19 デート職人 利根川紅葉
水面にプカリと浮くウキを眺めていると、日頃の疲れもプカリと浮いてどこかに消えていくようだ。
「癒される……」
……頭のおかしいクラスメートも何もかも、一緒に空に飛んで行ってくれないだろうか。
隣では、おやつ昆布をしゃぶる胡桃も、ほけーっと気の抜けた顔でウキを眺めている。
「達也。こうやって二人でウキ眺めてると、私達あれみたいだよね。確か、熟年―――」
胡桃は思い出そうと昆布を口から垂らしたまま空を眺める。
「熟年―――離婚?」
「……熟年夫婦な」
段階、色々すっ飛ばしすぎだろ。
水面に突き出るウキの模様が少し変わったようだ。
ゆっくりと竿を上げると、餌だけ消えている。
「胡桃と釣りなんて久しぶりだよな。今日はどうして釣りに誘ってくれたんだ?」
俺は練り餌を付け直すと、さっきと同じ位置にそっと仕掛けを落とす。
「なんとなくだよー。正直、釣り自体には開始2分で飽きたけど―――」
準備した胡桃父の立場は一体。
「こうやって二人で座ってるだけで、こんなに楽しいんだねー。これは高校生にも熟年夫婦のブームくるよ」
「ブームになるまで40年くらいかかるんじゃないかな……」
40年後か。俺は一体どこで何をしてるのやら。
そして胡桃は、年相応な見た目に育っているのか……?
「そういや胡桃。前に彼氏欲しそうなこと言ってたけど。俺とこんなことしてちゃ彼氏できないぞ?」
「え? そ、それはただの―――」
「ただの?」
「しょ、将来的な目標というか、永久就職に向けた作戦というか」
「……お前、もう婚活も視野に入れてるのか?」
そんなこと考えるの、もうちょい育ってからでもいいんじゃなかろうか。
時折風にあおられ、帽子に首を持ってかれそうな胡桃を見ながらそう思う。
「しばらくはこのままでいいんだよ、毎日楽しいし」
言って歯を見せて笑う胡桃。
まあ、割と楽しいのは俺も同意だ。
……今日のデートみたいにじっとしていてくれれば、更に言うことは無い。
確か午後からはボートの予定だし、まさか胡桃と言えども池に飛び込んだりはしないだろう。ボートの上で大人しくしてくれるはずだ。
「利根川プロデュースののデートプラン、実はよく考えられてるのか……?」
妄想ガール利根川紅葉。隠された才能の発揮である。
「あー、この服は利根川ちゃんか。家の前に置いてあったから誰かなーって思ってたんだけど」
「……お前、何だか分からない物に危機感無さすぎだろ」
ぼんやり眺めている水面。
ふと、胡桃のウキが消えているのに気付く。
「おい、引いてるぞ!」
「っ! 来たっ!」
胡桃が大きく竿を跳ね上げる。
激しい引きに負けじと竿を引く胡桃。
間もなく20cm超の魚影が水面を叩き始める。
フナ―――にしてはちょっと違うな。
妙にとげとげしくてカラフルだ。
「網で掬うから、ゆっくり竿を立てて」
岸辺に近付いた魚を網で掬うと、胡桃が興奮気味に覗き込む。
「なんか凄いカッコいいフナだ! あれだよね、課金とかしたら出てくる奴だよね?」
「いや、これ……ブルーギルだな」
いわゆる特定外来生物という奴だ。
生態系に影響を与えるため放流はもちろん、地域によってはキャッチアンドリリースも禁じられている。
「逃がしちゃ駄目なの? じゃあ、うちで金魚と一緒に飼えるかな」
「……飼えるっちゃあ、飼えるけど。ブルーギル視点では餌も豊富だし」
俺はスマホでブルーギルについて調べる。
「そもそも移動も飼育も禁じられてるみたいだ。残念だけど―――」
「―――そもそもブルーギルは食用として日本に入ってきたの」
カシャカシャカシャ。突如聞こえるスマホのシャッター音。
「あ、利根川ちゃん!」
「お前、まだ帰って無かったのか。つーか今、胡桃の写真撮ってなかった?」
利根川はしゃがみ込むと指でブルーギルのサイズを測る。
「―――だから、むやみに殺したり再放流するんじゃなく、ちゃんと食べるのが元々の利用法よ」
「だから勝手に写真は―――」
「淡白な白身は油によく合うわ。―――任せて、3時のお茶の時間に合わせるから」
……え? また来るの?
迷惑そうな俺の表情を知ってか知らずか、利根川は俺の耳元で低く囁く。
「それと今度学校で、今日の弁当の感想も聞かせて。本番に備えて改良を加えるわ」
「弁当も利根川が作ってくれたのか?」
「もちろん。―――デート専用Ⅳ号弁当D型。公園ピクニック対応型よ」
利根川はビニール袋にブルーギルを突っ込むと、颯爽と踵を返す。
―――デート職人、利根川紅葉。デートを邪魔するものは魚類ですら容赦はしない。
……いやホント、もう来ないでくれないか。
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