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38 赤ずきんさん


「私、いつ出るの? 今? 今だよね? 今すぐ出ればいい?」

「胡桃ちょっと落ち着こう。ステイステイステイ……」

「うー、ワンワン!」


 俺ははやる胡桃の頭を押さえて、カーテンの隙間から外を覗く。

 

「―――ねえ、おばあさん。おばあさんのお目めはどうしてそんなに大きいの?」


 図書室の真ん中では、ボランティア部と図書委員会合同の創作人形劇が上演中。

 近くの保育園から来た団体さんが食い入るように劇を見ている。


 書架を舞台に利用した高低差を生かした演出。

 ストーリー的には3匹の子ブタをサイコロ勝負で従えた赤ずきんが、オオカミと頭脳戦を繰り広げるというものだ。ちなみに子ブタは一匹食われた。


「赤ずきんちゃん、おかしいよ。この人、ホントに君におばあさんなの?」

「そうだよ赤ずきんちゃん。ひょっとしておばあさんはもう―――」


 メインでパペットを操作するのはボランティア部部長の新潟華子にいがたはなこ

 彼女の子ブタさばきに子供達もメロメロだ。


「……子ブタちゃん、口には気を付けて。赤ずきん“さん”でしょ?」


 赤ずきんのパペットを操るのは脚本担当で図書委員3年生の池澤萌音いけざわもね

 179cmの巨躯から見下ろす赤ずきんさんの迫力に、子供達は半ば彼女を悪役とみなしている節がある。


 ……そして俺達の出番はこの直後だ。

 胡桃の赤ずきんが悲鳴を上げながら登場し、オオカミに扮した俺が追いかける手筈になっている。


「もうちょいだぞ胡桃。ステイステイ―――」

「それはお前を食べるためさーっ!」


 あ、こら胡桃。まだ早い!


 俺の制止を振り切り飛び出した胡桃ずきんは、なぜか両手を挙げて子供たちを威嚇する。

 突如現れた等身大赤ずきんに、子供たちから歓声があがった。


「悪い赤ずきんが来たー!」「人形よりちっちゃい!」

「食べられる―!」「やっつけろーっ!」


 興奮した子供たちにもみくちゃにされる胡桃ずきん。

 池澤先輩が「お前どうにかしろ」とばかりに俺を凝視している。


 ……こうなりゃヤケだ。


「ガオーッ! みんな一緒に食べてやるーっ!」


 続いて飛び出した俺も子供たちの餌食だ。

 まあ、そうはいっても、やんちゃな子供はトト子と胡桃で慣れている。


 そもそも子供は好きだし―――

 ……ちょっと待て。あのガキ、胡桃のどこを触ってやがる。


 俺はマセガキ―――いや、おませになってるお子様を肩に抱え上げると、グルグルと回す。


「ガオーッ! バターにしてやるー!」

「ギャー! バターになる!」「次は僕ー!」「じゃあその次ー!」


 ……あれ、なんか順番待ちが出来てるぞ。

 即席アトラクションとなった俺はひたすら幼児を抱えて回す。


 ようやく一巡した俺が大の字になって倒れると、新潟部長が子ブタの口をパクパクさせながら子供たちに呼びかける。


「じゃあ、みんなー! 悪いオオカミさんから赤ずきんちゃんを助けてあげよう! 誰なら助けられるかな? はい、思い付いた子から手を挙げて!」


「はい、お巡りさん!」「仮面ライダーカブト!」「ゴジラ!」「宇宙!」「与党!」


 思い思いにオオカミの敵を口にする子供達。

 俺の敵、なんだか勝てそうなのが見当たらない。


「じゃあこの図書室にあるご本の中から、オオカミに勝てる強ーい人を連れてきてくださーい!」

「はーい!」


 ……えーと、確かこの後は。

 子供達が持ってきた絵本に描かれた登場人物と、寸劇を行うんだったな。


 次は約20人の子供達に退治されるのか……


 ぐったりしながら横たわっていると、部屋の隅に同じように横たわる人影に気付く。


 2年生の枯木果かれきはてる

 青い顔をした枯木先輩は、何故か女生徒に膝枕をされている。


「……先輩、なにやってるんですか?」

「なに、第一幕は僕がオオカミだったのだ。しかし君も余計な苦労をしょいこむタチと見えるね」

「はあ。まあ、子供は好きですし」


 そんなことより膝枕の女性が気になる。

 こないだと違う人だし。


「ああ、僕も子供は好きだね。あの純粋さは残酷ですらある」

「あら、枯木君こそ子供みたいで可愛いですよ。なにか辛いことがあるたびに、私に膝をせがむじゃありませんか」

「幸枝君、人前でよさないか」


 ……なにこいつら。

 あれか。これが本当のバカップルという奴か。


 やっぱ人前でいちゃついたりとか、みっともないよな。

 俺も彼女が出来たら気を付けないと―――


「んんっ! んんっ!」


 見れば胡桃が俺の横で正座をして、わざとらしく咳払いをしている。


「どうした? 喉に枯葉でも詰まったか?」

「あのさ……膝枕、してあげよっか」


 ポンポンと太腿を叩く胡桃。

 胡桃に膝枕を……?


「なんか絵面を想像したら割と犯罪ちっくなんだけど」

「いやいや、私の膝枕は味わったら二度と手放せなくなるって評判なんだよ? 一生ものだよ?」


 まるで麻薬だ。

 いやしかし。この小ささが意外と他にはない寝心地を醸し出すなんてことが……?


 ふと気づくと、絵本を抱えた子供たちが俺を取り囲んでいる。


 ……休憩はお仕舞だ。


 俺はケモ耳の帽子をかぶり直すと覚悟を決めて立ち上がる。

 オオカミ対ヒーロー達の戦いが幕を開ける。


「胡桃」

「はい?」


「生きて帰ってきたら……膝枕をしてもらおうか」


 ――――――

 ―――


 俺は廊下の壁を伝って歩きながら、しみじみと生還した喜びを噛みしめていた。


 無尽蔵の体力を誇る幼児たちに囲まれ、敗北が約束された20連戦である。無事、生き残ったのが奇跡と言ってもいい。


「ねえ、お昼ご飯何食べようか! チョコバナナ! チョコバナナ食べるけど、ご飯も食べるから!」


 疲れ果てた俺に胡桃がハイテンションでまとわりついてくる。


「俺は白湯とお粥かなんかで……」

「えー、そんなん無いって。あ、犬ちゃんだ。おーい!」


 胡桃がブンブン手を振る先には、犬吠埼の姿。

 

 金髪をポニーテールでまとめてねじり鉢巻き。

 Tシャツの袖をさらにまくって、健康的な白い二の腕が露わになっている。


 確かこいつ、屋台で焼きそばを焼くって言ってたな。


「ここにいたのか。これ、お前らの分な」


 犬吠埼は紙切れを取り出す。

 これは―――


「……パー券?」

「違えよ。焼きそばの引換券だ。お前、何枚かとっとけって言ってただろ」


 そういやそうだった。

 引換券、トト子にも頼まれてたしな。

 

「アタシもそろそろ休憩明けで戻るから食いに来いよ」

「分かった。じゃあ早速―――」


 俺達の横を数人の男子生徒が全速力で駆け抜けていく。


「南校舎で目撃情報だ!」

「急げ! なんか一緒に写真撮ってくれるらしいぞ!」


 ……ん? なんかあったのか?


 不思議そうな俺の表情に気付いたのか。犬吠埼が不機嫌そうに舌打ちをする。


「なんかスゲエ可愛い女生徒がいるって男子共が騒いでるんだ。どいつもこいつもみっともねえ」

「ふうん、どこの学校の生徒だろ」


 へえ、話題になるほど可愛い女の子か。


 南校舎がどうとか言ってたな。

 関係ないけど、そっちでは何をやってたっけなあ……


 案内マップを確認していると、何故か胡桃がケシケシと俺の背中を拳でつつく。


「それがうちの生徒らしいぜ。どういうわけか誰も今まで見たことない生徒だって」

「へ? なにそれ。どんな子なんだ?」

「菓子谷ほどじゃないけど、ちんまい女子で―――」

「えっ?!」


 一瞬、びくりと震える胡桃。


「何故か今どきルーズソックス穿いてるとか。どいつもこいつも幻でも見たんじゃねえのか」

「ルーズソックスっ?!」


 胡桃の顔をダラダラと汗が伝いだす。


「おい胡桃、大丈夫か?」

「だっ、ダイジョブ! 幻……きっと幻だから……」


 ガクブル震えだす胡桃を見ながら、俺も約一名、思い当たる人物がいる。


「何だよお前ら。二人して青い顔して」

「な、なんでも―――」

「ないっ!」

「ふうん? まあいいや、早いとこ食いに来いよ!」


 手を振って立ち去る犬吠埼。


 俺と胡桃は目を合わせると、無言でうなずく。

 言葉が無くても伝わる想い。


 ……南校舎には近付くまい、と。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 改めて思ったんですけど、ルーズソックスを奪って隠してたら来なかった可能性もありますよね。 [一言] むしろ普段の胡桃さんは、どんな靴下を愛用しているのか。 甘えたがりの胡桃さんなら、靴下…
[良い点] こっちが行かなくても向こうから来るんだよなぁ…。
[一言] おもろいけど、展開が謎過ぎて感想も鼻血も出ねえ。
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