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29 伝説の女子高生

 昼休み。

 馬場園は俺の弁当箱を怪訝そうにのぞき込む。


「市ヶ谷、これはなんだ?」

「ああ、栄養のバランスを考えて俺も弁当を作り始めたんだ」

「聞いてるのは中身だ。鳥のささみとブロッコリーって、アメリカのプロレスラーかよ」

「週末、色々あって……とりあえず腹筋割ろうかなと」


 俺は材料の味しかしない弁当を口に放り込みながら、思わず天井を見上げる。


 色々……あった。


 とりあえず、墓場まで持っていくリストに黒歴史が一つ追加された。

 ちなみに人生最初の黒歴史は『5歳の頃、胡桃母にラブレターを書いた』である。


「どんな色々があったらそんなこと考えるんだ?」

「詳しくは言えない……。言えないが、お前も割っとけ。腹筋」


 鶏肉をもきゅもきゅ噛みしめながら、腹筋に力を入れては脱力を繰り替えす。

 そう、日々の生活に筋トレを組み込むのだ。来年の夏ごろには、きっと割れた腹筋に———

 

「そういやさ、うちのクラス学祭で喫茶店やるだろ?」


 触れてはいけない何かを感じたのか。馬場園は話題を変えてきた。


「だったな。紅茶とお菓子にこだわった英国風喫茶、だっけ?」


 学園祭。この学校は割と大々的にやるらしい。

 学外からのお客も受け入れるので、休憩スペースも兼ねた喫茶店の需要は多い。


「当日は俺、図書委員会の当番もあるから———」


 言いかけた俺の机に、どさりとリアリティの塊が降ってくる。


「菓子谷さんの衣装だけど。まずはオーソドックスにメイド服はどうかしら」


 ———放虎原玲奈ほうこばるれいな。88cmの臀部が弁当箱のすぐ横にある。


「あのさ。飯食ってる奴の机に腰掛けるのは止めようぜ」

「そんな愛の無いエサ、さっさと食べちゃいなさいよ」


 ……微妙に反論できない。

 俺は弁当の残りを掻き込むと、放虎原の身体を押すが———ビクともしない。


 女子の身体ってこんなに重かったっけ。


「だから放虎原、降りろよ。馬場園はまだ飯食ってんだぜ?」

「待て市ヶ谷。俺は———構わぬ」


 馬場園は真剣な眼差しでそう言うと、ハンバーグを口一杯に頬張る。


「いや構えよ。そんなもの見ながらだと、肉の味が落ちるぞ」

「あなた、一々失礼な男ね」


 ツッコミを入れつつも放虎原の先程のセリフを思い出す。


「……そういや、胡桃の衣装って何の話だ?」

「決まってるじゃない。学祭で菓子谷さんに着てもらう衣装よ」


 今度は机の反対側、全体的にボリューム感に欠ける女子が腰を下ろす。

 利根川だ。


「利根川まで、なんで俺の机に腰掛けるんだよ」

「あえてここは制服を提案するわ」


 言って得意げに足を組む利根川。


「なあ。その話、俺の机の上でする必要あるか? 自分の席で勝手にやってくんないかな」

「あら、コンセプトは非日常の中の日常といったとこかしら。悪くはないけど、折角の菓子谷チャンスを逃す手はあって?」


 ……あ、駄目だこいつら話が通じない。

 つーか菓子谷チャンスってなんだ。


「制服は制服でも、この学校の昔の制服……というのはどうかしら」


 利根川の言葉に、放虎原の表情が変わる。


「……聞かせてちょうだい」

「みんなは約20年前、この高校に伝説の女子高生がいたのをご存じ?」


 伝説の女子高生? 

 漫画の世界じゃないし、そんなのはいなかったんじゃないかな……?


「その女生徒は学校一とまで言われた美少女……しかし、見た目はどこからどう見ても小学生だったと聞くわ。どう? 誰かを思い出さない?」


 思い出すも何も、それって胡桃だよな。

 そして……20年前?


「ひょっとしてその伝説の女子高生って———」

「残念ながら、その正体は今となっては謎だけどね。ただ、彼女の制服だけは我が家に伝わってるわ」


 ……正体、知ってる気がする。

 その人、元気に女子高生(偽)をやってますよ。


「当時のキャッチフレーズは『安達祐実が嫉妬した』。この市内だけは安達祐実は彼女のパチもの扱いだったらしいわ」


 安達祐実への熱い風評被害。有名人は大変だ。


「で、なんでその制服を利根川が持ってるんだ?」

「ああ、当時うちの父が上手いこと言って制服をもらったのよ」


 20年前の利根川父が、胡桃母から制服を……?

 えっ?! まさか、つまり、そういうこと?!


「利根川の父さんって、おば———えっと、その女生徒と恋———同級生だったのかっ!?」

「違うわ。担任の先生だったの」

「担任っ?!」


 ……やばい。

 闇だ。深い闇の気配がする。


「つ、つまり、担任だった利根川の父さんは、その女生徒と……付き合っていた……?」


 利根川は俺を冷たく睨みつける。


「あんた、人の親を何だと思ってるの? うちの父が生徒に手を出すわけないでしょ」

「え、じゃあなんで制服なんて貰えるんだ?」

「だから言ったじゃない。凄く上手いこと言った上に、冬のボーナス全額つぎ込んだだけよ。なにも後ろ暗いことなんかないわ」


 ははあ、なるほど。じゃあ納得———


「……全然、腑に落ちないんだけど。ホントに変な関係じゃなかったんだろうな」

「だから、人聞きが悪いわね。当時うちの父にはちゃんと婚約者もいたんだからね」


 しかも婚約中か。利根川の母さん、良く許したな……


「まあその結果、色々あって破談したんだけど」

「えっ?! いや、えっ?! いいの?」 

「だって、冬のボーナス全部突っ込んで、教え子の制服を手に入れる男よ? そんなのと結婚してる場合じゃないでしょ」


 正論だ。でもお前の父さんだよね……?


「そのおかげで母と出会って私が生まれたんだから。ある意味、恋のキューピッドみたいなもんよ」


 言われてみればそんな気がする。全く納得できないが腑に落ちた。


「……いい話だ」


 何故か横に立って涙ぐんでいるのは、クラス委員の熊谷だ。

 眼鏡を外して涙をぬぐう。


「熊谷、聞いてたのか」


 それより、今の話のどこに泣きポイントがあったんだ……?


「よし、話をまとめよう。菓子谷氏の衣装候補は事前調査も含めてこの通りだ」


 クラス委員の熊谷は黒板に歩み寄ると、何かを次々と書きつける。


<菓子谷胡桃 衣装候補>

 メイド服

 ジャージ

 パジャマ

 20年前の制服

 割烹着

 女教師

 男物のワイシャツ

 体操服にエプロン

 寝袋

 野球のユニフォーム



 ずらりと並ぶ衣装候補。

 なるほど、かなりのバリエーションだ。決して露出に振り過ぎてないところに好感が———

 

 ……いやいや、違う。


「お前ら本当に何やってんの? 誰もお前らの性癖を披露しろなんて言ってないぞ?」

「市ヶ谷、君は何を言ってるんだ」


 熊谷は呆れたとばかりに指で眼鏡を押し上げる。


「健全なクラス運営には、忌憚ない意見の交換が不可欠だ。一部の生徒のみで勝手に決めるなどあってはならない」


 なるほど。一理ある。

 だがしかし、だ。


「そもそも論で悪いんだが……これ、クラスの出し物の話だよな」


 俺の言葉に、熊谷が眼鏡を光らせる。


「当り前だろう。君はさっきから何だと思ってたんだ」

「じゃあ、そもそも論その2だ。胡桃はクラス違うんだけど」

「それがどうしたのだ?」


 俺の言葉に虚を突かれたようにポカンとする熊谷。

 ……ちょっと待って。


 俺は恐る恐るクラスメートを見回した。

 もしかしてこいつら、本格的に頭がおかしくなったのか……?


「市ヶ谷、確かにそうね。菓子谷さんはクラスが違うわ」

「放虎原!」


 おお、ようやく話の通じる奴がいた。放虎原の呆れ口調が今は嬉しい。

 だよな? やっぱおかしいと思ってたのは俺だけじゃない。


「ああ、胡桃はクラスが違———」

「だけどそんなの些末な問題よ。熊谷、早く投票始めなさい」

「分かった。みんな投票用紙を取りに来てくれ」


 駄目だ。やっぱりこいつら、本格的に頭がおかしい。

 眩暈を感じる俺の前に、投票用紙が配られる。


「え、俺も投票すんの?」


 俺のもっともな疑問に、放虎原と利根川はやれやれとばかりに見下ろしてくる。


「当たり前でしょ。クラス全体の話よ?」

「馬場園君、書くモノ貸してくれない?」


 これってクラスの話なのかな……?

 それに放虎原も利根川も俺の机から降りてくれないかな……


 仕方なく投票用紙に書き込んでいると、利根川がまじまじと覗き込んでくる。


「体操服にエプロンって……あんたいい趣味してるわね」

「え? でも給仕するならエプロンしてた方がいいし。それにそもそも、この候補を出したやつの方が問題だろ?!」

「だって、リアル彼氏がこれを選ぶのはちょっと……生々しいというか……嫌なトコ見たというか……」


 散々な言い草だ。

 しかし、そこまで言われたら投票先を変えた方が良さそうだ。

 仕方なしの選択で、俺が変態扱いされるのは———


「じゃあ、集めるぞ」

「ああ……って、まだ途中———」


 俺の投票用紙を回収した熊谷が、あきれ顔で首を振る。


「市ヶ谷……こういった趣味はもう少し、隠した方がいいぞ?」



 吹き荒れる、俺への熱い風評被害。

 ……とりあえず、一市民として安達祐実に謝ろうと思います。

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[気になる点] 学祭で菓子谷さんに来てもらう衣装よ こいつらの会話のばあい、誤字なのか餌になる衣装なのか判断に迷う。 [一言] 親の代から腐っちゃってたかー。
[一言] 園児服もしくはスモックが無いのは何故だろう い、いや別に私の性癖ってわけじゃないですが これだけ合法(違法)ロリ推してるから選択肢にあってしかるべきだと思うんですよ(チラッチラッ
[良い点] いいクラスだなぁ…(諦め) [一言] ところで猫耳エプロンがないのはなz(殴)
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