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36 学園祭前夜


「お皿そっち運んで!」

「テーブルクロス一枚足りないって! そっちの箱、開けてないじゃない!」

「メニュー出来てる? ラミネートの機械、もう返さないといけないんだけど!」


 学園祭前日。クラスの準備も正念場だ。

 修羅場とばかりに走り回るクラスメートの真ん中で―――俺はフォークとスプーンを磨いていた。


「……夢咲。これってなんか、出来ない子っぽくて辛いんだけど。カトラリーを磨くくらい家でやるから、なんか他の仕事やっていい?」

「市ヶ谷君……それはいけない。1-3の英国喫茶はリアリティを重視する……」


 俺と並んでナイフを磨くのは夢咲春香ゆめさきはるか。英国喫茶の衣装責任者からコンセプトプロデューサーに出世したばかりである。


「リアリティ? 確かに執事は食器の曇りチェックをしてるイメージあるけど」

「英国貴族の館では……食器の管理は執事バトラーの仕事」

「へえ、そうなんだ」


 なるほど。こいつの脳内ではウェイターが執事な以上、その役回りも仕方ない。


「じゃあ、あいつらにも手伝ってもらおうか」


 成宮と速水。クラス2トップのイケメンで、喫茶のウェイター部門の目玉だ。

 見れば女子に囲まれて接客の練習中である。


 ……つーか奴ら、めっちゃ女子に囲まれてる。俺と同じ担当のはずなのにどういうことだ。


 二人を呼ぼうとすると、夢咲が俺の服を掴んで首を振る。


「違う……彼らはバトル枠だから」

「バトル枠……?」

「イケメン執事は……お嬢様を狙う敵を余裕綽々で倒すの……決め台詞は『失礼、そろそろアフタヌーンティーのお時間です』……もう……たまらない」

「リアリティ重視どこいった」


 そして夢咲、食器に涎を垂らすんじゃない。


「あら、あんたの執事服は当日までお預けかしら?」


 食器のチェックをしていると、メイド姿の放虎原ほうこばるが隣に並ぶ。


「へえ、女子の制服はそんな感じなのか」

「あら、見惚れたの? ちょっとしたもんでしょ」


 スカートをつまんで得意げに微笑む放虎原。


 実に自信満々な態度だが、言うだけあって似合っているのは間違いない。

 強気美人メイドに偉そうな口を利かれるのも……悪くない。


「食器のチェックなら私も入れて。当日は私がフロアの責任者だから」

「じゃあ、磨き終わったやつを種類別にトレイに分けて」


 鼻歌交じりでフォークを磨いていると夢咲さんが肘で突いてくる。


「え、なに?」

「気を付けて……メイド長の放虎原は……手癖が悪い……」

「……それ、夢咲さんの夢小説の話だよね?」


 つーかなんでそんな設定なんだ。俺に女子間の闇を見せるのは止めてくれ。


 ……俺達が食器の手入れと整理を終えた頃、窓の外はすっかり暗くなっている。


 料理班、内装班、小道具班に衣装班……

 明日に向けての準備も仕上げに入っている。


「あれ、胡桃から連絡入ってるな」


 スマホを確認すると、胡桃からLINEの通知。


「あら、菓子谷さんから? お熱いわね」  

「そんなんじゃないって。あいつのクラスの出し物のモニターになってくれってさ」

「いいじゃない。こっちは大体終わったし、行ってあげなさいよ」

「悪い、じゃあ後は頼んだ」


 胡桃のクラスって確か……脱出ゲームと飲食店を融合させるとかなんとか言ってた気が。時間制料金で。


 胡桃の教室に向かっていると、廊下に黒いマントに身を包んだ小さな姿が見える。

 目元を隠す蝶のマスクをしているが、この小ささは胡桃に違いない。


 俺の姿に気付くと、マントをバサリと広げて見せる。


「良く来たなー ここから先は地獄だー」

「そうなんだ。設定はホラー系なの?」

「いや。なんか雰囲気で適当に言った」


 うん、そんな気もした。

 俺は連れられるまま、ベニヤとカーテンで仕切った小部屋に連れ込まれる。 


 小部屋の中には丸テーブルと椅子。


「へえ、結構本格的だな」

「気になることはどんな細かいことでもズバズバ言ってね。それにモニターは基本料無料だから安心して」

「基本料無料って、却って高くつく奴じゃん」

「大丈夫だって。さあ、最初から始めるよ」


 胡桃はコホンと咳ばらい。


「それはお前を食べるためさー!」

「……ちょっと待って」


 俺は手を挙げる。


「一番最初、本当にそのセリフでいいのかな。ちょっとよく考えてみようか」

「……なんか間違った。これ、図書室でやる方だ」


 胡桃は今度は顔を隠すと、一拍置いて勢いよくマントを払った。


「ふっふふー 誰も逃げられない、死のデスゲームにようこそー!」

「それも待って」


 俺は再び手を挙げる。


「死とデスゲームで言葉被ってるし、そもそも脱出ゲームじゃなかったっけ。設定ぼやけてない? 大丈夫?」

「……ここ導入だから。ちょっと流しとこう。ね?」


 なんか叱られた。

 どんな細かいことでも言えって言ってたのに。


「えーと、とにかく始まります。哀れな犠牲者よ……メニューをどうぞ」

「あ、普通にメニューはあるんだ」


 メニューを受け取ると、見る間もなく胡桃の声が響く。


「それではゲーム開始です! この問題を解いてください!」


 言うなり胡桃はタブレットを取り出した。

 画面に二つの選択肢が現れる。

 

 A:相模湾、ペダル、孤立

 B:玄界灘、ハンドル、無援


「じゃあ、AとB、どっちでしょうか!」

「え? なにが?」


 ……なんという難問。


「なんか問題文足りなくない? どっちってなにが?」

「ほらほら、早く答えないとメーターが上がっていくよ?」

「メーター?」


 見れば画面の片隅、タクシーメーターのようなものが付いている。

 カタンと音を立て、ちょうど数字が上がったところだ。


「……これ、ひょっとして」

「うん、料金メーターだよ」


 ひどい。最初からここまで全部ひどい。


「ちょっと待て。なんかヒントくれ」


 俺が焦っていると、画面の端にぼんやりとヒントマークが浮き出て来る。

 その下に現れたの絵は……グラタン?


 俺は最初に手渡されたメニューを思い出す。


「メニューにグラタンあるけど……これがヒント?」

「海老グラタン一つ入りまーす!」


 ……なんか勝手に注文入った。

 つまりグラタンにヒントが隠されているということか。


 ……

 …………

 …………


「……結構待つな」

「注文入ってから最後の仕上げをするから、熱々の料理が食べられるの」

「その間、メーター上がるのか」

 

 胡桃との指相撲が10回戦を超えた頃、ようやくグラタンが出て来る。


「見た目は普通だな。これ、ヒントはどこにあるんだ?」

「実はね……全部食べたらお皿の底にヒントが書いてあるの」


 そうなのか。じゃあ取り合えず食べるとしよう。


 椅子を引くとガチャリと音が。

 見ればなぜかテーブルと椅子が鎖で繋がれている。


「これじゃ座れないんだけど」

「うん。この問題を解けば鎖を解いてあげるよ。さあ、頑張って!」


 なるほど、この問題を解けば鎖を解いて―――


「……順番違うよね」

「え? なにが?」

「だから、この問題を解くと、椅子の鎖がほどけて座れるようになってるんでしょ?」

「そう言ったじゃん」

「で、ヒントをもらうにはグラタンを食べないといけない」

「うん」

「……食べ終わった時点で、この問題、特に解かなくても良くないか?」


 胡桃は腕を組んで難しそうな顔をする。


「そんな気もする……じゃあ、カレカノ的な忖度で鎖を外してあげるよ」


 ようやく椅子に座れた俺は、グラタンをスプーンですくう。

 こんがりと焼けた表面のパリパリ具合と、漂うチーズの香りが食欲をそそる。


「あっつ! これ、滅茶苦茶熱いな。冷めてから食うし、次の問題見せて」

「あれ、一問目の問題は?」

「もう解かなくてもいいかなーって。最後の問題だけ先に見れない?」

「えー、それじゃ沢山注文してもらえないじゃん」


 つまり一問ごとに何か頼まなくちゃいけないのか?

 えーと、他のメニューは……


 餡かけラーメン、鍋焼きうどんに湯豆腐……。


「どれもやたら熱いし、一人でそんなに何品も食べられないぞ?」

「でもほら……」


 なんか言いにくそうにモジモジする胡桃。


「どうした?」

「脱出ゲームってグループで参加するのを想定してるし……今の達也みたいなボッチ参加を想定してないっていうか……」


 ……だってモニターっていうから一人で来たんだけど。


「大丈夫、私気にしないから。達也、クラスで男子の友達いる?」

「い、いるぞ? 俺のクラス来た時、いつも誰かと話してるだろ?」

「だっていっつも女子とばかり喋ってるしー 達也、浮気者だしー」


 胡桃は拗ねたように口を尖らせると、俺のグラタンを横取りする。


「あっつ!」

「だから熱いって言ったじゃん! 水はないのか!?」

「あっちに熱々のほうじ茶が」

「……何で熱い物しかないんだよ。ほら、フーフーするからちょっと待ってろ」



 ―――ようやく冷めたほうじ茶を啜りつつ、胡桃はテーブルに突っ伏した。


「う~ 口の中の皮むけた~」

「もうなにやってんだよ」


 ぬるいグラタンをつついていると、タブレットの料金メーターが割とシリアスな金額を刻んでいるのに気付く。


 これ、基本料無料に含まれてるよね……?


 不安に思う俺に向かって、胡桃がコトンと首を傾げる。


「どうだった? 明日が本番だから、微調整を加えた方がいいかな?」


 ……微調整?

 ツッコミのセリフが五通りほど頭を巡ったが、俺はそれを飲み込んだ。


「まあ、いいんじゃないかな。脱出ゲームって人気あるし」


 ……そもそも俺、脱出成功してないけど。


 口を開ける胡桃にグラタンを食べさせつつ、俺は頭の中で明日の段取りを確認して気を引き締める。


 忙しい一日になりそうだ。

 少し不安に思いつつ、胡桃の口に海老を二匹まとめて放り込んだ。



 ―――明日は学園祭当日。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おアツいぜご両人!(物理) 無数のツッコミ所は大体の雰囲気で押し切って 最後はくるちゃんの可愛さで乗り切る大胆なコンセプト、お見事でございます! なお、合言葉はYES!ロリータNO!タ…
[一言] えー、と?(訳の分からん出し物の世界に混乱中) え、時間制料金? え、メニュー何処? え、クイズってなんで? ……いや、これ脱出できないだろう。 ヤバいよ、初めから最後まで行ってないけどヤ…
[良い点] >「良く来たなー ここから先は地獄だー」  「そうなんだ。設定はホラー系なの?」  「いや。なんか雰囲気で適当に言った」 ここでめっちゃ和みました(笑) 胡桃ちゃんのクラスは爆死or…
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