27 花園のディストピア
「部外者は勝手に入らないでください! 男子禁制です!」
「え?」
後輩の女装姿だけでも混乱しているところに、いきなりの叫び声。
声の方を振り向けば、眼鏡姿の小柄な女子が俺にファブリーズを向けている。
顔を知らないということは1年生か。
俺は女生徒の足元から視線を上げていく―――
年齢 13才
身長 144センチ
体重 39キロ
バスト A
視力 0.08
胡桃には遠く及ばないが、なかなかのちっこい系女子だ。
「なっ、なんかイヤらしい視線を感じますっ!」
叫びながらファブリーズをかけてくる眼鏡女子。
なるほど、勘は悪くない。
「うわっ、ちょっとやめてくれ!」
「先輩、ちょっとこっち来て下さい!」
椎丈が俺をカウンターの外まで引っ張り出す。
「俺なんかまずいことしたか?」
「一年の笛峰さん……男性が苦手なんです。お客さんはぎりぎり大丈夫なんですけど、男性と一緒にカウンターに入るのは無理で」
椎丈は恥ずかしそうにスカートを押さえる。
「だから、僕もこんな格好を」
「……女装で大丈夫なルールなの?」
「? むしろ、なんで駄目なんですか?」
……え? なんでこいつ、そんな無邪気な表情で俺を見返すのか。
なんだろう。この図書室、俺の知ってる世界線と常識が違うぞ……?
「いや……お前が良くても、相手はそれでいいのか?」
笛峰さんといったか。チラリと視線を向けると、カウンターの陰から顔を半分出してファブリーズを俺に向けている。
「はい、彼女もおおむね納得してます。月に一度ほど我に返る瞬間が有りますけど」
……月一でこんな感じになるのか。
まあ、そんなに男嫌いな一年生が入ったのなら仕方ない。
椎丈も先輩としてやむを得ない判断をしたということか―――
一瞬納得しそうになったが、俺の理性が全力でそれを押し戻す。
「……いや、おかしい。何もかもおかしい」
OBが口を出すのも野暮だが、ここは一言言わねばならない。
口を開きかけた俺の鼻を、柑橘系の良い香りがくすぐった。
「……? お前、なんかコロンとか付けてる?」
「あ、はい。汗かくから一応……。僕、匂います?」
顔を赤らめながらスンスンと腕の匂いを嗅ぐ椎丈。
肘を内側に捻り込む仕草、ちょっと可愛いからやめてくれ。
「リップもつけてるのか? なんかツヤツヤしてるし」
「グロス……です」
はにかみながら指を唇に当てる仕草もやめてくれ。
割と可愛いし。
「髪もそれ……カツラだよな?」
「はい。ウィッグを買って……」
「自腹?」
「……はい」
……恥ずかしそうにおでこ隠すのもやめてくれ。可愛いし。
もしかして。もしかしてなんだけど、椎丈の奴―――
「―――ひょっとして楽しんでる?」
「えっ?! いえいえいえ! 違いますよ! こんな格好してるの笛峰さんと同じシフトの時だけですから!」
椎丈は顔の前でパタパタと手を振る。
なんでそんな仕草までいちいち女の子なんだ……
「お前まさか毎日ムダ毛処理とかしてるんじゃないだろな」
「え、そこまではちょっと」
「だよな。流石に」
「僕……ムダ毛が無くて……」
顔を赤くしながらスカートをたくし上げる。
「おまっ! なんでスカートめくるんだよ!」
「……え、でも。男がスカートはいたらムダ毛チェックの義務があると西原先輩が―――」
……犯人が分かった。
「にーしーはーらー! ちょっと来なさい!」
周りを見回すが西原の姿は無い。
あいつ、逃げやがったか。
と、こっちをえらく複雑な表情で見つめている胡桃の姿。
「これは……浮……気……?」
「……違うぞ? 断じて違うからな」
そこは大事だ。
胡桃ジャッジがおかしな判決を出さない内に、椎丈をあるべきところに戻そう。
「仕事中に悪かったな。さ、戻ってくれ」
「あ、はい」
元いた場所に戻そうと、後ろから椎丈の肩を押しやる。
―――ふと、掌に伝わる使い込んだ制服の感触。
「そういやお前、その制服誰に借りたんだ?」
「あ、あの……西原先輩に……」
今日一番に顔を赤くすると、もじもじと俯く椎丈。
西原、結構細い方だと思っていたが―――
「―――サイズ、よく合ったな」
「袖はちょっと短いんですけど、スカートなので割と融通が」
「ウエストも入ったのか?」
「大丈夫でしたよ? むしろちょっと緩いくらい―――」
言いかけた椎丈の表情が凍り付く。
―――いつの間にか横に居た西原が、殺し屋の視線で椎丈を睨みつけている。
「みんな~ 今のは―――」
西原が指を高く上げると、図書委員達が椎丈の周りを取り囲む。
「ギルティ? ……ノット・ギルティ?」
「「ギルティ!」」
声を揃えて答える少女達。
判決は下された。
両脇を挟まれて女子部員達に連行される椎丈を、俺はただ見送るしかできない。
……今のはお前が悪い。俺も悪いけど。
「西原、お前いたじゃんか」
「ちょっと~ 穏やかでない話題が聞こえたもんで~」
ふにゃりふにゃりと揺れる西原。
俺は思わず西原のウエストに視線を送る。西原は訝し気に俺の視線を追った―――
「市ヶ谷パイセン?! どこ見てますかっ!?」
「え、いやいや、何でもないって」
慌てて視線を逸らすと、その先には胡桃のふくれっ面。
「浮気かー? 性懲りもなくまた浮気かー?」
性懲りもないのは認めるが、浮気なわけではないぞ。
どう言い返そうか考えていると、耳元に小さくファブリーズのスプレー音。
「……あなたが市ヶ谷先輩……?」
さっきまでカウンターの裏に隠れていた笛峰さんが、何故か俺の前まで来ている。
「ああ、始めまして。去年までここにいた市ヶ―――」
「市ヶ谷達也さん、ですね?」
「俺の事、知ってるの?」
え、見ず知らずの一年生に知られているなんて。
本当に俺にモテ期が……来てないよな。うん。
その証拠に、笛峰さんは敵意むき出しに俺を睨みつける。
「噂を聞きました。先輩は籾山中学図書委員のドンファン……令和の石田純一と呼ばれたスケコマシだと!」
っ!? 何その噂。
ちょっとカッコいいけど、余りに根も葉も無さすぎる。
「いやいや、誤解だって。俺、心当たりは―――」
「しらばっくれないでください! あなたは……そ、そちらの菓子谷先輩と、日頃から、その、図書室で……」
言いにくそうに俯く笛峰さん。
「え? なに?」
「い、いちゃ……えっと……」
「いちゃ?」
「い……淫行に及んでいたと聞いてますっ!」
「はっ?! なに言ってんの?」
ちょっと待て。胡桃に淫らな行為など、これまでしたことないぞ。
笛峰さんは俺にファブリーズを突きつける。
「ひ、膝に菓子谷先輩を乗せて、受付をしてたそうじゃないですか! これを淫行と言わずに何と言いますか!」
「ああそれなら。胡桃、膝に乗せないとカウンターの奥に手が届かないから」
「それに、校内を抱き合いながら闊歩していたとも聞きます!」
「こいつが疲れて寝ちゃうと、呼び出されて運ばさせられてたんだぜ?」
「ペ、ペットボトルを回し飲みしたりしてたとの噂も―――」
「え? それは良くない?」
「……」
一瞬黙った笛峰さんは―――
ブシュ。俺の顔にファブリーズをかけてきた。
「うわ、ちょっとちょっと! 目に入ったから!」
「回し飲みなんて、こ、口淫みたいなものでは無いですかっ!」
いや、それは飛躍しすぎだ。
あー、もう仕方ない。
俺は彼女の手を掴み、ファブリーズを取り上げる。
「さ、触った! わっ、私にこんなセクハラを!」
「違うからね。俺はファブリーズを取り上げただけだから」
「どうですかね!」
笛峰さんは疑わし気に俺を睨みつける。
そして次に彼女の言い出した言葉に、俺は思わずぽかんと口を開いた―――
「聞くところによれば! あなたは菓子谷さんという彼女がいるにも関わらず、西原先輩の心を掌で転がしたと―――」
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不定期闇連載、『俺をディスる幼馴染への制裁は、遅効性の甘美な毒薬』始めました。
……本作とは異なり闇の多い内容ですが、幼馴染虐待系ではなくサイコホラー系です。
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