07 休日デート2
正しい高校生の男女交際とはなにか。
過去に散々議論の的になってきた命題だが、ここでそれを繰り返すつもりはない。
「ちょ、ちょっと少し休ませてくれ」
「えー、達也だらしないなー。私はまだまだいけるよ?」
「お前、底無しかよ……」
俺は額の汗をぬぐうと、ペットボトルのお茶をあおった。
9月末。秋の入り口とはいえ身体を動かせば、まだまだ暑い。
「なんで俺達、朝っぱらからこんなことしてんだ……」
―――俺は抜けるような青空を見上げる。
偽とはいえ、高校生同士のデート。公園デートもよく聞く話だ。
いつか彼女が出来た時の予行練習になるかと、誘われるまま公園に来たのはいいのだが。
「ねー、達也も手伝ってよーっ!」
「いや、素手では流石に無理だろ」
俺は芝生の上に座り込み、髪をなびかせトンボを追う胡桃を眺める。
……まあ、確かに可愛いよな。
一部の趣向の人には強烈なアピール力を持つのは良く分かる。俺もロリコンだったら、この偽デートもどれだけ楽しいだろうか。
「だからってデートでトンボ採りは無いだろ……」
……あ、転んだ。
1時間近くもトンボを追いかけた頃だろう。ようやく気が済んだのか、胡桃がこちらに歩いてくる。
「諦めたか。それじゃそろそろ行こうぜ」
「……なんか採れた」
「え?」
胡桃が差し出す指の先には立派なギンヤンマの姿。
こいつ、素手で採りやがった。
「お前、よく採れたな」
「うん……いる?」
「いらない。で、なんでそんなにテンション低いんだ?」
「ホントに採れちゃうと、なんか違うかなって……」
採る前に気付け。
胡桃は何故か慈愛に満ちた表情でトンボを解き放つ。
「空にお帰り。変な奴に捕まるんじゃないよ」
空にお前より変な奴はいないだろ。
そんな言葉を飲み込みつつ、俺は腕時計を見て立ち上がる。
「じゃあ行こうぜ。そろそろ店が開くだろ」
胡桃は俺の隣に並ぶと、ニヤニヤと俺の顔を覗き込んでくる。
「どした」
「ねえ、さっき私に見惚れてなかった? メッチャ見てたでしょ」
「いや、俺に妹がいたらこんなんだったんかなーって思って」
「……トトちゃんの立場どこいった」
くだらない話をしながら辿り着いたのは商店街の古本屋だ。
個人経営の昔ながらの店構えとはいえ、奥行きがあり見た目より大きい。週末は常に客が絶えることが無く、俺のようなニワカの学生にも入りやすいお気に入りの一店だ。
「滅茶古のコバルト文庫、10円だ!」
店頭の特売ワゴンに駆け寄る胡桃。俺はそれを見送り、店内の棚を何とはなしに眺める。
「……あ、これ気になってた奴だ」
俺は一冊の本を手に取る。
かつての文豪達が残した罵詈雑言を集めた本だ。
筆を尽くして遠回しにディスったかと思えば、何のひねりもなく「殺すぞ」と言い放ったり、文豪と呼ばれる奴らは基本的に頭がおかしい。文豪に生まれなくてよかった。
値段を確認すると、本を手にしたまま店の奥に進む。そこには古本屋に似つかわしくない人影が。
スカジャンを着た長い金髪の少女が、食い入るように古い雑誌を見つめている。
犬吠埼だ。
俺が横から雑誌を覗き込んでも全く気付く気配はない。彼女が長い髪をかき上げると、安いシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
……折角なので深呼吸をしてから声を掛けるか。
俺が大きく息を吸うと、犬吠埼が鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見ている。
「うわっ! てめえ、なにやってんだ!」
……バレた。
しかしこんな時は焦ってはいけない。何も無いかのように接すれば、相手は自分の勘違いだと思うのだ。
「犬吠埼、そんな熱心になに読んでんだ?」
「え? ああ、ちょっと探してる雑誌見付けてさ。この号じゃないかと思うんだけど」
「……なにこの雑誌」
80年代のヤンキー雑誌のようだ。当時、そんなものがあったのも驚きだが。
見れば、特攻服姿の少女たちがヤンキー座りでカメラを睨みつけている。
「やっぱお前、ヤンキーじゃん……」
「ち、ちげーよ! あたしのばーちゃんが出てるのを探してただけだし」
「出てるのか。つーかお前、3代続けてヤンキーって江戸っ子かよ」
「だから、バイク好きなだけで悪くねーって。……居たっ!」
「え、どれだよ」
「ほらこれ、『煉獄天女』の特攻隊長! すげー、ばーちゃんかっけーじゃん!」
レディースチーム『煉獄天女』の三代目特攻隊長、紅夜叉のアケミ。その名を聞くだけで甲州街道のすべての車が道を開けるとの伝説が―――
「いやいや、完全に夜露死苦やってんじゃん。スケバンじゃん」
「だ、だからばーちゃんは良いスケバンだったんだよ!」
なにそれ。良いヤクザみたいなもんか。
「それにほら……ばーちゃん飼ってる金魚とか、スゲエでかいし!」
「……はい?」
ヤンキーが変なこと言い出した。
「あたしが小学生の時に金魚すくいでもらったのを、まだ育ててるんだよ。ホントでかいんだからな?」
「……ああ、そうだな。お前のばあちゃんいい人だ」
「だろ?」
俺の言葉に納得したのか。自慢げにでかい胸を張る犬吠埼。
「うちら一家、道交法以外は守るのがポリシーだ」
「道交法も守ろうぜ」
ウキウキでレジに向かう犬吠埼を見送ると、俺は残り香を胸一杯に吸い込んだ。
……なんかあいつ、いい匂いするんだよな。
満足した俺は胡桃の姿を探す。さて、あいつはどこでどうしてる。
「達也、手伝って―――わきゃきゃっ!」
探すまでもない。格安の少女小説を大量に抱えた胡桃がそれを一気にぶちまけた。
「おい、怪我無いか? ……ったく、なにやってんだよ」
二人で本を拾い集めていると、横から5本目の手が伸びてくる。
「あれ、犬ちゃん。奇遇だね」
「おう、菓子谷。えらい大人買いだな」
犬吠埼は拾った本を俺に渡すと、四つん這いの胡桃を抱えて立たせてやる。
「なんだお前ら、二人で来てたのか?」
「まあねー、ちょっとねー。えへへー」
照れた胡桃はグネグネと身をよじる。
「これから服見に行って、飯食うけど。犬吠埼も来るか?」
「え」
再び胡桃の目から光が消える。犬吠埼の刺すような視線が俺を射抜く。
……あれ。またなんか俺、やっちまったらしい。
「遠慮しとく。あたしにそんな野暮させるなよ」
犬吠埼は俺を強めに小突くと、すれ違いざま胡桃の頭をポンポン叩く。
「ま。菓子谷、頑張んな」