02 守ってあげたくなる女子ランキング一位 菓子谷胡桃2
「……お前ら。それ、本人の前でする話か?」
頬をひくつかせながら、本人がゆっくりと本から顔を上げる。
犬吠埼景子。実は最初からすぐ隣にいたのである。叙述トリックの一つと思ってくれていい。
俺はすかさず『疑惑の保健医』で犬吠埼の身体をスキャンする。
年齢 16
身長 165センチ
体重 53キロ
バスト F
――高校一年生にしてこの数値は素晴らしい。俺はしみじみ頷いた。
「それにお前ら今日は当番じゃないだろ。借りたらとっとと帰れ」
シッシと手を振ると犬吠埼は本に目を戻す。
しかしそんな犬吠埼に魔の手が迫る。胡桃が犬吠埼の背後にこっそり忍び寄ると、後ろから手を回して犬吠埼の胸を揉みしだいたのだ。
「うわっ! 菓子谷、なにすんだ!」
「うへへー、犬ちゃんいいなー、ちょっと分けてよー」
胡桃の奴、聞き捨てならないことを言う。
「馬鹿言え。分けたら犬吠埼の乳が減るだろ。二人のBカップより、一人のFカップだ」
「こんだけあれば、私もDは狙えるぞ!」
「……それほどなのか。じゃあ、少し分けてもらっとけ」
「てめえら二人ともいいかげんにしやがれ!」
犬吠埼は立ち上がると、胡桃の顔をガッツリ掴んだ。
そして、アイアンクローの体勢のまま、小柄な胡桃の身体をゆっくりと持ち上げる。
……マジか。ヤンキー、強いぞ。
「いたたたたっ! 犬ちゃん、浮いてるっ! 浮いてるってっ!」
「浮かせてんだよ。お前の胸には掴むもん無えから、代わりにこっちで許してやる」
「ふにゃああああっっ!」
しばらくすると気が済んだのか。ぐったりとした胡桃を椅子に下ろすと、犬吠埼は俺をじろりと睨みつける。
「おい、市ヶ谷達也。ちんまいの連れてとっとと帰れ」
「分かった分かった。おい、胡桃帰るぞ」
俺は素直に降参すると、顔を押さえてうずくまる胡桃を持ち上げて立たせてやる。
「達也ー! 私、顔凹んでない? めっちゃ痛かったよー!」
「ちょっと凹んでるけど大丈夫だって。赤ちゃんって、生まれたては指で頭が凹むんだぜ?」
「へ? 私赤ちゃん? まだ頭が凹むの?」
「確かお前、5才くらいまでは凹んでたな。俺良く、押してたし」
「だからかー! だから私の背が伸びなかったのかー!」
「それは遺伝だろ。さあ行くぞ」
俺が図書室を出ようとすると、
「――待て、市ヶ谷」
俺の背中に犬吠埼の険しい声が掛けられる。
「なんだ?」
「……さっき、スマホで動画撮ってなかったか?」
「…………」
バレた。
胡桃が犬吠埼の胸を揉むシーン。しっかり4K画質で撮影していたのだ。
嗚呼、俺のお宝画像になるはずが。
言葉に詰まる俺を、殺し屋のような眼で睨む犬吠埼。
……こうなったら言い逃れはできないな。
「分かった。消す。消すが、せめて明日の朝まで猶予はできないか?」
犬吠埼がゆらりと立ち上がる。
「辞世の句代わりに一応聞いておいてやる。……なんでだ?」
「せめて一度くらい使ってから――」
最後まで言わせてもらえない。犬吠埼の長い指が、俺の顔面をガツリと掴んだ―
◇
図書室を追い出された俺達は、並んで下駄箱に向かっていた。
「犬吠埼やべえ……。なあ、俺の顔、本当にちょっと凹んでるぞ……」
「ほらー。やっぱ犬ちゃんの指は頭蓋骨を凹ませるんだよー」
犬吠埼、見た目に違わぬ武闘派だった。
ジャンプ漫画なら、伝説のスケバンの子孫とかのエリート血統キャラに違いない。
「……それよりさ。私、考えたんだけどね。彼氏さえ作っちゃえば、変な奴らに声かけられないと思うんだよー」
胡桃の奴は手の形に赤くなった顔をさすりながら、そんなことを言い出した。
そういや、こいつの恋愛相談してたんだっけ。
「じゃあ妥協してロリコンの彼氏でも作るのか?」
「いやいや、ロリコン除けにロリコンの彼氏作るって意味分からんやん。だから、まずは偽物の彼氏でもいいかなーって」
偽彼氏か。まあ、告られ防止には役立つだろうが。
……ただ、彼氏役の男が必要になるよな。偽彼氏から本物の恋人って漫画ではよくある展開だ。
結果、ロリコンではないまともな彼氏ができるんなら、歓迎すべきことかもしれんが……
正体不明な胸のモヤモヤに戸惑っていると、胡桃はいきなり、ててーっと窓に駆け寄る。
「お! カラスだ、カラス! すぐそこにいるぞ! 触らせてくれるかな?」
そういやこいつ、動物を見るとテンション上がる系女子である。
俺は胡桃の首根っこを掴んで引き戻す。
「こら、噛まれるぞ。そんなことより偽彼氏の件だけど」
「うん、いい考えでしょ?」
にぱりと笑う胡桃から、さり気に視線を外す。
「かもしれんが。だからって変な奴と恋人ごっこなんてすると面倒事が増えるぞ」
「ロリコンじゃなければ大丈夫でしょ? だからさ、私の周りのロリコンじゃなくて手頃な奴っていえば――」
「まあ待て。ロリコンは一人見つけたら十人はいると思え。世の中のロリコンのほとんどは健常者を装っているんだ」
「……じゃあ私の周りのロリコン率、やたら高くなんない?」
「そりゃお前、ロリコンホイホイだしな。しかも高性能の」
この才能、どこかで平和利用が出来ないものか。例えばこいつを絞った汁でロリコンを集めて一網打尽に――
「うーん、私の考えてる候補は大丈夫だと思うんだけどなー」
「とにかく相手は選べよ。お前、可愛いんだから自衛しないと」
「ふぁっっ?!」
胡桃の奴が、蛙を踏んづけたような奇妙な声を上げた。
「い、今なんてっ!? もう一回!」
「え? 相手は選べって――」
「そっちじゃなくてっ!」
「だからお前、可愛いんだから自衛しろって」
「―――!」
胡桃が言葉にならない呻き声を上げながらしゃがみ込む。
なんなんだ。男の性的欲求への対処を女性の責任にするのは間違っている、とかそういった界隈の話だろうか。
「お前、今日ちょっとおかしいぜ。送ってやるから早く帰るぞ」
「あーもう、あーもうっ! 言わせるかっ! 女にここまで言わせるかっ!」
胡桃は意を決したように立ち上がると、俺にグイと顔を寄せる。
思わず後ろに下がる俺に、胡桃は顔を耳まで赤くして指を突き付けた。
「だ、だから! あんたが私の偽彼氏になればいいじゃない!」