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50 朝チュン胸キュン


 ペタンと布団に座った胡桃が上機嫌で布団をポンポン叩く。


「みんなでお泊り会なんて久しぶりだね! あ、ハッピーターン食べる?」

「布団の上でお菓子禁止って言っただろ。はい、預かっとくから今日は我慢」


 リビングに並んだ布団が三つ。

 トト子を挟んだ反対側でパジャマ姿の胡桃が浮かれている。


 お菓子を取り上げようと胡桃に近付くと、トト子の投げた枕が俺の顔に当たる。


「お兄、私の布団よりあっちに行くな。クルちゃんを見るのも駄目だし、出来れば息も止めろ」


 そう言うトト子は星空柄の可愛らしいパジャマ姿だ。

 いつもは寝るときもジャージのはずだ。胡桃がいるから微妙に見栄を張っているのか。


「俺、そこ通らないとトイレ行けないんだけど」

「おあつらえ向きに空のペットボトルがある。2Lだぞ」


 トト子は空のペットボトルを渡してくる。


「ペットボトル……これに?」


 いくら何でも無理だろう。いやでもしかし、心頭滅却すればあるいは……?

 ペットボトルの注ぎ口を凝視する俺を横目に、トト子は胡桃の手に何かを握らせる。


「クルちゃん、何かあったら防犯ブザーの紐を引け。それと、この置物は堅くて重い。いざとなったら使うといい」

「あ、これ私が小さいときに達也にあげたやつだ」


 懐かしそうに胡桃が掲げるのは木彫りの熊だ。

 小学生の時、胡桃がなぜか俺の誕生日プレゼントにくれたのだ。


「こら、熊太郎に罪は無い。代わりにゲームキューブにしといてくれ」

「ゲームキューブは駄目だぞ。大晦日には108匹のピクミンがムシャムシャ食われるところを見ないと年が越せないんだ」


 なにそれ。トト子にそんな闇(?)設定が。


「いいかお兄。就寝中のクルちゃんには近付くなよ」

「ねー、なんで達也がこっち来ちゃ駄目なの?」

「クルちゃん、前にも言ったがお兄は淫獣だ。油断すれば女の子の一番大切なものを散らすことにもなりかねない」

「お、おう……達也、そんなんか。夜はケダモノなのか」

「私もいつも、お兄の舐めるような視線に晒されている」


 ……なんという流言飛語。

 妹を愛でる兄の想いをそんな風に誤解するとは遺憾である。


「お前らいい加減にしろ。トイレ行ったな? 目覚まし掛けたな? 電気消すぞー」

「えー、小っちゃい電気点けてー みんなでお話ししようよー」


 胡桃はお泊りするときだけ、はしゃいで夜更かしして寝坊するのが常である。


「しません。明日は学校だからな。7時には叩き起こすぞ」


 問答無用。

 俺は部屋の電気を消した。



 ――――――

 ―――



 ズルズルズル……



 暗い部屋の中。

 何かを引きずる音に目を覚ます。


 ……どこだここ。

 しばらく辺りを見回して、ようやくリビングでお泊り会をしていたことを思い出す。


 隣の布団ではトト子が熟睡中。

 ということはさっきの物音は。

 

「前が見えない……トイレトイレ……」


 頭から毛布を被り、フラフラと歩き回る小さな影。

 この小ささは他でも無い。俺は毛布を引きはがす。


「おい、寝ぼけてるのか。トイレそっちじゃないぞ」

「……ふあ? じゃあトイレここ……?」

「ここでもない。あーもう、連れてくからそれまで我慢しろ」


 寝惚け胡桃は始末に負えない。

 俺は手を引き、トイレに胡桃を送り込む。


 ……廊下の端で胡桃が出て来るのを待ちながら、昔のことを思い出す。

 今日みたいに胡桃が帰りたがらない日は、良く泊っていったものだ。


 そして、怖くてトイレに行けない胡桃について行っては扉の前で待たされたものだった。


『達也いるよねー?』

『いるよ』

『ホントの達也?』

『ホントの達也。証拠見せようか?』

『お風呂で見たー』

『なにをだよ』


 当時のたわいもない会話を思い出す。


 一度ふざけて『ホントの達也は食べちゃいました』と答えた時のことだ。

 怯えた胡桃が―――


 ……いや、この記憶は封印しよう。

 間違いなく胡桃の黒歴史だ。


 水が流れる音。

 トイレから胡桃が出て来る。


「手、洗ったか? じゃあ寝るぞ」


 あくびをしながら戻ろうとすると、パジャマの裾を胡桃が掴んでくる。


「どうした? 一人じゃ怖いか」

「……達也、犬ちゃんと付き合うの?」


 突然の言葉。

 俺は寝ぼけ眼をパチクリさせる。


「え? 付き合わないけど」

「……でも、キスしようとしてたじゃん」


 ……あれか。

 婚約破棄の際、お盆越しの口づけをした一件のことだろう。


「いや、あの……あれはその……無理矢理というか……」

「えー、女の子のせいにするんだ。達也、タラシだー 悪者だー」

「あの状況見てなかった? あいつの腕力には勝てないってば。力こそパワーだぜ?」


 しどろもどろの俺の言い訳に、胡桃は寝惚け半分のジト目で俺を見る。


「でも私が止めなかったらキスしてたじゃん」

「だからその……流れとか、あるじゃん?」

「ふうん、達也は流れでキスするんだ」


 ……何故俺はこんなに責められているのか。


 確かに同級生3人組。

 付き合ってもいないのにキスをするとか、その後の人間関係を考えれば悪手でしかない。


「悪かったって。これからは気を付けるよ」

「私は謝って欲しいわけじゃないんだよ」


 じゃあなんなんだ。


「達也を責めてるわけじゃなくてさ。達也と犬ちゃんが腕組んで歩いてるとこ見たら、なんか私だけ置いてけぼりな気がしちゃって」

「置いてきぼり……?」


 仲良し三人組―――とはちょっと違う話のような気がしてきた。

 俺はようやく目覚めてきた頭を回しだす。


「……小学生の頃まではみんなも同じように小っちゃかったじゃん」


 ……胡桃はもっと小っちゃかった覚えがするが。

 思わず突っ込みそうになるのを、腿をつねって我慢する。


「でも、達也も周りのみんなもどんどん大きくなって。オシャレしたり恋人が出来たりして、どんどん世界が変わっていくのに……私ばっかり小さなままでさ」

「胡桃……」


 胡桃は両手で俺のパジャマを掴む。


「達也だって、私が小っちゃいから子ども扱いするじゃん! 知ってる? 犬ちゃんより私の方が少しお姉さんなんだよ」


 俺が胡桃を子ども扱いするのは、むしろ行動のせいだと思うのだが。


「みんな優しくて毎日楽しいけど……いつかみんなだけ先に大人になって。私だけちっちゃなままで取り残されるんじゃないかって」

「そんなことないって。俺や犬吠埼も同じ高1だし、お前が思ってるほど変わんないって」


 胡桃の奴、常日頃こんなこと考えてたのか。

 一瞬迷ったけど、胡桃の頭を撫でようと手を伸ばす。


 と、胡桃がその手を強く握ってくる。


「おい、胡桃―――」


 胡桃の次の言葉に、俺は思わず息が止まった。



「ね、私とキスして?」



「は?! お前、なに言って―――」

「流れで犬ちゃんとキスできるんなら、私とだってできるでしょ?」


 いやまあ、そうかもしんないけど。

 そもそも今、そんな流れか?


 俺の納得をすっ飛ばし、目を閉じる胡桃。


 これ……つまり、そういうこと?

 わけ分かんないけど、キスとかする流れ?


 胡桃がそっと背伸びをする。


 自分が唾を飲みこむ音が耳の中に大きく響く。


 俺が伸ばした手が肩に触れた途端、胡桃がびくりと震える。

 

 俺はそのまま、胡桃の髪を手に取り―――それに唇を触れる。


「……はい。今日はここまで」


 ゆっくりと開いた胡桃の瞼の間。

 涙が溜まっている。


「……やっぱ達也は私なんて子供だと思ってるの?」

「違うよ」

「だって―――」

「オバサンだって高校の頃は今の胡桃と背が変わらなかったんだろ? でも、素敵な人と結婚して、可愛い子供二人に恵まれてさ」

「……可愛い? それ、もう一回言っとく?」

「そこに引っ掛かるなって。いまからちょっといい話するから」


 俺は軽く胡桃の鼻をつまむ。

 ブー、と不満げな声を漏らす胡桃。


「大人になるって身体だけのことじゃないし、心だけでもない。ちゃんとその時が来て、俺より胡桃を大事にしてくれる奴が出てくるまで、そばにいてやるからさ。焦るなって」


 ……言いながら恐る恐る胡桃の表情を見守る。

 不貞腐れていた胡桃の顔が、見る間に明るくなっていく。


「そばに……いてくれる……?」

「え? そばにいるったって、そういう意味じゃないぞ?」

「へへー、言われちゃった。そうかー、」


 ……え。俺、なんか誤解を招くようなことを言ったのか。


「あのな? 特に深い意味は無くて、俺とのお前の仲だからって意味で―――」

「今はそれでいいよー。はい、達也」


 胡桃は俺に向かって大きく手を広げる。


「……なに?」

「だっこしてお布団まで連れてって」

「子供扱いされるの嫌なんじゃないか? それじゃ甘えん坊の子供だろ」

「私、甘えん坊だもん」


 こいつ、開き直りやがった。


「……ったく、今日だけだぞ。トト子に見られたら何言われるか」


 仕方なく腕を伸ばした俺は、思わず固まる。


 ……いくら胡桃とはいえ。パジャマでフロントだっこは風紀上よろしくない。

 

 制服と違ってパジャマは柔らかいだけに、なんというか身体の感触が……つまり夜更けのコンプライアンス的にまずいのだ。


 一番、接触面積が少なく胡桃を運ぶにはどうするか。

 深夜の脳細胞が出した結論は―――


「ふぁきゅっ?!」


 ―――お姫様抱っこだ。

 乙女チックな通称にも関わらず、意外と接触面積が少ないのが特徴だ。


「胡桃、変な声だすなって」

「ち、散らされる……? 私、散らされちゃうの……?」

「……何の話だ。朝起きられなくなっちゃうから、いい子で寝るんだぞ」

「うん」


 しおらしく、こくんと頷く胡桃。

 ……なんか調子狂うな。


 胡桃は今夜、俺と同じシャンプーを使ったはずだ。

 にも関わらず鼻をくすぐる香りはトト子とも違う、“他人”を思わせる。



 家族同然。


 二人目の妹



 今でも自分の意識は変わらない。

 ただ、家族同然という言葉の前には、家族ではないという大前提が横たわる。


 胡桃を抱いて部屋に戻ると、トト子は布団を抱きしめて夢の中。

 いつも生意気なトト子も、寝ているときは可愛いものだ。


「やったぞお兄……メカブが……大盛りだ……」


 むにゃむにゃ言いながら布団を齧るトト子。


 ……なんの夢見てんだ。

 こいつこそ、少しは恋とかした方がいいかもしれない。


 俺はモヤモヤした気持ちを引きずったまま、胡桃を布団に横たえる。


「さ、約束通り大人しく寝るんだぞ」

「えへへー、勢いでチューしとく?」



 俺は胡桃のおでこを軽く小突く。



「しない。お休み」


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[良い点] めかぶ大盛り。 [一言] きょうもはこぶ、たたかう増えるそして108ぴき食べられる。 悪いことしてないのに。トトコひどい。
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