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49 今夜は帰りたくないの

「お兄……なんだこれは」


 トト子が眉をしかめてザルの中身を摘まみ上げる。


「キャベツの千切りだろ。お前が俺に頼んだんじゃん」

「短冊を作れと言った覚えはない。いいからお兄はホットプレートの準備をしろ」


 包丁を奪われた俺は流しの前から追い払われる。

 言われた通り、ホットプレートの準備をするか……



 日曜日、胡桃を迎えてのお泊り会が緊急開催。

 胡桃がなんだか帰りたがらないので、なし崩し的にこうなったのではあるが―――


「えーと、ホットプレートはどこに仕舞ってたかな」

「棚の一番上だよ。はい、私を持ち上げて―」


 俺の前に回り込んだ胡桃が両手を上げる。


 ……それはいいけどなんか近い。

 昨日のパーティ以来、何故かやたらと胡桃の距離が近いのだ。


「届くから大丈夫だって。ほら、胡桃はテレビでも見てゆっくりしてろよ」

「えー、お好み焼き作るの手伝うよ。やっぱ豚玉だよね?」

「甘いな、通はイカ玉だ。あの歯ごたえがいいんじゃないか」

「じゃあミックスだね!」

「決まりだな」


 色々気になるところだが、今はお好み焼きパーティーだ。

 浮かれつつキッチンに戻ると、渋い表情をしたトト子がゆっくりと首を振る。


「悪いが肉もイカも無い。緊縮財政中の我が家ではこれが精一杯」


 トト子が取り出したのは納豆とチクワ。

 そして―――


「これは?」

「モヤシだ。タイムセールで一袋9円だった」

「モヤシは具に含まれるのか……?」


 俺の訴えを軽くスルーするトト子。


「クルちゃん、悪いが皿を並べてくれないか。お兄は私の千切りに震えて眠れ」


 何言ってるか良く分からんが、多分キャベツが上手に切れたから褒め称えろということだろう。相変わらず可愛い奴め。


 トト子の頭を撫でようとすると、不愛想にペイッと手を払われる。


「触れとまでは言ってない。お兄もクルちゃんを手伝え」


 トト子はお好み焼き粉を溶いたボウルをシャカシャカ混ぜる。


 カウンターに並んでいるのは納豆、チクワにもやしと卵。


 ソースはオタフク。

 青のりはちょっと湿気ているが、まだまだいける。


 何故か胡桃が得意気にマヨネーズを頭の上に乗せているが、ここは突っ込まないと心に決めた。


 トト子がドンと音をさせ、キャベツと小麦粉を混ぜたタネをボウルごと置く。

 俺達は視線をかわし合う。


「お兄、クルちゃん……始めるぞ」


 ホットプレートの余熱は十分。

 お好み焼きパーティーの幕が開ける―――



 ――――――

 ―――



 納豆の焼けるいい匂いが立ち昇る。

 胡桃は両手にコテを持ち、真剣な顔でお好み焼きを睨みつけた。


「……いける? いけるよね?」

「まだだって! 待て待て!」

「クルちゃん、まだ早いよ!」

「でも……でもっ……! とおっ!」


 胡桃のコテがくるりと回り、生焼けのお好み焼きが納豆を散らしながら宙を舞う。


 しかしそんなのは、胡桃歴10年以上を誇る我ら兄妹の予想の範囲内だ。


 トト子の菜箸が吹っ飛んだお好み焼きを受け止めるのを横目に、俺のしゃもじが飛び散る納豆とキャベツを空中で受け止める。


「お兄、寄せろ! 寄せて形を作れ!」

「任せろ! 胡桃はソースを用意!」

「りょーかい!」


 三位一体。

 バラバラのキャベツの細切れが、見る間に円形のお好み焼きに形成される。


「納豆も意外といけるね。むしろチーズを超えたかもしれないよ」

「それは言い過ぎ……いや、完全に超えてるな」

「お兄、餅チーズ同好会副会長の私に喧嘩を売るつもりか」


 納豆、チクワ、辛味噌モヤシ、チョコクリームの計4枚のお好み焼きを腹に収めた俺達は、ソファにてんでに転がりつつ―――


「食べたー ポンポコだー」

「こら、抱きつくな。具が漏れる」


 ソース臭い胡桃が俺にのしかかってくる。

 いつもは軽い胡桃がこの時ばかりは重過ぎる。


「俺、皿洗うから。胡桃はここで寝ててくれ」

「私も一緒に洗うー」

「じゃあ俺から降りろって。ほら鉄腕DASH始まったぞ。これ見て待っててくれ」

「あ、今日はDASH島だ。こっちの達也と達也見るー」

「いや、あっちの達也は出てないから。ほら、俺に乗らないでちゃんと座ろ?」

「やだー 達也と見るー」


 今日の胡桃は“甘えた”とはいえ、これではちょっと家事の邪魔である。

 俺は胡桃を持ち上げると、トト子の上にボトリと落とす。


「ぐにょっ!」


 うたたねしていたトト子の口から奇怪な音が聞こえたが、ここは聞かなかったことにする。


 俺は腕まくりをすると、混乱の最中にある流しに向かった―――



 ――――――

 ―――



 最後に流しを拭き上げると、俺は満足げにキッチンを見回す。


 ……完璧だ。


 ソース系女子二人が血糖値の乱高下に身を任せてソファで転がっている内に、後片付けは完璧に終了だ。


 まくった袖を戻した途端、背中に胡桃が覆いかぶさってくる。


「お疲れー 片付けご苦労様」

「胡桃、復活したんなら手伝ってくれても良かったんだぜ?」

「えー、家事をする系男子ってカッコいいしー」


 胡桃め。そんなこと言っても、ほだされないぞ。


 ……それはそうと、家事をするとモテるのか?

 今度胡桃に詳しいところを聞くとして、今は喫緊の用事がある。


「胡桃、トイレ行くからちょっと離れてくれ」

「私も一緒に行くー」

「はっ?! いやお前―――」


 パコン、と丸めた靴下が俺のこめかみに当たる。


「お兄、クルちゃんに何する気だ」

「何で俺が怒られてるんだよ。ほら、飴あげるからテレビ見て待ってような」

「飴は貰うー 達也にもついてくー」


 なんだそのジャイアン理論。

 

 こうなれば手段は問わない。棒付き飴一本でトト子を召喚。

 さらに一本を贄にして胡桃を引き付けてもらい、ようやく静かなトイレタイムを手に入れる。


「胡桃の奴、なんか様子がおかしいよな……」


 考えるふりをしてみたが、理由は他にない。

 昨日の婚約破棄騒ぎが何故か胡桃の心をざわつかせているらしい。


 意外と環境の変化に弱い胡桃だ。

 仲の良い犬吠埼が婚約するとかしないとか騒いだ挙句、俺まで偽恋人役でガッツリ巻き込まれた。

 どことなく疎外感や置いてきぼり感を感じたに違いない。


 だからといって俺に構いまくっても気が晴れるとは思えないが……今日くらいはとことん付き合ってやるか。

 


 ……全く、妹を二人持ったようなものである。



 ――――――

 ―――


 

 トト子お勧めのチェコのパペットアニメを見終わると、俺は胡桃と顔を見合わせる。


「これは……ホラーだよな? わりとグロめの」

「いや、子供向けの友情物だよ……きっと」


 意見が割れた。


 ともすれば戦争になるほどの意見の相違だが、お互いに争うつもりはない。

 下手すると夢に見そうな絵面だったし。


「おーい、風呂沸いたからクルちゃん先入って」


 トト子がタオルで手を拭きながら戻ってくる。

 さて、胡桃が風呂に入ってる間に客用の布団を出さないと―――


「じゃあ、3人で入るー」

 

 っっ!? なに言ってんだ胡桃っ!?


「はっ?! いやいや、駄目だって! それにほら、3人じゃ狭いし!」

「えー、交代で湯舟に入ればいけるよ」

「い、いけるかな……?」

「……お兄、その気になるな」


 トト子が俺の頭にタオルを投げつける。


「さあクルちゃん、一緒に入ろう。淫獣には風呂の残り湯でも飲ませておけばいい」

「じゃあトトちゃんの背中流してあげるね!」


 トテテと走り寄り、今度はトト子にまとわりつく胡桃。

 トト子のやつ、胡桃の姉代わりも板についてきた。


 ……その内、胡桃も俺では無く他の人に甘えるようになっていくのだろうか。

 俺は客用布団にカバーをかけながら、感慨深げに考える。


 とはいえ。


 胡桃を甘やかすといっても、小抜委員長のように邪な心を持った者も少なくない。

 やはりもう少し、俺が見ていてやらないと……


「達也お先にお風呂貰ったよー」


 そんな物思いに耽っていると、湯気をホカホカあげながら胡桃が脱衣所から現れる。

 トト子の小さい時のパジャマがピッタリだ。


「布団も準備できたぞ。運んどくから、髪を先に乾かそうぜ」

「じゃあ今日は達也と一緒の部屋で寝るー」


 ……また何を言い出した。

 トト子が俺に向かってドライヤーを振り上げてるし、ここはちゃんと言わねばならない。


「高校生の男女が一緒に寝ちゃ駄目だ。胡桃はトト子と一緒に寝なさい」

「えーでも、達也だけ仲間外れなんて寂しいじゃん」

「男女七歳にして席を同じゅうせず、と言うじゃないか。親しいからってむやみに近ければ周囲の誤解を招く。胡桃自身のためにも節度を持った付き合いが必要だよ」


 まともなことを言ったつもりだったが、何故かゴミを見る目で俺を睨むトト子。


「お兄、風呂以外は急に常識的なのは何故なんだ」

「だって寝る時は服着てるし。冷静にもなるさ」

「……ひとつ屋根の下で暮らす私の身にもなってくれ。もしくは死んでくれ」


 相変わらず、ツンのデレな妹である。


「えー、お布団に包まってパジャマパーティーしようよ。とんがりコーンをどれだけ重ねられるか勝負しよー」

「布団が粉だらけになるからやめてくれ」

「じゃあ、ポリンキーで三角形の秘密ごっこしよー」


 その遊びは気になるが、それも布団が粉だらけになりそうだ。

 

「明日学校だぞ? 今日は素直に寝ようぜ」

「えー、でも折角のパジャマパーティーじゃん」


 拗ね始めた胡桃の姿に、トト子が大きくため息をつく。


「……お菓子は禁止。布団に持ち込めるのは己のみ、だぞ」

「え、おいトト子―――」


 俺の抗議を無視して、トト子は仕方なしとばかりに頷いた。



「……3人で寝るぞ」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 三角形のひみつ [一言] 納豆お好み焼きはないわ〜。異論は認める。
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