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26 浮気の証左

 西原とスマホをフリフリしてると、部屋の戸口からこちらをジト目で見る胡桃の姿。

 女子共に何をされたのか。髪を三つ編みにされた上にリボンまで付けられてる。


「……押さえた。浮気の現場を押さえたぞ……」


 いやいや、浮気じゃないだろ。

 突っ込みを入れるかどうか迷っていると、西原の身体がぐらりと揺らぐ。


「くるちゃん先輩?! み、見てたんですかっ?」


 ……西原、ノリのいい奴だ。胡桃のネタにちゃんと付き合ってあげるとは。


「いいのいいの、西ちゃんも知らなかったから仕方ないよね」


 胡桃はドヤ顔で腕組みをすると―――


「私と達也、ついに最近付き合い始めたからねー」


 ―――自慢げに胸を張る胡桃。

 高校の外でも俺と胡桃の偽恋人契約は有効らしい。


「付き合い―――最近っ?!」


 俺達が付き合ってると聞いて、流石の西原も驚いた顔をする。

 無理もない。外から見たら俺と胡桃は兄妹みたいなものだし―――


「パイセンたち……これまで付き合ってなかったんですかぁ!?」


 ……え?


「いや、待って。お前、俺達が付き合ってたと思ってたの?」  

「えへー、やっぱそう見えてたかー」

「こら、ぶら下がるな」


 なんか嬉しそうに俺の腕にぶら下がってくる胡桃。


「じゃ、じゃあ……中学時代のパイセンはぁ……ピカピカの未使用品だった……?」


 西原は糸の切られた操り人形のように、くたりとうつむく。


「……未使用って。俺、歯ブラシじゃないんだから」

「パイセン歯ブラシ……? くるちゃん先輩に開封された上に、すっかり毛先も開いちゃったのですか……」

「そこ乗っかるか」


 西原といえども思春期女子。知り合い同士が付き合い出すのは割と動揺するらしい。

 俺も例えば、犬吠埼と知り合いが付き合ったらと考えると―――うん、ただただ妬ましい。


「だから西ちゃん。達也のスマホ、私はアクセスフリーだから気を付けてね?」

「え、嘘。そんなルール適用されるの?」


 胡桃、実は束縛系なのか。こいつの彼氏になった奴、苦労しそうだ。


「……ちなみにくるちゃん先輩。開封後の塩梅あんばいはいかがでしょうか?」

「塩梅……? よくわかんないけど、私は柔らかめが好きかなー」

「柔らか毛先……」


 何故か俺をじっと見つめる西原。俺は思わず身をよじる。


「……さっきから話してるのって歯ブラシの話だよな? な?」

「だよ? 達也、なんかさっきから変だよ?」

「ですよ~ パイセン、なんか変なこと考えてませんか~?」


 ……そもそも何で歯ブラシの話が続いてんだ。


「でもそれはそれとして~ 友達申請しときますね~」

「あ、うん」

「パイセンのアイコン、ラーメンなんすね~ じゃあ、承認ボタン押して下さ~い」


 言われるがままスマホをポチポチ叩いていると、胡桃が目を丸くして俺と西原の顔を見比べる。


「……え。今の流れで交換続ける? ……西ちゃん?」

「くるちゃん先輩も~ 連絡先を教えてくださ~い」

「え? あー、うん。LINEでいいの?」


 勢いに押されてスマホを取り出す胡桃。

 胡桃は登録をしながら、恐る恐る西原の顔を見上げる。


「西ちゃん、ちょっといいかなー?」

「なんすか~?」

「そもそもどうして達也と西ちゃんが連絡先の交換をしてたのかなー……って」

「今度タイラギ高校の図書室を見学させて欲しくて~ 市ヶ谷パイセンに頼んだんですよ~」


 西原はふにゃりとした笑顔で胡桃に笑いかける。


「やだなぁ~ くるちゃん先輩の彼氏にちょっかいなんてかけませんよ~」

「あ、そうだよね! じゃあ、私からうちの委員長に言っとくよ。また連絡するね?」

「ありがとうございます~ でも、市ヶ谷パイセンにお願いしたから大丈夫っすよ~」

「……え?」


 ……ん?

 なんだこの話の流れ。


 西原は目をぱちくりさせてる胡桃と腕を絡める。


「くるちゃん先輩にも新図書室を案内しますね~」

「……あれ? 西ちゃん、違うよね?」

「なにがですか~? 読書の秋フェアが力入ってるんですよ~」

「西ちゃん? ねえ、違うよねーっ?」


 引っ張られていく胡桃の小さな背中を見ながら、俺は思わず立ちつくす。


 ……何が起きてる? 

 あの二人、中学時代普通に仲良かったよね。



「青い……春が青い……」



「っ?!」


 薄暗い図書準備室の奥。暗がりから誰かの声が聞こえる。


「私の春は……遠くになりにけり……」


 呟きながら、段ボールの間から黒い影がむくりと起き上がる。

 その特徴的なシルエットには見覚えがある。


 俺は素早く視線を這わせる———

 

  年齢 29才

  身長 161センチ

  体重 59キロ

  バスト F


 

 ……この数値、ちょっと体重が増えたみたいだが間違いない。


韮澤にらさわ先生……こんなところで、なにやってんですか?」


 韮澤六実にらさわむつみ。この図書室の司書教諭である。

 身体のラインの浮き出たタートルネックにジーンズ姿。目をこすりながら暗闇から姿を現す。


「休日出勤はサボってもいい……私の中のマイルールだ」

「そのルール、人には言わない方がいいですよ」


 韮澤先生は中々に破壊力のある身体を見せつけながら、大きく伸びをする。


「しかしあんたら二人、付き合い始めたんだね」

「え? あー……まあ」

「ふーん……?」


 疑わし気に俺の顔を覗き込む韮澤先生。


「なんか不思議だね。二人、付き合う前と変わったような気がしないな」


 ……鋭い。春は遠くとも、さすが年の功というとこか。


「そりゃまあ、昔からこんな感じでしたから」

「ふうん……まあ、そういうことにしておくか」


 先生は俺の肩をポンと叩くと、ポケットをごそごそしだす。 


「まだ間に合うんなら、西原の奴にも優しくしてやりな」

「はあ……まあ、邪険にする理由なんてないですけど」

「春いねえ……」


 先生は、小さな窓から差し込む陽の光に眩しそうに目を細める。


「ねえ、私の春はどこにあるのかな……。あんたの学校、手頃な独身の先生いない?」

「え……先生。元教え子に男を紹介させようとしてます?」

「私にも高校生に手を出さないくらいの理性はあるのよ」

「その理性、もう一歩手前で持てませんでしたか」


 韮澤先生はポケットから潰れた煙草の包みを取り出すと、ライターをカチカチし始める。


「先生?! ここで煙草は駄目ですよ?」

「休日出勤は実質休日……こんなマイルールはどうだろう」

「駄目です。それに仮に休日でもここで煙草は駄目ですよね?」

「そういやあんた結構、ガツガツ突っ込んでくる子だったね」

「先生に鍛えられましたから」


 思えば懐かしい3年間だ。

 かしまし女子に囲まれつつも、ひたすらツッコミ役ばかりしていた気がする。 


「それにしても、この図書室随分変わりましたね。先生のアイデアですか?」

「うんにゃ。西原を中心に、委員の子たちのアイデアよ。私は手続きのお手伝いくらいかな」

「へえ、良くここまでやりましたね」

「……うちも予算が減らされててね」


 韮澤先生はしんみりと話し始める。


「市内の中学校で連携して図書室の集約化が噂されてるの」

「集約化?」

「ええ。各校で所蔵している書籍を複数校で共有するの。図書室を大幅縮小して、生徒はデータベースから本を選んで書庫から届けてもらう……。DVDの宅配レンタルみたいなもんかな。時代の流れかもしれないけどね」

「それで西原たちが……?」

「そう。利用実績を伸ばして、今の図書室を死守したいって」


 ……道理で。わずか半年の間に大改革を断行した理由が判明した。


「でもそれって噂ですよね?」

「お役所絡みで噂が表に出てくるときは、“すでに決まった”時だよ。だから彼女達は自分にできることをやってるの。私も可能な限り応援したい——」


 韮澤先生は今日一番の真剣な表情になる。


「——なにより、来季の私の契約更新もかかっているからね」


 ……急にリアルな話が出てきた。


「そういや、今年って男子の委員は入ってきました?」


 ちょっとばかりわざとらしいが、ここは話を変えるとしよう。

 先生は煙草をポケットに突っ込みながら首を振る。


「うんにゃ。お前が出たから、男子は2年の椎丈しいたけだけだ」

「椎丈の奴、今日は来てないんですか?」


 部屋に入った時、男子の姿は見なかった。

 去年まで男子は俺と椎丈の二人。今年からは一人になった戦友のことを、ずっと心配していたのだ。


「いるだろ。ずっとカウンターの中で働いてるぞ?」

「そうですか。ちょっと声かけてきますね」


 俺はカウンターの中に入るが、そこには初めて見る女生徒が一人いるだけだ。

 女生徒はイヤホンで音楽を聴きながら、黙々と貸し出しカードの整理をしている。


「忙しいとこ悪いけど! 2年の椎丈は来てるかな?」


 耳元で声を掛けられた女生徒は、顔を伏せたままビクリと身体を震わせる。

 

「あ、ごめん。俺、OBの市ヶ谷っていうんだけど、椎丈に会いに——」

「先輩……?」


 イヤホンを外しながらゆっくりと顔を上げる女生徒。

 そこには見慣れた顔が——


「お前、椎丈かっ?!」


 驚く俺に向かって、背後から甲高い叫び声が浴びせられる。



「な、なんでカウンターの中に男子がいるんですかっ!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 男子ではなくて男の娘では?)
[一言] これはヒロインマシマシよ... 修羅場よ...
[良い点] 穏やかに終わると見せかけて尻上がりにバチバチしだした胡桃ちゃんと西原さん(笑)仁義なき先輩後輩バトルが始まってしまうのか!? 新キャラのフリーダム系韮澤先生とお前女だったのかー!?or男…
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