表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/59

06 休日デート1


 静かな日曜日の朝。

 寝ぼけ眼で時計を見ると時間はまだ朝の7時。


 昨日は夜中までゲームをしていて非常に眠い。何も予定の無い今日は飽きるまで惰眠を貪るとしよう。

 俺は幸せに包まれながら寝返りを打った。


「おにい、起きろこの昼行燈ひるあんどん

「うおっ?!」


 トト子の声と同時、俺の上に何かデカ重いものが降ってくる。

 慌てて飛び起きると、布団の上には電子レンジが。


「っ?! なに落としてんだよお前!」

「お兄が全然起きないからだ。運ぶの重かったんだぞ」

「普通、そういう時は布団に飛び乗って『おにーちゃん、起きろー(はあと)』とかやるんじゃね? 兄の上に家電を落とすか?」

「……お兄、キモイ。これ、ガチ気味のキモイだからな」


 冷たく俺を見下ろすトト子。

 機嫌を損ねた俺は布団を被り直す。


「日曜だからもうちょい寝るよ。朝飯なら起きたら食うから」

「違う。クルちゃん来てるよ。下で待ってる」

「……え?」


 胡桃の奴、朝っぱらから何しにきたんだ。

 そういやあいつ。夜は弱くて9時に寝るけど、朝はやたら元気な奴だったな。


 来てしまったなら仕方ない。俺はパジャマ姿のまま階段を下りる。


「胡桃、おはよう。こんな朝っぱらからどうした」

「おふぁよー!」


 トーストをモシャモシャ食いながら、胡桃がテンション高めの笑顔を見せる。


「あふぉふぁ、ふぇんひひーから―――うぐっ!」


 何言ってるか分からん上に、しまいにはパンを喉に詰まらせた。


「口に入れたまま喋るんじゃない。ほら、牛乳飲め」


 胡桃は俺が渡した牛乳を一気に飲み干すと、グラスをテーブルに叩きつける。


「くわーっ! 死ぬかと思った!」

「お前、朝から元気だな」


 テーブルについた俺は、ぐるりとその上を見回す。


「あれ、トト子。俺の朝飯は?」


 胡桃の隣に座ったトト子は無言で顎をしゃくる。その視線の先には食い散らかされた胡桃の皿。


「胡桃、それ俺の朝飯だぞ」

「え、そうだったの? はい、返すね」

「うわ、滅茶苦茶食いかけじゃん」


 仕方なく食べかけのオムレツをフォークで掬う。トーストも耳しか残ってないぞ。先に中だけ食うなよ……


 俺がモサモサと残飯を平らげていると、胡桃はテーブルに両肘をつき、俺を楽しそうに見つめてくる。


「どうした?」

「別にー。見てただけー」


 なんなんだ。朝っぱらから朝飯を奪ったかと思えば、俺を眺めて何が楽しいというのだ。


「ねえ、食べたら一緒に出掛けない? 買い物デート行きたいの」

「えー、やだよ。俺もうちょい寝るし。買い物ならAmazonで買えばいいじゃん」

「あーもう、私の彼氏は文句ばっかりだ。こんなに可愛い彼女のお願いだぞ?」

「偽彼女じゃん。そういうのは本物の彼氏に頼めよ。な?」


 不機嫌そうに口を膨らます胡桃からグラスを奪うと牛乳を注ぐ。


「だってほら、演技なんだからもっと周りに恋人らしいところ見せつけないとさー」

「学校だけで十分だろ。俺、食ったら寝るからな」

「えー、じゃあ私も寝る。ベッド半分貸せ」

「やだよ。お前、寝相悪いじゃん」


 ガチン。その会話を聞いていたトト子が皿にフォークを突き立てる。


「お兄……外出しろ」

「……え?」


 トト子が胡桃を心配そうに見る。


「クルちゃん、同衾はいけない。お兄はこう見えて助平だぞ? 淫獣だぞ?」

「そうなの……? やっぱり」


 胡桃が目をキラキラさせて俺を見る。何だその反応。

 そんなことより俺が淫獣だと? 根も葉もない噂が流れては迷惑だ。


「馬鹿言え。トト子、いつも真面目な兄ちゃんのどこが助平だというのだ。発言を撤回しなさい」

「妹の乳を品定めしている男が何を言うのか」

「………」


 論破だ。これ以上ないまでの完全論破だ。俺がされる方だが。


 諦めて肩を落とす。ああ、俺の寝休日が……

 

「分かったよ。胡桃、どこに行きたいんだ?」


 胡桃がパッと顔を輝かす。


「えっとね、古本屋と古着屋行って、昼はこないだ見付けた古民家カフェに」

「なんか古い物ばっかりだな」


 しかも男女でカフェとか、本当のデートみたいだ。


「まあ、どうせ暇だから何でもいいけど。トト子も一緒に行くか?」


 俺がそう言った途端。

 胡桃の瞳から光が消え、トト子の手から落ちたフォークがカシャリと音を立てる。


「……お兄。いくら私でも、今のはどうかと思う」

「え、そうなん?」


 なんか俺、おかしなこと言ったか?

 トト子と胡桃、仲いいんだし一緒の方がいいと思っただけなんだが。


「……じゃあ、二人で買い物行こうか?」


 胡桃の死んだ目に光が戻る。


「うん! じゃあ……カフェもいい?」

「ああ……カフェもいいぞ」


 俺が頷くと、胡桃は途端に元気が出たようだ。勢いよく立ち上がる。


「じゃあ、今から出かけようよ! バスに乗ればすぐ着くよ」

「で、その店は何時に開くんだ?」

「確か10時だったかな」


 俺は壁掛け時計を見る。時刻は7時15分を指している。

 どう考えても早過ぎるだろ。


「……俺、もうひと眠りするから。時間になったら起こしてくれ」


 部屋に引き上げようとした俺の服を胡桃が掴む。


「暇ー、私も部屋でゲームするー」

「寝るって言ってんじゃん。お前、一旦帰れよ」

「やだー」


 無視して階段に足をかけた俺の前にトト子が立ち塞がる。


「淫獣め……そうまでしてクルちゃんを部屋に連れ込みたいのか。有罪ギルティ過ぎだろ」

「会話聞いてた? 確実に冤罪だよね」

「7時45分のバスがある。これに乗って出かけるがいい。もし従わぬというのなら―――」

「いうのなら?」


 ふっ、面白い。兄を脅すつもりか。所詮中学生の浅知恵、俺がそんなことで折れる訳が。

 トト子が取り出したのはUSBメモリ。


「なにそれ」

「パソコンのシステムファイルの奥の方……『完全保存版』という名のフォルダに覚えは……?」

「っ!?」


 こいつ、何故それを!

 この一年間、コツコツとお宝画像を貯めてきた隠しフォルダの存在、知られていたとは。


「USBメモリに移しておいた。パソコンの中にはもう無いぞ?」

「!」


 邪悪な笑みを浮かべて俺を見下ろすトト子。


「お兄。ちゃんとパスワードをかけておくべきだったな」


 勝利を確信するトト子に、俺は暗い瞳を向ける。


「……見たのか?」

「え?」

「中身を見たのか、と聞いている」


 俺は階段に一歩、足を踏み出す。

 トト子は一段、後ずさる。


「俺の魂のjpg、gif―――flv。しかとその目で確認したのか?」


 俺の真剣な眼差しから目を逸らし、さらに一段、階段を上るトト子。


「お兄! こういうのは、お、大人になるまで見ちゃ駄目だしっ! サムネを薄目で見ただけだから!」

「へえ……見たんだ」

「っ!」


 俺の踏み出す足から逃れるように、トトッ、と階段を後ろ向きに上るトト子。


「何を見たのか、お兄に話して―――」

「そこまでっ!」


 足を踏み出した俺の後頭部を、胡桃の貫手ぬきてが襲う。


「痛っ! なにすんだよ!」

「はい、達也。トトちゃんをイジメないの」

「俺は兄として教育的指導をだな」


 胡桃はしかめっつらをして、チッチッチと指を振る。


「それのどこが教育的なのさ。“じぇいぺぐ”とか、“じふ”とか、難しいこと言って誤魔化しちゃだめだよ?」

「……それ難しいとか言ってたら人生大変だぞ? ネットリテラシーに弱いと、架空請求に騙されたりするから」

「そう言う達也は、“ねっとりてらし”に強いってこと?」

「俺くらいになると、“有料サイトに登録ありがとうございました”の表示が出ても、更にクリックするレベルだぜ?」

「……変なサイト、見なけりゃいいじゃん」


 胡桃の奴が冷たい口調で俺を睨む。

 ……正論だ。これぞ正論DVだ。


「でも、奴らは巧妙に騙してくるんだぞ……? 決して変なトコをクリックしても、こちらが悪いわけでは」

「だって、えっちぃサイトって、あなたは18歳以上ですか? って出てくるじゃん。いいえ、ってところ押すから、Yahoo!のトップページに飛ぶでしょ?」


「「えっ!」」


 思わず兄妹、声が揃う。

 キョトンと不思議そうに首をかしげる胡桃。


「え? なんか変なこと言った?」

「いや……お前は何も悪くない。つーか、トト子。お前、どんなサイト見てるんだ」


 咎めるような俺の視線を、ついっと逸らすトト子。


「……薄目だからノーカンだし」


 薄目ノーカン……モザイクかかってるから合法、みたいなものだろうか。

 お兄ちゃん、その見解には支持に回らざるを得ない。


「それはそれとして。俺のお宝画像、返してもらおうか」

「……くっ」


 トト子も観念したのか。

 神妙な顔をしてUSBメモリを差し出した―――かに見えた瞬間。


 トト子が指先でメモリを弾く。

 俺の頭上を越え、USBメモリは胡桃の手の平に収まる。


「はえっ?!」

「クルちゃん、頼んだ」

「えっ?! ええっ?!」

「胡桃! それを俺に―――」

「―――っ!」


 パキャ。


 胡桃の足がUSBメモリを踏み潰す。


「ぬあっ?!」


 思わず叫ぶ俺。

 その姿を見て、胡桃が慌てたように手で口を覆う。


「えっ!? その、えっちぃのは……いけないん……だよね? あれ、私なんか変なことした?」


 俺はトト子に視線を送る。

 トト子は俺の視線から目を逸らす。


「……クルちゃんは悪くないよ? お兄、早く着替えないとバスに間に合わないよ」

「お、おう……そうだな。分かった。すぐ着替える」


 そそくさと動き出す俺達兄妹に、胡桃はホッとしたように表情を緩めた。


 胡桃のガラスのように澄んだ瞳。……守らなければならない。

 


 汚れちまった俺達兄妹は、無言の内に心に誓ったのである。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ