25 市立 籾山書劇団
市立籾山中学校図書室。
俺は扉の前で中の様子を伺う。
……やけに静かだ。
図書室だから静かなのは普通だが、あいにくここの図書委員達は普通ではない。
覚悟を決めて扉に手をかけた俺の肩を胡桃が叩く。
「ねえ、トトちゃんの美術部には行かなくていいの?」
「お前、さっきのトト子の眼を見たか……?」
教室で騒ぎを起こし、つまみ出された俺達二人。
……それを見るトト子の眼は殺し屋のそれであった。
「……今日は帰りたくない」
「どしたの? うちくる?」
「じゃあ代わりにお前が俺んちに帰ってくれ」
今夜の修羅場を思いながら扉を開ける。
扉の向こう側。後輩の図書委員達がずらりと並び、真ん中で委員長の西原が両手を広げる。
「我が籾山中学図書室へようこそ~」
「「「ようこそ~」」」
黄色い歓声が俺達を包む。
……懐かしいな、このノリ。
「みんな久しぶり! あ、そっちの子は一年生?」
笑顔で図書室に入った胡桃を、気が付けば女子達が取り囲んでいる。
その瞬間、西原がふにゃっと手を振り下ろす。
「網にかかったぞ~ 野郎ども、カワイ子ちゃんは好きにしな~!」
西原の号令一下、後輩女子達が一斉に胡桃に襲い掛かる。
「クルちゃん先輩、久しぶりー!」
「先輩、なんで制服なんですか? 中学に入り直すんですか?」
「ちょっと背が伸びました? それとも縮みました?」
「始めまして! 先輩カワイー!」
わしゃわしゃに可愛がりを受けている胡桃をパスして図書室に入る。
一目見て気付いたが、様子が一変している。
「いや~ 同伴出勤とは、市ヶ谷パイセンお熱いですな~」
西原が生意気なことを言いながら俺にまとわりついてくる。
「へえ、この辺は随分模様替えしたんだな」
「はい、入り口のあたりは全て企画用の書棚にしました~ 今月は読書の秋フェア開催中~」
なるほど。食をテーマにした本や、紀行文、長編ミステリーなどがオススメコメント付きで並んでいる。
「それとですね~ 図書委員全員が一段ずつ自分の棚を受け持って、ポップで案内文やお勧めフレーズを貼って本を紹介するんです~」
「お勧めフレーズ?」
「ほら~、市ヶ谷パイセン。ゆあ~ん ゆよ~ん ゆやゆよ~ん———ですよ~」
「……ほら言われても訳分からん。なんで中原中也なんだ」
「お勧め文を書くより、パワーな一節を書きだした方が興味を惹くんだな理論実証中でぇ、いわば快感フレーズですよ~」
快感フレーズ関係ない。綺麗な顔をフッ飛ばされちゃう。
俺は順番に棚を眺める。
「……あ、これ西原の棚か?」
「あれあれ~ 分かっちゃいましたか~? 愛ですか~?」
「だって、顔写真と自己紹介が———」
……ん?
「この、『図書委員長 キクラゲちゃん 熟練のお勧めテクで貴方に後悔させません!』って……何だこれ」
「本名を出すのは恥ずかしいとの意見があり~ それぞれペンネームとキャッチフレーズを付けることに~」
これ、ペンネーム……かなあ?
ふと隣の棚に目をやった。そこに貼られたポップには———
———スーパー新人 キラリちゃん 初心な彼女の読書歴を貴方色に染めてみませんか?
「あ、これ1年の如月ちゃんです~ 彼女、自己啓発本が好きなんですよ~」
「へーえ、なるほど……」
これ、先生にばれる前に剥がした方がいい。
しかも自己紹介カードに顔写真付きなのはいいのだが———
「なんでみんな手で目元を隠してるんだ?」
「これも素顔を出すのは恥ずかしいとの意見がありまして~」
「いや、ある意味却って……えっと……うん……そうか」
あえて言うまい。こう見えてもこいつら義務教育中である。
多少のことはスルーして———
「西原……お前の写真に貼ってある『当室 №2』ってなんだ?」
……いけない。ついスルー出来なかった。
だって多少の事じゃないんだもん。
「お勧め本の貸し出し数でランキングを競ってるんです~ 仁義なき潰しあいですよ~?」
「お前、№2かよ」
「太客一杯掴んでますから~」
……駄目だ。健全な図書室が、いかがわしい場所にしか思えない。
「だけど、こんなんでお客さん増えるのか?」
「ふっふっふ~」
西原は胸を張ろうとして、くにゃんとよろめいた。
慌てて支える俺。
「なんと貸出点数が前年度比40%UP~!」
「おおっ! 凄え!」
「特に相手が男性教諭に限れば前年度比800%UPの大躍進です~」
……先生公認だった。
いや、この学校の先生、何やってんだ。
「それにお勧め本が気に入った人向けにぃ、同じ作者や傾向の本の場所を載せてるんです~ これで獲物を図書室の奥に誘い込むんですよぉ。借りずには帰らせませんよ~?」
西原のニヤけた表情の中、眼だけが鋭く光る。
利用者、獲物扱いだ。
「こんなに企画スペース増やしたら本を並べるスペース足りなくならないか?」
「でわでわ~ 市ヶ谷パイセン、VIPルームごあんな~い」
西原は俺の腕を掴むと、図書準備室に引っ張り込む。
俺がいた頃は、段ボールが山積みの埃臭い部屋だったが———
「あれ、綺麗になってる」
「準備室を半分潰して書棚を入れました~ 昼間も暗いので、利用者は少ないけど長く保管する校史や郷土史のコーナーにしたんですよ~」
それにしても良く収まったな。
こんなに蔵書少なかったっけ……
不思議そうに見回す俺の姿を得意気に眺める西原。
「更に古い雑誌類は~ 学級文庫を復活させて各教室に配置していますぅ。場所を節約した上に、興味を持ったら最新号を読みに図書室に来てくれるという大作戦~」
「へえ、良く先生に認めさせたな」
「教頭先生の図書利用券……ブラックカードですよ~?」
……公立中学の図書室にそんな悪いシステムが。
しかし、西原がここまでのやり手とは思わなかった。いつも格ゲーの立ちポーズみたいにクニャクニャ揺れてるし。
感心しながら棚を眺めている俺に、西原がフラフラと寄ってくる。
「そ、そう言えば市ヶ谷パイセン……高校でも図書委員なんですよね~?」
「ああ。中学ん時と同じだよ。胡桃に無理矢理」
「あ~ そうですか~ さいですか~」
なんか言いにくそうにフラフラ揺れる西原。
「どした、西原」
「こ、今度、タイラギ高校の図書室を視察に行かせてもらおうかな~ なんて思ってて~」
「うちの? いいけど普通の図書室だぜ」
「行ってもいいんですか~?」
いつもあんなにくにゃくにゃの西原が、何故かガキガキと固い動きでスマホを取り出す。
「だっ、だから……れっ、連絡先をっ、わ、私に教えてくら、くら……」
「あれ、お前スマホ買ったんだ」
去年まで携帯すら持ってなかったのに。
ちょっと見ない間に大人への階段を上るのが10代女子ということか。
「iPhoneの新しい奴じゃん。いいなー、俺Huaweiだぜ?」
「じゅ、塾に行き始めたのでぇ~ 親が、そのぉ~」
「じゃあ、LINE交換しとくか」
「ほあっ?! ふぁっ、はいっ! よろしくお願いしますぅ!」
頭を下げながら両手でスマホを差し出す西原。
……こいつ、こんなキャラだったっけ。
LINEのIDを交換してると、部屋の戸口からこちらをジト目で見る胡桃の姿。
「……押さえた。浮気の現場を押さえたぞ……」
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