31 心の棚板 増設中
「ひょっとして俺達って……知らない奴から見たら、まるでバカップルみたいに見えてるのか?!」
「……難しい問題だな」
犬吠埼は大人びた表情で腕を組む。
「自分が見ている自分と、他人が見ている自分―――そこには必ず差が出来る。そのギャップに内心気付きつつも認められないのが防衛機制の内、否認と呼ばれるものだ」
「……えっと、つまりどういうことだ?」
なんだかはぐらかされている気がするが。
つまり、それだけ言いにくい答えが待っているということだろうか。
「犬ちゃんは難しいこと言ってるねー」
胡桃はナゲットを齧る。
口に付いたケチャップを俺は半ば自動的に拭き取った。
「市ヶ谷。反対にお前は周りからどう見えてると思ってたんだ?」
「だから……手のかかる妹に苦労している、保護者的な立場?」
「ほう、妹か……」
犬吠期は鋭い瞳で俺を見据える。
「……お前、妹を膝に乗せて飯食ったりするのか?」
「いや、しないよ」
幼児でもない妹にそんなことやる奴いないだろ。
「妹がカーディガンの中に潜ってきて『二人羽織~』とかやったり……するか?」
「そんなの無い無い。それにあれ、服が伸びるから勘弁して欲しいんだよ」
非難がましく胡桃を見るが、なぜだかこいつ嬉しそうに笑顔で見返してくる。
「妹がお前にあーんでお弁当を食べさせつつ、好きなおかずは自分で食べちゃったり……とかは?」
「俺の妹、何も言わずに好きなおかずだけ持ってくぜ」
「なるほど。お前と妹はそんなことはしない、と」
皮肉な笑みを口元に浮かべる犬吠埼。
俺は呆れて手をひらひらと振って見せる。
「あのな、俺と妹を何だと思ってるんだ? 人前でそんなことする奴らは、それこそバカップル———」
ん? あれ?
そういえば……さっきの全部、誰かとした覚えがある……?
俺は額ににじむ汗をぬぐう。
恐る恐る隣を見ると、胡桃がこっそり俺のポテトに手を伸ばしているところだ。
「それ、俺のポテトだぞ」
「まだ二本目だし……ノーカンだよね?」
いや、そんなルールは無い。
だが、ここでうかつなツッコミはできない。これ以上、不利な状況証拠を増やすわけには……
「答が出たようだな」
犬吠埼は鷹揚に頷くと、ストローを口にくわえた。
「———お前らは、あたしから見てもバカップルだ」
「っ!」
断言する犬吠埼。
まじか。
そして珈琲甘い。
「い、いや、でも、俺と胡桃はそんなんじゃ……」
「まあ、達也こう見えて甘えん坊だもんねー そう見えるのも仕方ないかもねー」
得意気に言いながらオレンジジュースを飲む胡桃。
……こいつめ。
夕飯招待して、苦手なピーマンづくしの料理を食わせてやろうか……?
「そんなんもなにも、お前ら付き合ってんだろ?」
「ま、まあ、その話は心の棚に置いといて」
「あれー? 達也、照れてる? 膝乗ってあげようか?」
俺は無言で胡桃の口にポテトを放り込む。飲み込むのを見計らい、間髪入れずに次のポテトを放り込む———
秘儀『わんこポテト』は胡桃を黙らせることに特化したユニークスキルだ。
ポテトが空になるか、胡桃の腹が膨れるまで決して止まることは無い———
「それより今考えるべきは学園祭の話だぞ。犬吠埼はなんかいい案があるか?」
「そうだな……図書室で飲食は難しいし」
悩む俺達のテーブルの横を、小さな女の子が通りかかる。
手にしたキッズセットのおもちゃを落としてしまい、床を滑って犬吠埼の足に当たる。
「おい、お前。これ落としたぞ」
「ありがとう、お姉ちゃ———」
犬吠埼が差し出したおもちゃを受け取ろうとして、女の子の表情が固まる。
「おい嬢ちゃん、どうした? いらねーのか?」
女の子の目に涙が溜まり始めた頃。俺は犬吠埼の手からおもちゃを取ると、目線を合わせて笑顔で話しかける。
「驚かせてごめんね。はい、君のだよね?」
「……うん。ありがと、おにいちゃん」
「どういたしまして」
おもちゃを受け取るとパタパタと走り去る女の子。
「可愛いもんだな。さあ、学園祭の話だけど———」
「……おい、市ヶ谷」
なぜか低い声で俺を睨みつける犬吠埼。
「なんだよ、そんな殺し屋みたいな目で」
「……私はこう見えて、子供に懐かれる方だと思ってたんだが」
「マジか。その自信どこから来た」
「……これがさっき言い逃れをしていたお前の姿だ」
「お、おう……俺、そんなんだったか……」
揃って肩を落とす俺と犬吠埼。
「えー、犬ちゃん怖くなんかないよ」
俺の珈琲に三本目の砂糖を入れながら胡桃が言う。
顔を上げた犬吠埼の目に光が戻る。
「菓子谷、ホントか……? ホントにあたしは怖くないか?」
「え? そう改まって聞かれると……困るかな」
胡桃よ。そこは優しい嘘をついておけ。
仕方ない、ここは俺がフォローをしよう。
「まあ、お前の見ためはちょっと怖いけど」
「え」
「それでいいんじゃね、美人なんだし」
「はあっ?!」
俺は再び、ポテトを胡桃の口に放り込———
「痛っ! 胡桃、俺の指を食うなよ!」
「それかー それが手かー そうやって、ゆるふわハーレムを作ろうというのかー」
「はい? 胡桃何言ってるんだ?」
何故かジト目で俺を睨む胡桃。
あ、こら、だから指を噛むなって。
「おい、犬吠埼もなんか言ってくれ———」
犬吠埼に助けを求めようとするが、なぜかこいつ表情をこわばらせて目を丸くしている。
「おい市ヶ谷……お前、なに言いやがった……?」
「ん? だから学園祭の話しないとだろ。胡桃をどうにかしてくれよ」
「お? おお、そうだな。ほら、菓子谷これ食え」
犬吠埼はいきなりアップルパイを丸ごと胡桃の口に突っ込む。
「熱っ! 犬ちゃん無茶だよそれ!」
「わ、悪い! ほら、これ飲め!」
「にがっ! これ、コーラじゃなくてアイスコーヒーだ!」
犬吠埼までどうした一体。
仕方がないので荒れる胡桃を膝に乗せてあやすことにする。
「よーしよし、怖くない怖くない。甘い珈琲飲むか? 甘いぞ」
「甘いー これなら飲めるー えへへー」
よし、ようやく胡桃の機嫌が直ったようだ。
「そういや学園祭、二人のクラスは何やるんだ?」
その問いに犬吠埼は両手首をひょいひょいとリズミカルに回して見せる。
「なに? 耳でも引きちぎるの?」
「ちげーよ、4組は焼きそばの屋台だ。あたしが焼いてやるから食いに来いよ」
「ああ、テキ屋か」
「……焼きそばだっつってんだろ」
やだ、犬吠埼すぐ怒る。
俺は矛先を逸らそうと、膝の上の胡桃に尋ねる。
「うちはね、なんか脱出ゲームと飲食店の融合系を目指してるみたいで」
「えらいフンワリしてないか?」
「とりあえず料金が時間制になることだけ決まってる」
……ぼったくりの匂いがする。
こいつのクラスに近付くのは止めよう。
「ねー、達也のクラスはなにやるの? 虎ちゃんから、当日の予定をやたら詳しく聞かれてるんだけど」
「英国風のアフタヌーンティーをやるってさ。利根川が英国風の魚のパイを作るらしいけど、どんなんだろ」
「魚のパイ? 魔女宅のニシンのパイみたいなやつかな? 食べてみたい!」
「今度試食会やるっていうから胡桃も来いよ。犬吠埼もどうだ?」
スマホで何かを調べていた犬吠埼はゆっくりと首を横に振る。
「そんなに警戒しなくても利根川の料理は絶品だぜ」
試食と聞いて浮かれていた胡桃が、急に俺をじっと見て来る。
「胡桃、顔が近いって」
「……ねえ。達也って料理の上手な女の子が好みなの?」
「んー、特に考えたことないけど。上手で悪いことは無いんじゃないか」
「そっかー ちなみに料理を美味しそうに食べる女の子とどっちが好み?」
それって両立できない要素だっけ。
「まあ……ご飯を美味しそうに食べる子は好きだけど」
「だよね。今の気持ちを忘れないでね?」
うんうんとうなずく胡桃。相変わらず訳分からん。
それにしても高校の学園祭って、色々と忙しそうだ。
クラスの方は実行委員に計画を任せるとして、もう一つが全くのノープランだ。
……そういや、つい最近図書室改革を成し遂げた独裁者に心当たりがある。
俺はスマホを取り出す。
胡桃が目を細めながら画面を見つめる。
「おい、見えないって」
「……なんで西ちゃんにLINEするの?」
「だって中学の図書室見ただろ? なんかいいアイデアがあるかと思って」
メッセを打っていると、突然手元を押さえて来る胡桃。
「私が! 私が連絡しとくから!」
「え? 今、書き終わるとこだけど」
「ほら、達也のギガが無くなっちゃう! 私の奴、無制限プランだから!」
「ここ、フリーWi-fiあるから大丈夫だって」
「それに……えっと……西ちゃんと女同士の秘密の話とかあるし!」
女同士……?
いやまあ、胡桃も立派なレディだが。
「西原とどんな秘密の話があるんだ?」
「それは……あの……女の子の身体の話とかっ!」
周りの視線が俺達に集まる。
……大声でそんなこと言うな。
「分かったから。西原への連絡は胡桃に任せ———」
もみ合ううちに胡桃がメッセを送ってしまったらしい。
早くも付いてる既読マーク。
「あ、なんか参考になるHPを送ってくれたみたい」
「へえ、私にもちょっと見せて」
気になるのか俺の手からスマホを取る胡桃。
「待って、メッセを削除しちゃ駄目だって」
「あれ、間違っちゃった。ごめんね、私スマホ良く分かってなくて」
「え、何でそんな嘘つくの? だから、西原ブロックしちゃだめだよ?」
なんでこいつ執拗に俺のスマホに悪戯をするのか。
……反抗期?
この光景を見かねたのか。犬吠埼が胡桃を抱き上げると、自分の隣の席に座らせる。
「ほら、落ち着いてこれでも食ってろ」
犬吠埼は半分に割ったアップルパイを胡桃の口に突っ込む。
「熱!……くない」
さもありなん。犬吠埼はさっきから俺達を尻目、アップルパイをフーフーしてたのだ。
そうと分かると、もかもかとアップルパイを食べ始める胡桃。
俺達の顔を見回しながら、犬吠埼は呆れたように溜息をつく。
「———お前ら、やっぱバカップルだぞ」
……さすがに反論できない。猛省である。
極甘珈琲を飲む胡桃をぼんやり眺める。
これだけ珈琲飲んだら胡桃の奴、眠れなくなるに違いない。
俺は胡桃のオレンジジュースを啜りつつ、今晩の長電話に思いを馳せた。
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