03 (偽)彼氏彼女の事情
「だ、だから! あんたが私の偽彼氏になればいいじゃない!」
胡桃は耳まで赤くして俺に指を突き付ける。
「え。やだよ」
「即答っ?! 普通、ちょっとは迷う素振り見せるだろーっ?」
素直に答えた俺に胡桃がちっこい身体で突っかかってくる。
「だって、彼女が出来たなんて思われたらモテなくなるだろ?」
俺の言葉に胡桃が哀れみの視線を向けてくる。
「……それって既に達也のこと好きな人が居る時だけだよ」
「え?」
「そもそも今、モテてないじゃん。ゼロは何を掛けてもゼロだよー」
こいつ、はっきり言いやがって……
「でもさ。陰で俺のことが気になっている女子とかいるかもしれないだろ? フラグをバッキバキに折ることになるじゃん」
俺の必死の訴えに、胡桃が気まずそうに眼を逸らす。
「あ……うん……そうだね……いるかもしれないもんね……。変なこと言ってごめんね? そういえば昨日のポツンと一軒家見た?」
なにその気のつかわれ方。却って傷付くんだけど。
「え、ちょっと待って。俺って女子に嫌われてるとか?」
「むしろ無、かな」
……無? なんか東洋思想的なそういうのか。
「達也の事、女子的には誰も恋愛対象としては認識していないの。校舎裏の二宮金次郎像と同じ扱いだよ」
うわ、俺そんなんか。
落ち込む俺に胡桃がフフンと無い胸を張る。
「自分の立場が分かったか。大体さー、達也が好きとかそんな物好き、わた―――」
「……わた?」
言いかけた胡桃の動きがぴたりと止まる。
……こいつ、何か隠してやがるな?
「何か知ってるのか? 俺のことを好きな女子がいるのかっ!? 乳は大きいのか?」
「ちっ、違うって! わた――わたしの見た所、そんな女子はいないってこと! あり得ない!」
……そこまで言うか。
再び突き落とされた俺に向かって、胡桃が芝居がった仕草で小さな人差し指を振る。
「チッチッチ。そんな達也にもモテ期の訪れるたった一つの冴えたやり方があるのだよ」
「……聞かせてもらおう」
「私の偽彼氏になることだ」
おっと。話が一巡したぞ。それになぜ、胡桃の彼氏になるとモテるのか?
訝し気な俺の表情に気付いたか。胡桃は得意げに話し続ける。
「いい? モテモテの私と付き合ったとなれば、達也の株も爆上がり。恋愛市場一部上場だよ。ラブ不労所得だよ」
半分ぐらいは何言ってるか分からんが、誰かに選ばれたという事実が俺の市場価値を上昇させるということか。
しかも(一部の)男子にモテモテの胡桃の彼氏ともなれば、恋愛カーストも爆上がりということだ。
「ふむ。確かに一理ある」
「それにさ。彼女がいる男子が好みっていう、寝取り趣味の女の子って多いんだよ?」
「……ちょっと待って、そこ詳しく」
何やら気になる情報だ。NTRに理解がある俺としては寝取りも興味深い分野である。
「寝とれば彼女に勝ったことになるじゃん? 私がロリなのにモテてるってのが気にくわない女子も多いし。絶対お前を狙いに来るぞー」
胡桃は跳ねるような足取りで下駄箱に駆け寄った。俺はその背中を眺めながら、何とも言えない気分になる。
……胡桃のこと、そんな風に思ってる奴が居るのか。で、胡桃への当てつけで(偽)彼氏の俺を落としに来ると。
「いや、そんな女にモテたくないぞ」
「え?」
思わず口にした俺を、靴を持ったままの胡桃が振り返る。
「なんでお前を嫌う女子と付き合わなきゃいけないんだよ。そんなのこっちから願い下げだ」
「っ!!」
いきなり顔を押さえて天を仰ぐ胡桃。放り投げた靴が胡桃の頭にぽこんと当たって床に落ちる。
「え、おい。どうした胡桃」
「そういうとこだぞ……そういうとこだぞ達也ぁ……」
……一体どうした。お前も脳味噌が破壊されたのか。だからNTRは初心者には危険だとあれほど言ったのに――
心配して見守る俺の前。胡桃は自分の赤い頬をパチンと叩く。
「私はロリコンから身を守る。達也にはモテ期が到来。悪い話ではないと思うよ?」
「まあ、確かにそうかもしれんが」
胡桃は俺に小さな手を差し出した。
「……お前に世界の半分をくれてやる。私と手を組もう」
いつも通りにふざけた言い草。
いつも通りに軽くあしらおうとした俺の目に映った胡桃の手は。
……緊張で細かく震えている。
茶化してはいけない雰囲気を感じた俺は、差し出された手を握った。子供のような小さな手は緊張のためかしっとり汗で濡れている。
「いいぜ。利害の一致って奴だな」
胡桃の顔が青空のように、ぱあっと晴れ上がる。
……その表情に一瞬見惚れたのは、胡桃の無邪気な明るさ故だ。俺は自分にそう言い聞かせる。
俺の凝視に気付いたのか。胡桃が照れたように俯いた。
「あ、ありがと……変なこと頼んじゃって」
「――任せろ。世界は無理だが、俺の半分をくれてやる」
「ふぁっ?!」
俺の軽口に、胡桃が突然腰が抜けたように床にへたり込む。
「お、おい、さっきからどうした胡桃?!」
「だ、だからそういうとこだってばさ……」
だからどういうことだってば。
顔どころか指の先まで赤くした胡桃が、改めて俺を見上げる。
「よろしく頼むね、私の偽彼氏さん」