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20 デート専用Ⅳ号弁当D型

「おおーっ!」


 公園のベンチ。弁当箱を開けた俺達は思わず歓声を上げた。


 利根川謹製。公園ピクニック対応型、デート専用Ⅳ号弁当D型。

 屋外で食べることを考慮したのだろう。オカズは全て一口大に作られて、汁の出る献立は入って無い。


 しかも主食は丸くして楊枝で留めたロールサンドイッチとミニおにぎり。もちろん、どちらも一口大だ。


「頂きまーす!」

「ほら、ちゃんと手を拭いてから。それとちゃんと楊枝で刺して食べる」


 胡桃の小さな手を拭いてお茶を注ぐ。気が付けば早くも胡桃の頬が膨らんでいる。


「これ美味しいよ。達也も食べなよ」

「詰まるからちゃんと飲み込んでから、次のを口に入れるんだぞ。あ、ほら、言わんこっちゃない。お茶飲んで」


 ……なんか食べる前に疲れたぞ。



 ―――釣果は結局、胡桃のブルーギル一匹。

 俺は『ボウズ』だったわけだが、むしろブルーギルが釣れて困るより余程いい。利根川の家に届ける訳にもいかないし。


 ま、胡桃がやたら楽しそうだったのが何よりだ。

 俺はお茶を啜りながら、改めて弁当を眺める。 


「……これ、食べやすいように小さく切ってあるんじゃなくて、最初からその大きさで作ってるんだ」

「へーえ。作るの面倒だね。利根川ちゃん、なんでそんなことしたのかな?」

「その方が見た目も綺麗で崩れにくいんだ。味や食感も偏りが無くなるし―――」


 ……それだけだろうか。デート職人(マイスター)、利根川紅葉。

 彼女の実力、まだまだ底が深そうな気配がする。


「達也はいつも難しいことばっか言ってるねー。これ美味しーよ。はい、あーん」

「―――ん?」


 胡桃が差し出してくる海老団子を食べようとした俺は思わず手を叩く。


「あーん、だ!」

「ほへ?」


 この弁当―――恋人同士が『あーん』をすることに特化して作られているのだ。オカズが全て2個ずつになっているのもその為だろう。


 利根川紅葉……なぜここまで出来る女なのに、一度もデートが出来ないのか。


「達也、どったの?」

「いや……これからはもうちょっと利根川に優しくしようと思って」


 俺は口に放り込まれた海老団子を噛みしめながら、世の理不尽に思いを馳せた。



 ―――

 ――――――


 ボート乗り場の受付小屋では、麦わら帽子を深く被った女性が店番をしている。


「すいません、手漕ぎボートをお願いしたいんですけど」

「はい———って。あら、市ヶ谷君じゃないの」

「委員長っ!?」


 麦わら帽の陰から顔を見せたのは図書委員長、小抜加夜。

 相変わらず怪しい色気を漂わせながら、何やら口の端をにまりと上げる。


「———偶然ね」

「あ。委員長、こんにちわ!」

「あら、菓子谷さん。今日も可愛いわね」


 カウンターに身を乗り出す胡桃の頭を撫でながら、首筋ににじむ汗をハンカチで押さえる委員長。


 この人、見た目だけなら美人で色っぽくて言うことは無い。

 ……見た目だけなら。大事なことなので二度言った。


「今日は二人でデート? お熱いわね」

「へへー、いいでしょ!」


 カウンターに上体を預けて足をぶらぶらさせてる胡桃を持ち上げて降ろす。 


「胡桃、上に乗らないの。委員長、こんなところでバイトですか?」

「ええ。私、この公園が大好きなの———」


 委員長は頬に手を当て、細い首を傾げて見せる。


 そうなのか。夜の街が似合うこの人だけど、意外と公園みたいな牧歌的な場所が好きなんだな。

 やはり人を偏見の目で見るのは良くない——


「———何故ならこの公園、夜は愛し合う二人の逢引きスポットとして有名なの。想像しただけでワクワクしてくるわ」


 ……偏見、合ってた。


「……覗きとかしてませんよね?」

「相変わらず失礼な人ね。私は覗かなくても想像だけで捗る女よ?」


 小抜委員長は潤んだ瞳で髪の先をくりくり捩じる。


「例えばあなた達二人のことも想像で———」

「———今の会話は聞かなかったことにしときますね。今すぐ手漕ぎボートを一艘、お願いします」


 俺は胡桃の耳を塞いでいた手を離す。


「あなたは失礼な上に口まで悪いわ。菓子谷さん、市ヶ谷君はお付き合いの際、体格差を考慮してくれてる?」

「……委員長、俺もそろそろ本気で失礼なこと言いますよ?」


 ……この人のセクハラは、微妙に理解にタイムラグが生じるところが手に負えない。


 委員長の言葉の真意が伝わったのかどうか。胡桃は目をパチクリさせながら、真っすぐ委員長の瞳を見返す。


「んー、良く分かんないけど。歩く時は歩調を合わせてくれるよ?」

「…………」


 胡桃の澄んだ瞳から逃れるように、思わず視線を逸らす委員長。


「……市ヶ谷君。今の言葉聞いたかしら? これが綺麗な心というものよ。それと比べて彼氏さんの穢れた心といったらどうかしら」

「同意ですが、委員長に言われるのは釈然としないです」


 穢れた俺達の会話を尻目に、胡桃は池の方をチラチラ見ている。


「ねえ、委員長。それよりボート貸して欲しいんですけど」

「そうだったわね。でも、ご期待には沿えないかもしれないわ」

「えー、借りられるボート無いの?」


 見れば、船着き場には繋がれたボートが数艘。全部予約済だったりするんだろうか。


「あるにはあるんだけど心配が一つあって———」


 小抜委員長は困ったように唇に指をあてる。


「一見、ボートの中に寝そべれば視界が遮られるように思えるでしょ? でも実は展望台や橋の上からは見えてしまうから、公然わいせつの要件を満たしてしまうの」

「……見えても困るようなことはしませんからね? 安心して貸してください」


 ……駄目だこの人。

 俺は胡桃を持ち上げると自分の背後に隠す。


 この人を胡桃の前に出すのは禁止しよう。小抜委員長、当分は禁胡桃だ。


「それなら3人乗りのボートならすぐ用意できるわ」


 委員長は受付小屋から出てくると、ボートの綱を器用に解いた。


「さあ、市ヶ谷君が後ろ向きに乗って。反対側に私と菓子谷さんが乗るから———」

「ナチュラルに一緒に乗ろうとしないでくださいよ」

「あら、菓子谷さんが落ちないように膝の上で支えようと思って。遠慮しなくていいのよ?」


 ……遠慮?


 そろそろとっておきの失礼をしようかと思った矢先、胡桃が逃げるように俺の背後に隠れた。


「えー、でも委員長の触り方、イヤらしいからヤダ」


 いいぞ、胡桃。もっと言ってやれ。


 流石に今の一言が効いたのか。委員長は反省したように顔に手を当てる。


「……私、今のは流石に反省したわ。猛省する」

「良かったです。委員長のこと嫌いにならずに済みました」


 反省はもう済んだのか。ふと何かに気が付いたように顔を上げる委員長。


「それはそうと菓子谷さん。録音するから、さっきのセリフもう一度言ってくれない?」

「……理由は聞きません。じゃあ、ボートお借りしますね?」



 委員長の禁胡桃、無期延長の瞬間である。

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― 新着の感想 ―
[一言] あーんしあえる様に。 たしかに決戦兵器だ。 嫁にお願いしてみよう。
[良い点] 一番爛れていたのはいいんちょだったというオチ。 トネちゃんは他人の為には力を発揮できるけど、自分に活かすのは難しい模様。 そういうの、嫌いじゃないので誰か貰ってあげてほしい。 いいんち…
[良い点] ひとくちさいず [一言] なーるほどー
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