24 授業参観2
今日はトト子の授業参観だ。
真剣に授業を受ける妹の姿に心躍らせていた俺が目にしたのは―――
「―――胡桃っ?!」
思わず声を上げた俺の脇腹を犬吠埼の肘が突き刺す。
あまりの痛さに息が止まった。
「こら、でかい声出すな」
「こ、殺す気か……」
……例の小柄な女生徒。中学の制服を着ているが胡桃に間違いない。
あまりに馴染んで―――いや、小学生が中学生に混じっている的な違和感はあるな。
犬吠埼が俺の耳元で囁く。
「おい、なんで菓子谷があんなとこいるんだ」
「……俺も知らん。いやマジで」
胡桃は先生が板書してる隙に立とうとする。
「はい、ここまでで何か質問はあるかー」
勢い良く振り返る田所先生。
胡桃はストンと座り直す。
「つーか、彼女に中学生コスとか。お前の趣味いかついな」
「……風評被害にもほどがある」
JSに見えるJKにJCのコスプレって……その性癖、複雑過ぎやしないか。
胡桃は机の中に手を入れるとゴソゴソし始める。
と、中から何かを取り出した。
「お、ようやくノート取り始めたな。これで一安心だ」
「いや、人の使っちゃ駄目だろ」
ああもう、胡桃何やってんだ。
先生は机の間を歩きながら朗読を始める。
「ゆゆしげにし置きたらば、それに見飽きて心もや慰むとこそ思ひつれ。こはいかなる事ぞ―――」
先生は教科書をパシンと叩く。
「じゃあ何故この男がこんなことをしたのか。誰か分かるやついるかー」
先生の質問にパラパラと手が挙がる。
その中に一際小さな手が一本―――
―――って、なんで胡桃の奴、手を挙げてるんだ?!
「おい、菓子谷の奴どうにかしろ!」
「お願いだ。俺に言わないでくれ!」
ああもう、彼氏ってそんなことまで面倒見ないといけないのか?
教室の後ろで慌てる俺達を、先生がじろりと一瞥する。
「お前ら、授業中だぞ!」
……ヤバイ、ちょっと騒ぎ過ぎた。
「ん? お前、見た顔だな」
田所先生がこちらに近付いてくる。
……と、何故か犬吠埼がイラっとした表情で俺の前に立ち、挑戦的に顎を上げる。
「おい、犬吠埼どうしたんだよ」
そういや田所先生って生徒指導部だっけ。
犬吠埼、生徒指導の先生とやたら相性が悪い。
そして生徒指導の先生も、例外無く犬吠埼と相性が悪い。
「や、やめろって!」
「ああ? 売られた喧嘩は買うに決まってんだろ」
「ちょっと待て。怒られたのは俺だから!」
ヤンキーVS生徒指導教諭。
80年代を思わせるバトルが幕を開けようとしている。
———胡桃の座る机の横。通り過ぎようとした先生の足がぴたりと止まる。
「……ん?」
先生は胡桃の顔を凝視する。
胡桃はニコリと笑顔で返す。
……あいつ、笑ってごまかそうとしてやがる。
残念なことに先生にロリコンの素質は無かったらしい。
無言で胡桃の襟首を掴むと、ひょいと持ち上げる。
猫の子供のように無抵抗で廊下につまみ出される胡桃。
……ああもう、何やってんだあいつ。
顔を伏せながら廊下に向かう俺の正面に、分厚い身体が立ち塞がる。
「久しぶりだな、市ヶ谷」
……うわ、俺のこと覚えてた。
「ご、ご無沙汰してます。……お元気そうで何よりですね」
目を逸らす俺の顔をグイグイと覗き込む田所先生。
「―――授業後、菓子谷と二人で職員室に来い」
―――
――――――
高校生。
9年間に及ぶ義務教育を終え、自らの意思で人生を選ぶ第一歩。
ある意味大人の一年生と言っても過言では無い―――
「高校生にもなって、中学の職員室でマジ説教くらうとは思ってなかったぜ……」
職員室から出た俺は、思わず天井を仰ぐ———
俺のシャツの裾を胡桃が涙目で掴んでくる。
「先生、めっっっちゃ怖かったぁぁ……」
「……お前、説教で済んで感謝しろよ?」
さて、こいつには聞きたいことが沢山ある。
だがその前に、頭の交通整理をする必要がありそうだ。
「えーと、まずはだな。お前、なんでトト子のクラスにいたんだ?」
「だって今日、中学の一般開放があるって聞いて。それがどうかしたの?」
胡桃は意外なことを聞かれたとばかりに、大きな目をパチクリ。
「いや、だからって一緒に授業を受けることにならんだろ……?」
「ホントなんでだろ。むしろ私が聞きたいよ」
胡桃は話は済んだとばかりに歩き出す。
「達也、図書室寄るでしょ? 一緒に行こ」
「……待て。全然話は済んでないぞ?」
なんだろう。ひょっとして俺がおかしいのか?
いやいや、気をしっかり持て。俺が正気を保たなくてどうする。
「よし、じゃあ分かりやすい間違い探しからしていこう。その恰好は何だ?」
「ああ、これ?」
胡桃は俺に見せ付けるようにその場でくるりと回って見せる。
「私も高校生でしょ? すっかり大人になったところを、後輩達に見せつけてやろうと思ったの」
「なんでそれで中学校の制服なんだ……?」
「私服は昔と変わんないから、お母さんの服を借りるか高校の制服にしようか迷いに迷って―――」
胡桃は訳が分からないとばかりに不思議そうに首をかしげる。
「―――なぜか一周して中学の制服になった」
「一周どころか回り過ぎだろ」
よーし、最大の謎は解けた(?)。
次は問2だ。
「じゃあ何でトト子のクラスで机に座ってたんだ?」
「そうそう、凄いんだよ! 私の座ってた机、私が座ってた机なの!」
「……え?」
……なに? 禅問答?
「だからぁ、私が二年生で使ってた机、何故かあそこにあったの」
「へえ……そうなんだ」
いけない。全く納得していない俺がいる。
そんな俺の様子を見て、胡桃がやれやれと肩をすくめる。
……え? 俺の理解が悪いの? マジで?
「だからぁ。知ってる子の隣の席が、たまたま休みだったの。それでね、座って話をしてたら―――授業始まってた」
ははあ……まあ、胡桃があそこにいた理由はなんとなく分かったけど———
「あれ? 机の話はどこいった?」
「え? そこ掘り下げる?」
いや、お前が言い出したんだろ。
「あのだな、なんで自分の机だって分かったんだ?」
「だって自分で書いたおまじないが残ってたの。びっくりだよ」
「おまじない?」
「うん! マジックでお願いを書いて、自然に消えるまで相手に見られなかったら願いが叶うの!」
へえ、胡桃もそんなことするんだな。
「二年近く残ってるなんて大したもんだな。思い出に写真でも撮りに行こうか」
「———へ?」
「だって中学校なんてなかなか来れないじゃん。一緒に写真撮ってやるよ」
トト子のクラスに向かおうとすると、胡桃が必死の形相で俺を引っ張る。
「そ、それは駄目っ!」
「……え、なんで? 授業終わったから、生徒もほとんどいないぜ?」
「だ、だから、願いが叶わなくなるから!」
……あー、なんかおまじないだったな。
良く分からんけど、お願いの相手に見られなかったらいいんじゃないのか。
「……まあ、誰にでも見られたくないものの一つや二つはあるしな。じゃあ、図書室行こうぜ?」
胡桃はホッとしたようにうなずいた。
「うん、早く行こう! さ、早く早く!」
機嫌よく歩き出した胡桃は、何かに気付いたようにふと立ち止まる。
「達也の見られたくないものって……?」
「さっき西原に会ったぜ。あいつ、図書委員長になったんだな」
「ねえ、達也の見られたくないものって———」
「懐かしいなー。ほら、あそこの壁の汚れ、お前がチョコつけたとこだぞ」
「ねえってばー」
俺は答えずに足を速める。
……胡桃よ。男には誰にも言えない秘密の一つや二つ———あるものさ。
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