21 あれが私の先輩です
「見て見て! 小っちゃい魚がいるよ!」
「危ないからあんま身体乗り出すなよ」
池の真ん中にボートを漕ぎだすと、俺は水面を吹き抜ける風にホッと息をつく。
まだ暑さの残るこの季節、別天地のような心地よさだ。
胡桃は水面に手を触れると、指の間をすり抜ける小魚を目を輝かせながら眺めている。
「へへー、一度はこんなデートしてみたかったの」
「そうなのか?」
意外だな。動物園とか遊園地とか分かりやすいところが好きだと思っていたのに。
胡桃は手を水に付けたまま、少し寂しそうな顔で俺を見上げる。
「……最近、達也の周りに女子がたくさん増えたでしょ。その内、本当にモテ期がきちゃって、こういうの無くなるのかなって」
「俺の周りの女子……?」
犬吠埼の他に最近ちょっと話すのは、委員長と放虎原に利根川と———
……基本的に全員お前狙いだぞ?
「別に好きな時に一緒に来ればいいじゃんか」
「……いいの?」
「デートじゃなきゃ、男女で遊びに行っちゃいけないってことは無いだろ」
胡桃は白い帽子を押さえながら、とっておきの笑顔を見せる。
「だね! じゃあ、次はトトちゃんや美鶴も一緒にボートに乗ろうよ!」
「ああ。じゃあ、そうしようぜ」
……その場合、委員長のシフト確認は必須だ。
——
———
トイレの前で胡桃待ち。
ボンヤリ木の葉を眺めている俺の隣に、いつの間にか誰かが立っている。
「利根川、いつの間に」
黙って小さめのバスケットを差し出す利根川。
中にはフライドポテトとコロコロした揚げ物が。
「間に合ったようね。ブルーギルでフィッシュアンドチップス作ってみたわ」
「うお、本当に作ってきたのか」
「モルトビネガーは無かったけど割と本格派よ? 食べてみて」
ひとつ摘まんで口に入れる。
「あ、美味いよこれ。フィッシュの方、フリッターみたいな感じなんだな」
「良かった。ブルーギルの料理は初めてだから心配だったの」
なんとなく無言で並んで立つ俺と利根川。
……あれ、こいつ帰らないのかな?
「あのさ」
「なに?」
「……なんかこれって、まるであたしたちがデート中みたいね」
「え?」
えっと……なに言ってるんだろこいつ。
返事に困っていると、利根川は道行く人に写真を頼んでいる。
「ほら、ちゃんと真っすぐ立って」
「え? 俺と撮るの?」
「安心して。ちゃんとトリミングしてあんたを見切っとくから」
撮った写真を見ながら何度もうなずくと、利根川は満足げに微笑んだ。
「じゃ、私は一旦これで。菓子谷さんにも料理の感想は聞いときなさいよ」
「ああ……それじゃ。ご馳走様」
利根川と入れ替わりで胡桃が姿を現す。
「あれ、いま利根川ちゃん居た?」
「なんかこれくれた」
「おおっ! 茶色い!」
目を輝かせてバスケットを覗き込む胡桃。
「これ、美味しー」
「ほら、あっちのベンチで食べようぜ」
「うん。そういえばお父さんからメールが来て。今から迎えに来るって」
ブルーギルをモグモグやりながら言う胡桃。
朝から色々あったが、公園デートもそろそろ終わりか。
俺は自販機でお茶を買いながらふと思う。
いつか本当にデートに来た時に、今日のことが参考になる――のか?
——————
———
迎えに来てくれた胡桃父は、手際よく荷物を車のトランクに詰め込んでいる。
落ち合う直前、貸しボートの受付小屋に置かせてもらっていた荷物を取りに行ってくれてたのだ。
この気配りと有能ぶり、感心する他ない。
……まあ、何しろ奥さんがあの胡桃母だ。父がしっかりする他ない気もするが。
何となく親近感を覚えて眺めていると、父の元に胡桃がトコトコと歩み寄る。
「ねえ、お父さん。受付にいた人、美人だったでしょ?」
胡桃はニコニコ顔で父親の顔を覗き込む。
「えっ!? ああ……いや、どうだったかな。お父さん、顔は見てなかったかな!」
「あの人、私の学校の先輩なんだよ」
「なにっ?!」
ガシャン。荷物を落とす胡桃父。
「大丈夫ですか。手伝いますよ」
「あ、ああ。ありがとう達也君」
散らばった荷物をかき集める胡桃父の取り乱し方を見て、俺の脳裏を小抜先輩の潤んだ瞳が掠める。
「あの……うちの先輩と何かありました?」
ガシャガシャガシャ。
集めた荷物を全部ぶちまける胡桃父。
「た、達也君! なっ、なにが、何があったと言うんだね!」
「え? いや、何もなかったんですよね?」
「もちろんだよ! さ、胡桃帰ろう!」
「はーい。じゃあ達也、また明日学校でね!」
委員長と胡桃父……何があった……? いや、何も考えまい。
慌ただしく出発する胡桃親子を見送りつつ、俺は背後に迫りつつある気配を無視しようと身構える。
……いや待て。こいつには優しくすると決めたんだった。
「お前、まだ居たのか……」
おっと、優しくすると決めた矢先についつい本音が。
「ついにデート終了ね」
「利根川、今日は世話になったな。おかげで何事もなく———」
頭の中を色々な出来事が去来する。
「……えっと、多少は色々あったが、上手くいったぜ?」
「当然よ。私のプランに狂いはないわ」
「じゃあ俺はこれで」
その場を去ろうとする俺の服を掴んでくる利根川。
「まだ総括が済んでないわ。私の初デート、キッチリ振り返りをしないと」
「……え? お前のデートじゃないよね……?」
「なっ!? ここまで関わったら、私がデートしたみたいなもんじゃない!」
そういうもんか……って、やっぱりデートしてないよね? 利根川の奴、デートしたさについに……?
「お、おう、そうだな……これはもう、デートしたようなもんだよな?」
「そう、あれよ。これがダブルデートって奴よ」
……そんな悲しいダブルデート嫌だ。
パチパチパチ……。突如響く拍手の音。
「感動的な場面を見せてもらったわ」
拍手をしながら姿を表わしたのは放虎原。
なんでここに居る。
「お前まで覗いてたのか?」
「失礼ね。そこのファミレスでデートの反省会兼クラス会が始まるから、向かっているところよ」
「クラス会って……クラスの連中、みんないるのか?」
「まさか。半分くらいよ」
俺のクラス、半分も馬鹿がいた。
「そっか。じゃあ俺、帰るから。みんなによろしく」
そそくさと逃げ出そうとする俺の両側から、二人の女子が腕をつかんでくる。
「馬鹿言わないで。あなたの口から菓子谷さんの可愛いトコを50個くらいは聞かないと皆の気が済まないわよ?」
馬鹿はどっちだ。
あ、こら、俺を引っ張るな。
「喜びなさい。これが両手に花ってやつよ」
「ひょっとして……これもダブルデートにあたる……?」
「あたらないぞ———って、やっぱあたってる! 放せって!」
俺はなす術もなく、地獄のクラス会に連行される。
……白状しよう。
両腕に伝わる柔らかい感触に俺は抵抗できなかった———いや、しなかったのだと。
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