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04 制服デート


「これいいよね。付き合って浮かれてる感、出てるでしょ」

「基本的には二人でポーズをとるのか。こら、顔くっつけるな」


 帰り道、商店街のRAITOステーションのエレベーター。俺と胡桃は並んでスマホの小さな画面を覗き込んでいた。

 画面には『クラスのみんなに見せつけちゃえ! ラブプリ人気ポーズランキング!』の文字がフワフワと踊っている。


 ……ここに来たのは他でもない。偽恋人のアリバイ作りにプリクラを撮りに来たのだ。

 俺はやると決めたらやるタイプである。


「ほら、人を食ったような表情も重要だよ。画面補正と合わさって人間味が無くなるのが恋愛ジャンキー感が増すんだって。ほら、達也もやってみ?」

「お、着いたぞ」


 エレベーターの扉が開く。

 むいーっと唇と突き出す胡桃をパスして、俺はフロアに足を踏み出した。


 4階のプリクラフロア。女性同伴でないと男は立ち入り禁止だ。

 ここには初めて入ったが……なんかいい匂いがするぞ。


「置いてくなーっ!」


 どしんと背中に突っ込んでくる胡桃。


「メッチャ変顔、知らない人に見られたじゃん!」

「知らねーって。それより早く撮ろうぜ」


 フロアをぐるりと見回すと、やたら沢山の機種が並んでいる。いったいどう違うのか。

 プリクラなんてスーパーの店先に並んでいる古びた機種しか記憶にない。


「ねえねえ、これなんかどうかな。ガッツリ補整してシワとかホウレイ線を消してくれるんだって!」


 お前、いらんだろその機能。

 胡桃は筐体に付いてる鏡で前髪を直すと、俺の腕を引っ張り暖簾をくぐる。


「それじゃ早速撮るか。ポーズはどうする?」

「え? ああ、ポーズだよね。こ、これなんてどうかな?」


 胡桃はモジモジと顔を伏せながらスマホを差し出す。


「二人でこう……だ、抱き合うような感じで、左右から指でハートを――」


 これはまたイチャコラしてるな。やたら密着度も高いし。

 まあ、こんなことはとっとと済ませよう。俺は黙ってお金を投入する。


「い、嫌なら他のポーズに……」

「いや、やるならとことん付き合うぜ。まずはお互いの身体に手を回すんだな」

「ふぉっ!」

「こんな感じか。あ、普通にシールの撮影に進めばいいんだな?」

「う、うん……そのメニュー押して」


 手を伸ばしてタッチパネルを操作しながらも、密着する身体の感触に今更ながら居心地悪さを感じる。

 ……こいつ、ガキの身体だと思っていたが、意外と柔らかい。


 こいつ相手に変な気持ちになりはしないが……少しポーズをとるの早かったかもしれない。


 俺達は抱き合ったまま、カウントダウンの始まった画面を見つめる。

 ……微妙に気まずいぞ。


「たっ、達也もさ。か、家族以外の女の子とプリクラ撮ったことないでしょ? 初プリが私なんて感謝しろよー」

「いや、女子とのプリクラは初めてじゃないぞ」

「……え? あのー、達也? 誰と、その」

「おい、撮影始まるぞ。カメラ向けよ」


 どうも構図がしっくりこないな。

 背の差が問題か。撮影前にもうちょっと調整しておくべきだったかもしらん。


「お前もうちょい背、伸びない?」

「伸びるか! 達也こそしゃがんでよ」

「そうすると画面の上半分が空白になるじゃん。あ、こうすればいいのか」

「ぬあっ??!!」


 俺は胡桃の腰に手を回して抱え上げる。

 ……こいつ軽いな。


「これで高さが丁度――」


 ぺちん。胡桃のちっちゃな拳が俺の頬を直撃。

 そして響くシャッター音。


「なにすんだよ! 痛――くはないけど」


 犬吠埼との攻撃力の違いは、やはり乳の大きさに比例しているのだろう。

 

「なにすんだって、こっちのセリフだよ! あんた今、お、お尻を触――」


 え。そんなとこ触ったっけ? 背中と感触変わんなかったし、ノーカンだろ。


「そんなことより写真だよ。これ、お前に殴られた瞬間じゃん。撮り直そうぜ?」


 俺が『もう一回』を押すより早く、胡桃が『これに決めた!』をぺちんと叩く。


「あれ、これでいいのか?」

「……これがいい」


 なんでだよ。わけ分からん。

 けど、胡桃の機嫌が治ってるみたいだしそれでいいか。


 胡桃の指がパネルをグリグリと這い回り、写真に飾りつけをしていく。

 ハートや星をちりばめた挙句、少し迷ってから『ずっといっしょ』と書き込んだところで時間切れ。


「うへへ」


 出来上がったシールを見て、だらしなく笑う胡桃。俺はその頭にポンと手を置く。


「良かったな。じゃあ帰ろうぜ」

「え? ちょっと待ってよ。さっきのプリクラ最初に撮った女の子って――」

「お前だよ」


 俺の返事に胡桃がポカンと口を開ける。


「ほら、小学生の頃一緒に撮っただろ? 流石に覚えてないか」

「いやいや、覚えてるよ! 達也こそ覚えてたの?」

「まあな。そん時のシール、まだ家にあるんじゃないかな」


 そういや二人のプリクラ、妹のトト子に散々からかわれたな。結局最後は妹とプリクラを撮らされる羽目になった覚えがある。


「はー、覚えてたのかー。そうくるかー」


 胡桃は言いながら俺のカバンにしゃがみ込み、なんかゴソゴソしている。


「おい、何してるんだ」

「へへー。プレゼントー」


 俺のカバンに付けられたのはキーホルダー。その窓からさっき撮ったプリクラが覗いている。


 なにこれ、恥ずかしい。

 むしり取ろうとするがビクともしない。


「……いやこれ、どうやって外すんだよ」

「はめ殺しだから取れないよ。超高硬度鋼で出来てるからペンチでも壊せないし。高かったんだよ?」


 マジか。なにその手の込んだ辱しめ。


「ラブラブカップルって大変だな……」


 俺は諦めてカバンを肩にかける。

 そのままエレベーターに向かおうとする俺の上着の裾を、胡桃が小さな手で掴む。


「折角のデートなんだし、もうちょいどっか行こうよ」


 え? これってデートだったのか?


「デートってさ、満を持して水族館とか映画館とかに行くものじゃないのか?」

「そんなん、いつもって訳には行かないじゃん。好き合ってる男女が日常を共有するだけでも立派なデートだよ?」


 なるほど、いいことを言う。

 よし、いつか本当の彼女が出来たら俺の言葉のように言ってみよう。


「それにさ、高校生同士のお付き合いと言えば制服デートでしょ? やっぱ」


 なんか浮かれ気味の胡桃は俺の服を掴んだまま歩き出す。


「ま、俺ら偽恋人だけどな」

「じゃあ制服偽デートでもいいけどー」


 制服偽デート……なんか急に犯罪臭が増してきた。


「制服デートでいいよ。じゃあ、今から帰宅デートということで」

「やる気無いなー。まあ、初日だしまけといてやるか」


 胡桃はもう一度プリクラを見ると、にやけ顔でカバンにしまい込んだ。



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