ。
幸いにも開始五分でクリアできたが、無理矢理やらされた続編の野良犬ゲームは一気に難易度がヘルモードに上昇した。
しかも途中から眠そうに目をこすり出した胡桃は、信号待ちの間に立ったまま寝始めたのだ。子供か。
「重い……」
……胡桃の身体を抱えてバス停に着いた俺は、大きく溜息をついた。
菓子谷胡桃31kg。
高校生女子にしては非常に軽いが、米俵半分だと思うとズシリと重みが腰に来る。
それにしても。高校生にもなって、遊び疲れて寝てしまうってありなのか。
実は毎年、年子の妹と入れ替わり続けていて、本当に小学生だったり……?
「うーん……むにゃむにゃ……」
起きかけているのか。胡桃がモゾモゾ動き出す。
「おーい、起きろ胡桃。起きて自分で立て」
「……達也ぁ……その草、さっき犬がおしっこ掛けてたから食べちゃ駄目……」
こいつ、何の夢見てんだ。
それに夢の中とは言え、俺に何を食わせてやがる。俺は胡桃の身体を揺さぶった。
「おい、いい加減起きろ。起きないとお前に色々するぞ」
「へっ……? ふあっ?!」
ビクリと大きく震えてから、ようやく目を覚ましたようだ。
じゅるりと涎を啜る音が聞こえる。
「――って、なんでこんなことになってるの?!」
「こ、こら、いきなり動くな!」
俺の背中をポカポカ叩く胡桃を、地面に下ろす。
「しゃーないだろ。お前、歩きながら寝ちゃったんだから」
「だからって肩に担ぐ?! 普通お姫様抱っこか、背負うかじゃない?」
怒りポイントはそこなのか。だって、こいつ小さいから肩に担ぐのが一番楽だし。
「えー、だって意識無い相手を背負うのって難しいんだぜ。腰痛くなるし」
まったく、人の苦労を知らない奴だ。
俺は強張った肩をぐるぐる回しながら、バスの時刻表に目をやった。
「お、10分後のバスがあるな。それで帰るぞ」
「……ねえ、それより。明日からの学校だけどさ」
「学校? なんかあったっけ」
「私達が付き合い出したこと、どうやってカミングアウトしようか?」
じりじりと近付いてきた胡桃がそんなことを言い出した。
「カミングアウトって……別に元々が秘密にするような事じゃないだろ」
「でも周りにどうやって伝えるかは大切だよ。例えばさ。放送室を占拠して『胡桃は俺の女だ!』って全校放送するとかどう? エモくない?」
……なんでそんな紆余曲折あった風な行動を。俺達、何も無いだろ。
「いやそれ、漫画のシリーズなら20巻過ぎで入ってくるエピソードじゃん」
「でも実写化したら、CMで使われるシーンだよ?」
「別に改めて言わなくたって、普通に周りがプリクラとか言動で気付くだろ」
それに、わざわざ彼女が出来たとか言って回るのもカッコ悪い。というか本物の彼女じゃないから虚しさが増すばかりだ。
「えー、でもさ。彼氏ができたって、自慢したくなるじゃん」
胡桃は不貞腐れたように俺の耳たぶをクイクイと引っ張ってくる。
「痛いって。俺、偽彼氏だし。それに存在が“無”なんだろ? 自慢になるのかよ」
「……私が自慢したいんだよ」
変わった嗜好だ。15才ってそんな年頃なんだろうか。
胡桃の奴はニヤニヤとふくれっ面の間位の表情で、帽子の具合を確かめている。
……自慢、ね。
確かに胡桃が彼女ってのは自慢になるかもしれないが。こいつがこれ以上目立つのもなんか嫌だ。
……あれ? 嫌って、なんでだ?
俺は頭によぎった思いに自分で驚く。
「達也、どうしたの? 難しい顔して」
「……なんでもないよ。それに考え過ぎても仕方ないぞ。なるようになるさ」
俺は自分に言い聞かせるようにそういうと、大きく伸びをした。