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52 秘密の上映会


 ホームルームも終わり、帰宅の時間だ。


 今日は図書委員の当番もないし、久々に時間のかかる料理でも作ろうか。

 そういやトト子、おでんを食べたがってたな。今日は大根を煮るのはどうだろう―――


「市ヶ谷、これからちょっと時間あるか?」


 餅巾着を頬張るトト子に想いを馳せていると、友人の馬場園が声をかけて来る。

 俺に同性の親しい友人がいないのでは疑惑を払拭してくれる貴重な一人である。


「何もないけど。今日俺、夕飯当番なんだ。あんまり遅くは―――」

「アニ研の上映会が中止になってさ、視聴覚室が空いたんだ。それで」


 馬場園は辺りを見回すと、胸ポケットからUSBメモリをチラ見せする。


「―――女人禁制、秘密の上映会を開催しようと思ってな」

「女人禁制……?」


 ゴクリ。つばを飲み込む音が響く。


「しかし無理は言えないよな。市ヶ谷、今日は夕飯当番だっけ」

「……問題ない。今夜はカップラーメンが食いたかったんだ」


 こんな放課後もあっていい。

 男女の愛は生モノ、男同士の友情は一生モノという言葉もある。

 

 俺は馬場園と肩を組み、足早に教室を後にした。



 ――――――

 ―――


 視聴覚室を訪れるのは入学以来何度目か。


 確か「薬物ダメ! 絶対!」キャンペーンの動画を見せられた時以来だな。

 あの動画、ヤク中役の女の子が妙に可愛かったなあ…


 扉を開けると、薄暗い室内には二つの人影。

 ……ふっ。好き者は俺達だけではないらしい。


 部屋に入ると、俺の背後で扉が閉まる。


「? 馬場園、お前は入らないのか?」


 扉に手を伸ばすが、外から鍵を掛けられたのかビクともしない。

 ……閉じ込められた?


 何が起きたのか分からず立ち尽くしていると、背後に迫る人の気配。

 先程の人影が、俺を挟むように立っているのだ。


「……ようこそ、色男」


 耳元で囁く抑え気味な声は……利根川だ。

 

「あんたに特等席を用意したわ。たっぷり楽しんでいって頂戴」


 俺の退路を断つように、反対側には放虎原が立っている。


「お前たち一体……?」


 薄暗い視聴覚室で、女生徒二人が俺を待ち受けていたのだ。

 普通に考えれば、薄い本展開っ……!


 ……いや、そんな訳ないな。

 これは監禁と呼ばれる状態だ。ついでに言えば、俺、友人に売られたようだ。

 

 俺はなすがままにスクリーンの正面に座らせられる。

 プロジェクターの起動音が聞こえ出し、反射する光が俺達を白く照らす。


 ようやく見えた放虎原の顔は―――お楽しみ展開とは程遠い、剣呑な表情である。


「おい、一体なんだって言うんだ?」

「市ヶ谷、ここ最近のあなたの所業。クラスの皆で見守っていたわ。四六時中」

「……そうなの? 普通に怖いんだけど」

「言い訳は地獄で聞くわ。まずはこれを見てちょうだい」


 放虎原がスマホを操作すると、プロジェクターに画像が映し出される。

 これは―――写真だ。


 こないだの学祭。確かトト子たちを正門まで迎えに行った時だ。

 犬吠埼妹の榛名ちゃんをエスコートして、姉のところまで連れて行ったのだが―――


「菓子谷さんという彼女がいながら、他の女と腕を組んで歩くなんて……。許されると思って?」

「待てって。これ、4組の犬吠埼の妹を送って行っただけだって。第一、胡桃もすぐ横にいたんだぜ?」

「彼女の前で堂々と浮気とか? 公認なの?!」

「だから浮気じゃないって! あのな、彼女見た目の通りお嬢様育ちだから、エスコートしてあげないと―――」

「分かったわ。菓子谷さん公認なら、これは起訴猶予として」


 次の写真に切り替わる。

 学祭のアイドルコンサートでの一幕だ。俺の膝に交換留学生のノイヤー・ショコラーテ(仮)が乗り、2ショット写真の自撮り中。


「えっとこれは浮気というより……」


 ここで尋問者が交代。

 利根川が俺の背後に音も無く立つ。


「……いくら払ったの?」

「は?」

「このクソ女を膝に乗せて自撮りするのに、いくら払ったか聞いてるの」


 なんだこの利根川から伝わる負のオーラ。

 いや、気持ちは分からんでもないが。


「金なんて払って無いよ。なんで写真撮るのにお金払うんだよ」

「……私の父さん、ディスってる?」


 そんなこと言われても。

 幼馴染の母親が膝に乗ってきて写真とか、俺も撮りたかった訳じゃないからな?


「そういう訳じゃなくてさ。お前の父さんが納得してお金払ったんなら、それで良くない?」

「母さんも私も納得してないわ。大画面4Kテレビの代金が4枚のチェキになった私の気持ち分かる!? 毎日、家族全員でスマホ画面のワンセグ見てるんだよ?」

「まあ、4という数字は同じだし……」


 いかん、慰めようにも取っ掛かりすら掴めない。

 

「だけど、タダってことは……」


 利根川は氷点下の視線を俺に向ける。


「市ヶ谷とこのクソ女……知り合い?」

「っ?! いや、知り合いというか……知り合いの知り合いというかなんというか」

「調べたんだけど、この学校に交換留学生のノイヤー・ショコラーテなんて女はいないの……」


 利根川の爪が俺の肩に食い込む。


「……何か私に隠してる?」

「俺もノイヤーさんとは初対面だって! 正直、携帯番号も知らないからな?!」


 固定電話も住所も知っているが、そこは言うまい。


「……何か分かったら教えて頂戴。金なら糸目は付けないわ」


 親子そろってそういうとこだと思います。


「市ヶ谷。あんたの余罪が多すぎて、クラスの解析班も大忙しなのよ。例えばこの写真―――」


 放虎原は次の写真を表示する。


 文化祭の前、小抜委員長に腕を組まれて廊下を歩いているシーンだ。この直後、ボランティア部の部長が委員長に何かを散らされたと思われる。


「これは―――」

「あ、この先輩はノーカンね。写真は飛ばすわ」


 あの人はノーカンなのか。

 小抜先輩に絡まれるのは、土着の因習みたいなものだのだろう。


 そもそも俺に後ろ暗いところなんてありはしない。

 全部胡桃に筒抜けなのに、一体何を責められるのか―――


「じゃあ次はこの写真、説明してもらえるかしら」

「これは……」


 つい先日の犬吠埼の婚約(未遂)パーティーの光景だ。

 俺がドレス姿の犬吠埼と腕を組んでる場面がバッチリと映っている。


「おまっ、あそこにいたの? なんで?!」

「父と一緒に私も出席してたのよ。あなたが連れてる金髪の美女は誰?」

「ほら、これが4組の犬吠埼だって。お前もあのヤンキー女知ってるだろ?」

「で? なんであんたとラブラブでパーティーに参加してるのよ」

「……えーと」


 言われればその通りだ。

 あいつの婚約破棄に協力するため―――って、そんなこと言えないよな。


 口ごもる俺に、二人の尋問官が不審げな瞳を向けて来る―――


「ほうほう。良く撮れてるねー。虎ちゃん、達也のいい写真があったら少し分けて」


 ひょこり、と顔を出したのは胡桃だ。

 スクリーンに大きく映し出された写真を、うんうんと頷きながら眺めている。


 放虎原は首を振りながらため息をつく。


「知られたわね。出来れば秘密裏に市ヶ谷を地獄送りにして、解決しようと思ってたのだけど」

「俺、地獄に送られるところだったの?」


 胡桃は余裕綽々の態度で俺の膝に乗ってくる。


「大丈夫だよ。達也が浮気性なのは良く知ってるもん。それに―――」


 両手で頬を押さえて、えへへと笑う。


「昨日の晩、私と達也はいわば深い仲になったんだもん。イイ女はこのくらいのオイタは見逃すものだよ?」


 カシャン。放虎原の手からスマホが落ちた。

 利根川は手帳を取り出し、何かを猛然と書き込み始める。


「胡桃お前、誤解を招く言い方を―――」

「菓子谷さんっ!? 無理矢理では無かったのね? 合意の上での出来事よね?!」


 ほらもう、誤解しか招かない。

 俺の咎めるような表情を、肩越しに振り返りながらニンマリと笑い返す胡桃。


「うーん、むしろ達也の方が積極的だったかなー」

「いや、俺お前に何もしてないだろ!?」

「お姫様抱っこでお布団まで運んでもらったしー 寝た後、私になんかした?」

「してない。朝まで熟睡したし。あのな、あんな状況で寝ている奴に手を出すわけ―――」


 メモを取る利根川の後ろに隠れ、放虎原がなんだか赤い顔で俯いている。


「どうした放虎原」

「……ご、ごめんなさい。ちょっと話が生々しくて予想外にダメージを。後は二人で解決して頂戴」

「いや、なにも無かったからな?! そこ大事だって」


 胡桃は落ちた放虎原のスマホを拾うと、写真を送り始める。


「犬ちゃん、やっぱ美人だね。それに―――」


 胡桃が妙にシリアスな表情になる。


「―――改めて見るとデカいな。これは校則違反じゃない?」

「いやいや、別に悪さしているわけじゃ……って、完全に違反だな」


 ドレスからは谷間も覗いているし、どう考えても企業主催のパーティにおいてはコンプラ違反だ。


「放虎原、この写真を後で俺に―――こら胡桃、踵で俺の脛を蹴るなって」

「まったく、浮気性の彼氏には困ったもんだよ。あれ、この写真」


 一枚の写真に胡桃の指が止まる。


 これも学園祭の一コマだ。

 中学のクラスメート、矢崎と連絡先を交換している一コマだ。


「……達也。このカワイ子ちゃんは誰かね」

「矢崎だよ。ほら、中学で一緒だった」

「ホントだ。雰囲気変わったね」


 矢崎からは学園祭以来、ちょくちょく連絡が来る。

 勿論、誰にはばかるというものでは無いが、胡桃に知られるとなんか面倒くさいことになりそうな予感が―――


「あれ、達也。スマホ鳴ってない?」

「LINEのメッセなんで大丈夫。それはそうと、俺達帰っていいか? 今日、夕飯当番だし」

「LINE見なくていいの? 誰から?」

「トト子かなあ。夕飯のリクエストとか」


 スッとぼける俺の瞳を、胡桃がクリクリと丸い目で覗き込む。


「トトちゃんからならここで見ればいいじゃん」

「いやほら、トト子の0点の答案とかかもしれないだろ? 人前で見たら可哀想じゃん」


 ……ほら、もうすでに面倒なことになっている。


「悪いけど、用事があるから俺達先に帰るな。鍵は胡桃が外から開けてくれたんだろ?」


 長居は無用だ。

 視聴覚室から出ようとした俺の前、手帳を構えた利根川が立ち塞がる。


「なんだよ。もう疑いは晴れただろ?」

「……二人とも……ど、どうだったの? 深い仲になった……感想とか」


 怪しく目を輝かせる利根川。


「なってないぞ。胡桃からも一言―――」


 やれやれと首を振りながら、胡桃が利根川の肩に手を置く。


「何でも知ればいいとは限らないんだよ。きっと利根川ちゃんにもその日が来る。……その時まで、今の気持ちを大切にしておこう?」


 ……なんだそれ。

 訳の分からない胡桃の言葉を目を輝かせてメモる利根川。


「菓子谷さん、参考になります!」


 ……何故敬語。


 上機嫌の胡桃に腕を取られて廊下に出ると、傾いた陽の光に思わず目を伏せる。

 廊下の向こう、馬場園がコソコソを身を隠した。


 ……まあ、あいつには今度、メロンパンの一つでも奢らせてやるとしよう。


 さて、帰って夕飯の支度でもするか。


「ねえ、夕飯何作るの? 私、あったかいのが良いな」

「胡桃も食うのかよ。おでん作るつもりだけど、牛スジと鶏つくね、どっちがいい?」

「鶏つくね! 私コネるね!」

「お、手伝ってくれるのか。じゃあ、買い物して帰ろうぜ。はい、腕にしがみつかない」


 いつも通りにいつもな感じに落ち着きそうな流れである。


 再び震えるスマホの振動を感じつつ、俺は構って欲しそうな胡桃の頭をポンポン叩く。

 スマホより、今は胡桃との買い物が優先だ。



 ……決して、LINEの送り主を見られたくないわけではない。


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[一言] ネタが多すぎて処理できねえ……
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