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39 焼きそば姐さん


「お兄、遅いぞ」


 校門の入場ゲート。

 待ち合わせ場所に現れたトト子はご機嫌斜めだ。


「私を忘れてダンゴ虫でも集めていたのか」

「人聞きが悪い。ダンゴ虫は小学生で卒業したぞ」


 今日のトト子は珍しくスカート姿。

 中学生らしくも可愛らしい格好だ。


「あれ、そっちの子は……」


 トト子の隣、黒髪の可愛い女の子がぺこりと頭を下げる。


「こんにちは、犬吠埼榛名です。姉がいつもお世話になっております」

「お久しぶり。こないだ授業参観で会ったよね。今日はトト子と一緒なんだ」

「ええ。トト子さんと一緒に、お姉さまの雄姿を見に参りました」


 ワンピース姿の美少女は犬吠埼妹の榛名ちゃんだ。

 ……何度見ても、なぜあの姉の下でこんな風に育ったのか疑問でならない。


「お兄、デレデレしてないで早く姐さんの所に案内しろ」


 トト子は俺の手から焼きそばの引換券を奪い取る。


「さっきからナンパ男が多くて難儀してたんだ。お兄も一応男だろ」

「ナンパ? お前が?」


 確かにトト子は俺にとっては可愛い妹だが、まだまだ子供だ。

 ふと見ると、トト子の隣で榛名ちゃんが不思議そうに首を傾げている。


「トト子ちゃんのお兄さん、私の顔に何か?」

「……なるほど分かる。もらい事故みたいなものだな」

「お兄、なんか私に対して失礼なこと考えてないか?」


 思うところはあるがそれ以上は言うまい。

 

「確かにナンパとか危ないしね。一緒にお姉さんの屋台に行こうか」

「じゃあ、お願いします」


 言うなり俺の腕に手を回してくる榛名ちゃん。


「!? とっ、突然どうしたの!?」

「あら、パーティだと殿方にこうやってエスコートして頂くので……。お兄さん、ご迷惑でしたか?」


 榛名ちゃんが不安そうに俺の顔を見上げて来る。

 迷惑どころかなんかいい匂いするし。ありていに言うと大歓迎です。


「わっ、悪いけどこの学校、男女で腕組むの禁止だからっ!」


 そう言って俺の反対の腕にしがみつく胡桃。

 いや、禁止なんじゃなかったのか。


「そうなんですか? この学園祭は餓鬼のごとく異性に飢えた殿方が徘徊していると聞いたので……エスコートして頂けたら安心なんですけど」


 うちの学園祭、そんな噂が立っているのか。


「胡桃よ、落ち着きなさい。か弱い中学生がこんなに不安がっているんだ。助けになってあげるのが年上の務めではないか」


 ……決まった。

 ドヤ顔の俺に何故かトト子がジト目を向けて来る。


「お兄が女に飢えた餓鬼だったのか……。退魔師に滅ぼされればいいのに」

「達也、XX染色体に飢えてるのかー もっと身近な幸せに目を向けろー」

「なんで俺、ステレオで罵倒されてるんだよ。さあ、行くぞ」


 榛名ちゃんと腕を組んで歩いていると、やたら視線が集まるのが分かる。

 確かに榛名ちゃん可愛いしな。……何だか緊張してきた。

 

 ぎこちなく手足を動かす自分と、澄ました笑顔で腕を組む榛名ちゃん。


 ……これ、結婚式の新婦父だなあと思いつつ、反対の腕にしがみつく胡桃を見る。


「どしたの? 浮気男もついに古女房が恋しくなった?」


 さしずめこいつは新婦の連れ子というとこか。


 ……中々に複雑な家庭環境である。



 ――――――

 ―――



「焼きそばあがったぞ! 入れ物頼む!」


 ―――根性焼きそば カチコミ亭


 やたら物騒な名前の焼きそば屋台では、犬吠埼姉が鉄板の前で奮闘中である。

 犬吠埼は俺達に気付くと、指先で小手をくるりと回す。


「おう、お前ら来たか。ちょうどできたところだ。食ってけよ」

「じゃあ焼きそば4つな。犬吠埼、結構さまになってるじゃん」

「ったりめえよ。キャンプでもガキの頃から焼き場はあたしの担当だ」


 手際良く肉を炒め始める犬吠埼の手元を、妹’Sが熱心にのぞき込む。


「お姉さま、さすがの小手さばきです。もう少し見ていてもいいですか?」

「おう、後でお好み焼きも焼いてやる。そっちは市ヶ谷の妹か」

「は、はい! 姐さん、私のこと覚えててくれたんですね!」


 ……なんかあいつら、独特の世界を作り始めたな。


 しかし改めて見ると―――

 鉄板の熱に当てられた犬吠埼の顔は赤く上気し、汗で貼り付いたTシャツ越しに身体のラインが……


 あれ、携帯どこだっけ。4K画質で録画しないと―――

 

「……達也、視線がイヤらしい」

「お前、なんで俺のスマホ持ってるんだよ」

「身内から条例違反者を出すわけにはいかないの。黄色いハンカチも三度までだよ?」

「誰が身内だ。つーか前科三犯まで許してくれるのか」


 結局、犬吠埼から離れようとしない妹’Sをそこに残し、引っ張られるまま胡桃と屋台巡りをする羽目になる。


 遊び疲れてベンチに座った俺達は、ようやく焼きそばを食べ始める。

 ……あれ、結構本格的で美味いぞ。


「俺達、なんか普通に学園祭楽しんでない?」

「うん、楽しーね! やっぱほら、こういうのって誰と回るか―――」

「焼きそば普通に美味いし、射的やって、型抜きやって、チョコバナナ食べて」

「うんうん。やっぱほら、一緒に回る人が―――」

「……こんなに何事もなくていいのか?」

「え?」


 ここ最近、何かするたびにろくでもない出来事に巻き込まれてきたのだ。

 こうまで波風が立たないとむしろ不安だ。


「なんかつらいことあった? 二の腕揉む?」

「いや、大丈夫。ちなみにむやみに男に二の腕揉ませるな」

「駄目なの? なんで?」

「なんでって……二の腕と特定の部位の柔らかさに……相関性があるとか無いとか……」

「特定の部位って?」

「……」


 俺は黙って焼きそばを口に運ぶ。


「これ美味いよな。冷める前に食べようぜ」

「ねえ、部位ってなんのことー?」


 胡桃よ。そういうのはうちに帰ってお父さんに聞きなさ―――いや、やっぱ聞くな。


 俺は胡桃のちょっかいをしのぎつつ、黙々と焼きそばを食べ続けた。



 ――――――

 ―――



 食後、『お花摘み』に出かけた胡桃を待ちながら、賑やかな人通りに目を向ける。


 ……学園祭も午後の部に突入し、人出もピークだ。

 体育館から流れて来る音楽をのんびり聴いていると、背後から肩が叩かれる。


「胡桃、早かった―――」


 振り向いた先。胡桃の顔があるはずの所には、魅惑的な二つの膨らみ。


 ―――83のC


 謎の数値が頭をよぎる。


「やっぱ、市ヶ谷じゃん。一人でどうしたの?」

「え? あの―――」


 乳が喋った―――じゃない。誰だこれ。


「……なんで、再開早々胸を凝視してんの?」

「え? いやいや、違うって!」


 視線を上げた先には声の主。

 矢崎やざき成留美なるみ―――中学の同級生だ。


「胡桃かと思ったんだよ。あいつの顔、大体その辺にあるから」

「なにその言い訳。斬新過ぎだって」


 楽しそうに笑う矢崎は中学の3年間、クラスが一緒だったので結構話した仲である。


 卒業以来連絡は取ってなかったが、高校生らしくというべきか、一瞬迷う程度には大人っぽくなっている。


「市ヶ谷、菓子谷と付き合い始めたんだ。いつから?」

「いやまあ、付き合ってるといっても、そういうわけでもないというかなんか」


 グダグダと言葉を濁す俺を見て、矢崎は一層楽しそうに顔を輝かせる。


「なにそれ、タラシじゃん! 市ヶ谷、そんなキャラだっけ?」

「ち、違うって! そういうんじゃなくて―――」

「うわー、ショック。そうかそうかつまり君はそんな奴なんだなー」


 ああもう、完全にからかわれている。

 中学時代、からかい上手の矢崎さんと呼ばれていただけはある。


「だから二股とか浮気とかそんなんじゃないって。お前、変なこと言いふらすなよ?」

「あーでも。中学では君のこと、いいって言ってる女の子もいたんだよ?」

「ホント?! 初めて聞いたんだけど」

「私も。初めて聞いた」


 言って腹を抱えて笑う矢崎。


「なんだよ、おちょくんなって。ちょっと本気にしたじゃん」

「あー、笑った笑った。でも嘘はついてないよ」

「え、どういう意味?」


 矢崎はそれには答えず、目元の涙を拭う。


「なに、あんた菓子谷と上手くいってないの?」

「え? いや、別に今まで通りだけど。つーか昔っからこんな感じだし」

「あー、分かる。いい子だし可愛いけど妹キャラだもんね。汚しちゃいけない、みたいな?」


 うんまあその通りだけど。なんだろう、この引っ掛かりは。


 思わず言葉に詰まる俺を見て、矢崎はさらりと話題を変える。


「今度さ、3年で同じクラスだった何人かで遊びに行こうって話があるんだけど」

「へえ、いいじゃん。誰来るの?」

「安城と羽島は、とりま声かけるけど。附属高は私がとりまとめるから、タイ高は市ヶ谷がやってよ」

「へ? まあ、いいけど」


 そういや胡桃の奴、遅いな。

 トイレに足でもはまったんじゃないだろうな……


 落ち着かなげに校舎の方を見ていると、視界の外からスマホが差し出される。


「ん? どうした矢崎」


 矢崎は珍しく笑うでもなく、目を逸らし気味に呟いた。



「―――じゃあ連絡先、交換しようよ」



 ――――――

 ―――



《市ヶ谷だけど》

《よろしく》


《あれ? アカウント名間違ってない?》


《?》


《タラシさんじゃない?》


《ちげーって》

《変なこと言いふらすなよ?》



 LINEのやり取りを終えると、戻ってきた胡桃に手を挙げて合図する。


「ずいぶん遅かったな。混んでたのか?」

「敵に見付からないようにスネークばりに潜んできたから。寂しかった?」

「それはいいけど、さっき矢崎が来てたんだぜ」

「矢崎ちゃん? わー、久しぶり! どこどこ?」


 胡桃は精一杯背伸びして人ごみに目を凝らす。


「友達と合流するからって行っちゃったけど。胡桃、矢崎とそんなに仲良かったっけ?」

「だって矢崎ちゃん、私と達也がお似合いだって言ってくれたんだよ。メッチャいい子じゃん!」

「へえ、あいつ胡桃にそんなこと言ってたんだ」


 ……モヤモヤの正体がようやく分かった。


 なんか矢崎の胡桃上げって、女子会の褒め殺しを彷彿とさせるんだよなー

 だから中学時代、二人をあんまり絡ませないようにしてたけど……。


 まあ、胡桃がそう思ってないんなら思い過ごしだろう。


「どしたの? 私をじっと見つめて。脈とか取ってみる?」

「取らない。そういや体育館の方、何だか騒がしくないか?」


 パンフレットによると……これから有志女子生徒による下坂55号のアイドルライブがあるのか。


 確か毎年、結構本格的にやるので厄介な―――いや、熱心なファンがいると聞いているが。


「ほうほう。達也、そういうのが良いのですか。握手券買っちゃいますか」

「ば、馬鹿言え。俺は単純に歌と踊りをだな」

「いいんだよ? 男の子がアイドル好きでも全然変なことじゃないよ」


 胡桃のジト目が俺を見上げる。


「実際にステージに立つのは、いつも同じ校舎にいる一般生徒だよ? 皿は古伊万里でも中身はおふくろの味だよ?」


 ……胡桃よ、むしろそれがいいんじゃないか。


 いつもは何気なくすれ違っている女生徒が、アイドルの格好をして衆人環視の中、媚び媚びの踊りと歌を披露する。


 そして、澄ました顔で興味がないふりをしている男子生徒も、この時ばかりはサイリウム片手に声援を送る―――日本の祭りの原風景と言ってもいい。 


 拗ねた胡桃にペチペチ背中を叩かれつつ体育館に向かっていると、突然するりと俺の手を握る小さな手。


「お兄ちゃん……。ここに居たんだ」


 りんご飴をカシカシと齧りながら、現れたのは菓子谷かしたに美鶴みつる

 8歳になる胡桃の弟である。


「美鶴、来てたのか」

「あれ。今日はお兄ちゃん、カッコいい服を着てるって聞いたんだけど」

「ああ、あれなら喫茶店のシフトの時だけだよ」

「そうなんだ。お姉ちゃんがその話ばっかりしてるからてっきり―――」

「美鶴っ!?」


 言いかけた美鶴を強引に抱き上げる胡桃。


「何か食べたいものないっ!? なんでも買ってあげる!」

「んー、僕もうお腹一杯かな」


 美鶴は胡桃の腕から抜け出すと、俺達の前に立ち塞がる。


「ねえ、お兄ちゃん。もう喫茶店のシフトは終わりなの?」

「この後まだあるぞ。美鶴も来るか?」

「行きたいけど、ママを置いて行ったら寂しがるかなって」

「母さん、やっぱここ来てるのっ!?」


 胡桃は俺の背中に飛び乗ると辺りを見回す。


「どこっ?! どこなの?! 近くにいるの?!」


 美鶴はそれには答えずに、体育館の方を振り向いた。


「これからライブがあるんだってね。3人で一緒に見たいな」

「ああ、俺も行こうと思ってたんだ。一緒に行くか。ほら胡桃、背中から降りる」


 体育館に向かって歩き出す俺の前に今度は胡桃が立ち塞がる。


「せ、せせせ、席が一杯じゃないかなっ!? それより私のクラス、タノシイ展示が一杯あるよ?」

「んー、でも」


 美鶴は俺に腕を絡めて来る。


 体育館からドッと歓声が聞こえて来る。



「安心して。スタッフの人、最前列の席を用意してくれたんだよ? 一緒に行こ」



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― 新着の感想 ―
[良い点] くるちゃん、大丈夫?OPPAI揉む?みたいに言わないでww たっちゃん何気に引っ張りだこで腕が二本じゃ足りなくなってますな。 お、アイドルライブ?推しがいつか武道館行ってくれたら死んでも…
[一言] >これから有志女子生徒による下坂55号のアイドルライブがあるのか。 あっ…(察し) やっぱり達也君はモテますねー。
[良い点] なにげに情報量の多い一話。書きたいこといっぱいありすぎて、とっ散らかりそうなので。 また出た!達也くんガチ恋勢! 自称JKアイドル爆誕の予感! 気になりすぎるのはこの2つか( ˘ω˘ …
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