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35 29才独身 酒タバコはそれなりに


 信号待ちの交差点。

 スマホで目的地までの道のりを確認していると、胡桃が横から画面を覗き込んでくる。


「ねえ、次で最後だよね。済んだらご飯食べ行こうよ」

「済んだらな。まずは仕事を終わらせるぞ」

韮澤にらさわ先生いるんだっけ。先生、彼氏できたかなー」


 ……出来て来てないだろな。根拠は無いけど俺には分かる。

 俺は池澤先輩にもらったメモを読み返す。


 土曜日の今日は朝から市内の図書館巡り。学祭の出し物に必要な本を借り集めているのだ。

 持ってきた大型のスーツケースも半分以上が本で埋まっている。


「達也、信号青になったよ。早く行こう」

「ああ……って。胡桃お前、ナチュラルにスーツケースに乗るなって」


 引っ張るスーツケースがやけに重いと思ったら、上に胡桃が乗っている。


「えー、でも自転車の二人乗りとか、お姫様抱っことか……女の子って、彼氏に運搬されたい欲ってあるじゃん」

「あれって運搬が主目的だったの?」


 てゆーか運搬欲ってなんなんだ。


「とにかく危ないから降りなさい。はい、いい子だからおっりしてー」

「達也はすぐ私を子ども扱いする―。こう見えても高校生のレディだからね」

「レディはスーツケースに乗らないぞ。はい、地面にとーちゃく―」

 

 胡桃を降ろすと、早くも点滅し始めた信号を見上げる。


「あー、信号変わっちゃったじゃん」

「じゃあさ、信号青になるまで愛してるゲームでもする?」

「しない。信号待ちにそんなことするの、バカップルレベル高すぎない?」

「だよね。私らの場合、ゲームじゃなくなっちゃうもんね」

「そうは言ってないぞ? 人の話よく聞こうな」


 なんか偽恋人を始めて以来、胡桃の甘えたぶりが増している気がする。

 まあ昔に戻ったみたいで懐かしくはあるのだが、俺のモテ計画はどうなったんだっけ……?


 まあ、モテは一朝一夕にならずということか。

 ふと胡桃に目をやると、それを待ち受けていたかのようにニヤニヤと俺を見上げてくる。


「なに? 定期的に私の顔見ないと寂しい? 手繋ぐ?」

「足りてるから大丈夫」


 これだけ毎日一緒にいると、目を瞑っていても胡桃の顔が浮かんでくる。


 ……いけない兆候だ。


 確かこれで中学校の時、ちょっといい感じだった女の子に嫌われたんだよなー


 信号が変わったのを確認すると、俺は再度スーツケースから胡桃を降ろして横断歩道に足を踏み入れた。



 ―――

 ――――――


 胡桃は先生の姿を見るとカウンターに駆け寄った。


「先生お久しぶり! 本貸してもらっていいですか?」

「おう、菓子谷。好きなの持ってってくれ」


 韮澤先生はカウンター越しに胡桃の頭をグリグリ撫でる。


「じゃあ達也、わたし先に閲覧室に行ってるねー」


 胡桃は始めて来る本屋や図書館ではテンションが上がる系女子だ。

 俺の返事も待たずに閲覧室に姿を消す。 


「先生、今日はありがとうございます」

「気にすんな。じゃあ特別貸出の書類を書いてくれ」

「あ、はい。印鑑ないけど大丈夫ですか?」


 差し出された書類を書いていると、その隣に積まれた仰々しい封筒が目に入る。


 ……非常に気になる。

 気になるが、無視を決め込んでいると、韮澤先生はズリズリと封筒を俺に押し出してくる。


「……この封筒、何ですか?」

釣書つりがきだ。一応、お前の学校のめぼしい若手教師の分だけ用意した」


 釣書……?

 スマホで検索すると、釣書とは見合いや縁談の時に渡すプロフィールシートというところだ。


「男を紹介して欲しいってマジだったんですね」

「便宜を図るのと引き換えだ。公民館……ちょっと期待してたけど、男性職員は引退後の既婚者しかいなくて」

「でもうちの学校、韮澤先生と同年代の人は大体既婚者ですよ?」


 俺の言葉に韮澤先生は覚悟を決めたように頷く。


「……ああ、その辺は規制緩和の覚悟はある」

「いやそこはお役所並みにガチガチでお願いします」

「安心しろ。こう見えても私、お役所勤めだ」


 むしろ駄目じゃん。


 どちらにせよ、この先生がやらかさない内に男の一人もあてがっておいた方がいい。

 だけど、うちに適齢期の独身教諭なんていたっけ……?


「あー、アラフォーだけど独身の生物教師ならいますよ。割とイケメンだし、授業が分かりやすいって評判です」

「アラフォーか……」


 韮澤先生は両肘をつくと、思案深げに眉を寄せる。


「まあ、確かに私は上も下もいけるタチだが」

「そのくだり、元教え子に聞かせる必要あります?」

「……その人、年上だけに気になることがある」


 気になること。

 確かに結婚相手となれば、健康状態、家族構成、資産に年収……色々と気になるところだろう。

 ……個人的には、韮澤先生は中身がばれる前にサッサと相手を捕まえた方がいいと思うのだが。


「その人、あっちの方は―――どうなんだ?」

「……あっちがどっちかは分かりませんが。もし俺が知ってたら、結婚相手として問題ありませんか?」

「いや、むしろ加点ポイントだ」

「そのガバガバの採点基準、見直した方がいいと思います」


 うちの先生を、この人に紹介してもいいものなんだろうか……?


「書類、書き終わりました。とりあえず封筒は預かっときますね」

「ああ、期待してるぞ。式では仲人を頼んでも良い」

「はあ……」


 元教え子が仲人とか。周りに余計な気を使わせないで欲しい。


 胡桃を追って閲覧室に向かうと、廊下になんかゆるふわっぽい格好の女の子が一人。

 どこか見覚えのある姿―――というか見慣れた“ぐんにゃり”した動き。


「西原か? 来てたんだ」

「い、市ヶ谷パイセン……ぐ、偶然っすね~」


 一瞬分からなかったのも無理はない。


 西原の格好は肩出しのヒラヒラした可愛らしいブラウスに、7分丈のスキニーパンツ。

 花型の髪飾りに目をやると、露わになった小さな耳がもう一度視線を留めてくる。


「へえ、お前って休日はそんな格好してんだ」

「いやいや~ 着の身着のまま、部屋着で来ちゃって~ 」

「ホントに部屋着かそれ……? しかもピアス開けたんだ」

「あ~ これシールなんですよ~」


 私服を見られて照れたのか、目を逸らしながらフラフラと身体を揺らす西原。


 しかし西原のこんな姿を見てると、なんかこう思うところがある。

 オフショルダーのブラウスに、むき出しの足首―――

 

「……お前、寒くない?」


 俺が言った途端、


「くちゃん!」


 と、やけに可愛いくしゃみをする西原。


「ほら、お前風邪ひくぞ」

「だってピーコが言ってたんすよ~ オシャレには我慢が必要だって~」

「やっぱオシャレしてきたんじゃん。しかもやっぱ寒いんだ」


 なんでこんな場末の公民館に無理してオシャレを……?

 

 まあ、こいつも女の子だから色々あるんだろう。

 俺は上着を脱ぐと西原に手渡す。


「ほら、上着貸すから着とけよ」

「ふぁいっ?!」


 俺の服を手にしたまま固まる西原。

 あれ、女子に俺の服を貸すって良くなかったか……?


「せっかく可愛いカッコしてるのに悪いけどさ。風邪ひくよりましだと思ってくれ」

「かっ、可愛いですか~?!」


 両手で俺の服をぐしゃぐしゃと握り潰す西原。

 ……それ、止めて。


「つーかお前、顔赤くね? 熱あるんじゃないか」

「えっ? そ、そーかもしれないっすね~ 測った方がいいかも知れせんね~」


 西原は前髪をかき上げると、目を瞑っておでこを俺に突き出してくる。


「じゃ、じゃあ存分にどうぞ~」


 ……え。俺、何を許可されてるの……?


 立ち尽くす俺と西原の間に、小さな影が割り込んでくる。


「あれぇ、これはバッチリ熱あるねー。もう帰った方がいいかもだよー」


 胡桃が西原の額に手を当て、うんうんと頷く。


「あら、くるちゃん先輩もいましたか~」

「いたよー、達也の側にはいつも私の影があるのだよ」


 何故か得意げな胡桃。

 胸には何冊かの絵本を抱えている。


「達也、目ぼしいところはゲットしたよ」

「じゃあそれ借りて帰ろうぜ」

 

 胡桃はニパリと笑顔を見せる。


「そうだね! 西ちゃん、お大事に―――」

「じゃあ西原、家まで送ってくよ。借りるのあるなら、探すの手伝うぞ」


 胡桃は目を丸くしてパチクリさせる。


「え? あれ? これからご飯―――」

「だって西原、熱あるんだろ。心配だから送らないと」

「で、でも西ちゃん、実は元気―――」


 西原は足をもつれさせると、胡桃に両手でしがみ付く。


「もがもがっ!」

「おい、大丈夫か?!」

「わたし足元がふらついて~ 送ってもらえたら助かります~」

「分かったけど胡桃に息をさせてやってくれ」


 西原をベンチに座らせると、カウンターで本の貸出し手続きをする。


「なんかあったのか?」

「良く分かんないけど、西原が風邪みたいなんで送っていきます。」

「風邪……?」


 韮澤先生はバーコードを読み込ませながら、向こうで何やらモチャモチャしている図書委員ガールズに目をやった。


「風邪の特効薬は10錠の薬よりも心からの笑顔だ。市ヶ谷……頼んだぞ」

「何か分かりませんが分かりました」


 ケースに本を詰め込み二人の所に戻ると、なぜか胡桃が荒ぶる鷹のポーズで西原と向かい合っている。


「……何やってんだ?」

「え? いや、だって西ちゃん」

「風邪ひきさんをイジメるなって。西原、歩けるか?」

「感謝です~ なにしろ私には熱があるので~ その~」

「嫌じゃなければ、肩貸そうか?」

「は、はい~!」


 西原はふら~っと俺の方に寄ってきて―――胡桃がその身体を受け止めた。


「わっ、私が肩を貸すっ!」

「え。胡桃、大丈夫か?」

「だ、大丈夫! 私、小魚とか食べてるしっ!」


 見る間に胡桃の顔が赤く染まる。

 全然大丈夫そうに見えないんだが。


「くるちゃん先輩~ 無理しなくても~」

「私、ピーマンも食べてるから大丈夫だし!」

「いやお前、いつもピーマン残してるだろ。うわ、ドブに落ちるぞ!」


 ……最後は結局、胡桃を背中に担ぎつつ、西原に肩を貸してスーツケースを引っ張る羽目になるのだが。

 

 

 ―――準備も佳境。学園祭まであと7日


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― 新着の感想 ―
[一言] 偽恋人作ると体力はつきそうだな。
[良い点] 再度スーツケースから胡桃を降ろして [一言] 油断も隙もねえーw わろっしゅw
[一言] 最後妙な合体事故起こしてません?
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