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59 微妙に納得いきません

「達也、英和辞典持ってる?」

「ほい」

「ありがと」


 テスト期間真っ只中。

 図書室のカウンターの中、俺は胡桃と並んでテスト勉強中。


 こんな時期にまで図書館が開いている理由は他でもない。

 ……また一人、生徒が入ってくる。

 

「すいません、席ありますか?」

「一番奥のテーブル、相席なら座れますよ」


 そう、この時期は利用者数を稼ぐ最大のチャンスなのだ。

 俺はノートの『正』の字に線を書き加える。


 図書当番は家と違って漫画やゲームの誘惑もなく、勉強に集中できるのはこちらとしても有難い。


 ……また一人、獲物が来たようだ。


「達也、本の返却頼む」


 ふわりといい匂いと共に降りかかってきたのは、犬吠埼景子の落ち着いた声。

 スコットランドの紀行本を受け取った俺は思わず目をしばたかせる。


「お前、その恰好なんだよ」


 犬吠埼は相変わらずの金髪だが、今日は後ろで一本の大きな三つ編みにしている。

 しかも滅多に見ない眼鏡姿だ。


「手芸部の先輩達にふざけて編まれたんだ。……なんだよ、おかしいかよ」

「そんなこと無いって。その髪型も似合ってるぞ」


 俺は返却日をスタンプすると、本をスタンドに入れる。 


「お前もテスト勉強か? カウンター、もう一人座れるぞ」

「え? ああ、あたしは帰るよ」

「そうか、お互い頑張ろうぜ」


 なんかグリグリと三つ編みをいじり出す犬吠埼。


「……なあ、この髪型そんなに———」

「ん?」


 と、カウンターから胡桃がひょこりと顔を出した。


「犬ちゃん編み編みだ! 可愛いね!」

「うわ、菓子谷いたのか。ちっこくて見えなかった」

「ふふー、そんなこと言ってられるのも今の内だけだよ。こないだの身体測定、去年より1センチ伸びてたんだからね。じきに犬ちゃんに追いつくよ!」


 それは無理だろ。


「首を洗って待ってるよ。じゃ、あたしは帰るから」

「おう、またな」

「またねー」


 身を乗り出して手を振っていた胡桃は、椅子にトスンと腰掛ける。


「なあ、胡桃。前回の現社のテスト、記述問題の配点って———」

「……犬ちゃん、いつからなの?」


 ん? いつからって?


 不思議に思って胡桃を見ると、なんか見慣れない表情で俺を見つめている。

 これは……あれだ。親父が職場で手作りのバレンタインチョコをもらってきた時に、お袋がしていた表情だ。


「犬ちゃん、前まで達也のこと名字で呼んでたよね。いつから名前呼びになったの?」

「特に気にしてなかったな。というか、前は名字で呼ばれてたっけ」


 俺は記憶を呼び起こす。

 確か犬吠埼の婚約騒ぎの時は互いに名前呼びをしたが。その時からか?


「別にいいんだけど。いいんだけどー」

「いいならいいじゃん。それにほら、あの髪型は結構新鮮だったよな」

「むー、達也のスケベ」

「なんでだよ。ヤンキー娘の地味な恰好って、普通は自宅訪問回で起こるイベントだぞ。本来、こんな雑に流すべき話じゃないからな」

「達也、ここ現実だよ……?」


 ……まったく、これだから女というのは。男のロマンを解さないにも程がある。


「ふうん、つまり普段とのギャップで女子を見る目が変わるの?」

「そんなとこだな。さて、勉強するぞ勉強。明日からテストなんだからな」


 学校のテスト。これ以上の現実はあるまい。明日は世界史と数Ⅰ、生物、国語のテストだ。


 しばらく勉強に集中してると、俺の肩をちょんちょんと突く指の感触。


「どうし……たっ!」


 俺は思わず息を呑む。

 胡桃の奴、頭の左右で髪を縛り———所謂、ツインテールになっているのだ。


「どう? この私は新鮮?」

「胡桃! それは駄目だ!」

「なんで? ひょっとしてときめいた? 萌えちゃった?」


 なんかウキウキでズリズリと椅子の距離を詰めて来る。


「馬鹿、この学校の入試の時を忘れたか?!」

「……なんかあったっけ」

「忘れたのか? その日お前、突然ツインテールにしてきただろ」

「あー、そんな気がする。しばらく髪切ってなかったから邪魔だったし」


 俺は嫌な記憶を振り払うように首を横に振る。

 そう、ツインテール胡桃はロリコン特攻の強化形態と言ってもいい。周辺の時空は歪み、違法ロリ空間になるともっぱらの噂である。


「会場までで1人、試験会場で3人、帰りにチラシ配ってる予備校の人にも告られただろ。一日5人はタイ記録だぞ」

「他の受験生のお父さんに、養子になってくれと言われたのは入るのかな?」

「よし、記録更新だ。で、その子供はここに受かったのか?」

「入学式で見かけたし、居るんじゃないかな」


 くそっ、今度から学校行事も気を抜けない。


「とにかくだ。髪は戻せって」

「あれ、達也って実は束縛系彼氏? 私、縛られちゃう?」


 胡桃はツインテを両手に持ちながら、ニヤニヤと俺を煽ってくる。

 こいつ、俺がどんだけ心配してると思ってやがる。


「いやー、嫉妬深い彼氏を持つと大変だなー」

「お前な、いい加減に———」


 思わず胡桃に食って掛かろうとした瞬間、俺の背中を電流が走る。


「「ふぃっ!」」


 胡桃と並んで思わず変な声を出す。

 そう、俺達の背筋を何かが這い回るようになぞったのだ。


 未知の感触に慄きながら振り向くと、そこには眉をしかめた小抜委員長の姿が。


「……お二人さん。果たして、ここはどこなのかしら?」


 おかんむりの小抜委員長。

 俺達の背中を撫で下ろした指を、扉に向かって突き出した。


「今日は利用者の皆さん、テスト前の大事な時期です。二人とも———Sit out、です」

「委員長、この場合はGet outです」

「……そうとも言います」



 ——————

 ———



 俺はトボトボと家へ向かって歩きながら、思わず溜息をつく。

 胡桃が気を使って頭を撫でて来る。


「よしよし。達也、元気だしなよ。今度、一緒に委員長に謝ってあげるから」


 どうしてこいつ、ここまで自分を棚上げできるのか。

 棚に乗せるのは楽そうではあるが。


「だってほら。小抜委員長に叱られるって、人としてかなりヤバいぞ? 俺だって落ち込まざるを得ない」

「委員長、なんか別の意味で怖いけどいい人だよ。さっきの指の動きは———」


 胡桃は思わず身体を抱きしめ、ぶるりと震える。


「———びっくりしたけど。新感覚過ぎる」

「確かに新感覚だ」


 ……俺も今思い出しても微妙な気分になる。

 何故、上着の上から指で触られただけで身体中に震えが走るのか。肉体の神秘である。


「あれかな、気功ってやつだよ。こないだテレビで見たもん」

「気功ってそんなに危険なのか。中国、ぱないな」

「ぱないねー」


 視界の端、胡桃のツインテールがぴょこぴょこ揺れてる。


「それと胡桃」

「ん?」


 振り向く胡桃の動きにつれて、ツインテールがくるりと宙を舞う。


「その髪型だけどな」

「……似合わない?」


 少し不安そうに首を傾げる。


「ん……。いや、似合う……と思う」


 ボソボソと答えると、胡桃が嬉しそうに笑う。


「えへー」

「だから客観的な事実をだな。変な意味じゃないからな」

「うん、分かった。じゃあ手を繋ごっか?」


 反射的に手を繋ごうとした俺は慌てて手を引く。


「こら、人前だぞ」

「……私と手を繋ぐの嫌?」

「帰り道で無理して恋人のフリする必要ないだろ?」

「だけどー」


 信号待ちで並んで立っていると、微妙な沈黙が不安になる。


「……あのな。手を繋ぐの嫌なわけじゃないけど———」

「あ、猫だ!」


 茂みからこちらを覗く猫に駆け寄る胡桃。


 ……やれやれ。心配すること無かったか。

 苦笑いしながら猫と戯れる胡桃を眺める。

 

 あの黒ブチはこの辺りに出没する人懐っこい雌猫だ。

 触らせてくれるが、あんまり撫で過ぎると———


「ぬあっ! 噛まれた!」


 ———噛まれるのだ。


 ……全くもう。

 カバンの救急セットを探っていると、胡桃に近寄る一人の若い男。


「君、大丈夫かい?」


 馴れ馴れしく話しかける男は大学生くらいか。清潔感のある中々のイケメンだが。


「え、あ、はい。慣れてるので」

「消毒しないといけないよ。良ければ一緒に病院に———」

「え? あ、あの」


 ああもう、この街の男共は。

 小走りに二人の間に割り込んだ俺は、胡桃の手を掴むと消毒液を豪快に振りかける。


「にゅあっ!」

「今からうち来い。ちゃんと洗って絆創膏貼るぞ」

 

 俺は男を一瞥すると、胡桃の手を掴んだまま、青に変わった横断歩道を渡りだす。


「これで分かっただろ。だから、その、ツインテールは……」

「うん、やめとくね」


 胡桃は口元をむにむにと緩めながら、髪を解く。


「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

「へへー、なんでだろね」


 まったくもう。胡桃と一緒だとこれっぽっちも油断できない———


「やっぱ達也も手を繋ぎたかったんだ」

「流れだ、流れ」


 ……だからなんでそんな嬉しそうなんだよ。

久々更新です。活発娘が地味な格好しているのはなんかいいですよね。犬吠埼が活発娘かどうかは要議論ですが。次回、達也の周りに新たな恋の気配。


そして、本日新連載開始しました!

『アラサーさんとメスガキちゃん ~ブラック企業のアラサー社畜さんがメスガキをわからせたりわからせられたりする話~』

毎日更新、一話読み切りです。ぜひ気楽にのぞいて見てください!

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[良い点] 女の子が皆特徴あっていきいきしてて魅力的です 凄い良いです
[良い点] 周りとは言っていますが、本人とは限りませんよね? [一言] 胡桃さん、ついにちょっと伸びましたか。頑張って140センチまで伸びてほしいものです。
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