18 きっと楽しいピクニック
日曜日の朝。
本日のデートは夢見るガール利根川の計画に基づくものである。
一日の始まりは池のほとりの場所取りからだ。
タイムスケジュールによると―――場所取りは朝5時から。
……いくらなんでも早すぎる。胡桃との待ち合わせは9時だぞ。
俺が待ち合わせ時間の30分前に着くと、そこには風に吹かれて黄昏てる利根川の姿が。
利根川は俺に気付くと、悪い目つきを更に険しくして睨みつけてくる。
「市ヶ谷、あんた3時間半の遅刻よ? 菓子谷さんじゃなくたって、普通帰るからね?」
「……利根川、なんでいるんだよ」
「決まってるでしょ。あんたがちゃんと時間通りに来るか、見張ってたのよ」
……朝5時から? マジか。
「なんでお前、そこまでするんだ?」
しかもなんかちょっと可愛い恰好しているし。
あれ……今日、こいつとデートだっけ?
「だ、だってプランを作ったからには、ちゃんと上手くいくか確認しないと……自分の番になった時、困るじゃない!」
何故か顔を赤くして照れる利根川。
こいつまさか、一日一緒にいるつもりじゃないだろうな……?
「利根川、俺が本当に5時に来たらどうするつもりだったんだ?」
「え、あんたと5時から……?」
利根川は眉を寄せ、俺を足元から頭の上まで嘗め回すように見つめてくる。
「まあ……しゃあなし……かなあ……」
何の話だ。
「とにかく結果は学校で話すから。そろそろ帰ろうぜ」
「せめて菓子谷さんが来るまでは居るわよ。邪魔はしないって」
……既に結構邪魔だぞ?
「それに釣りをするんでしょ? なんであんた手ぶらなのよ」
「ああ、胡桃が全部用意してくれるって」
「はあっ?! 何であんた彼女に荷物持ちさせてるのよ!」
何でお前が怒ってるんだ。
「あのな、お前が俺だけ早く来て場所取りする計画立てたんだろ? 胡桃はお父さんに荷物と一緒に送ってもらうことになってんだって」
「デートに父親に送ってもらうって……いやでも、一周回ってそれもあり……?」
利根川は手帳を取り出すと、なにやら勢いよく書き込み始めた。
そして手帳は何気に№6に突入している。
「だから胡桃のお父さんに見られても面倒だしさ。利根川はそろそろ帰ろう。な?」
「……そういうことなら仕方ないわね。じゃ私は―――」
チラリと、公園の展望台に視線を送る。
「そろそろ帰るわ。菓子谷さんをよろしくね」
「お前、展望台から覗く気じゃないだろな?」
「安心しなさいよ。私はそんなことしないわよ」
「じゃあいいけど。色々と世話焼いてくれてありがとな」
「……私は自分のデートの予行練習に付き合っただけだからね。」
「これ、練習になったか……?」
デートの予行練習、か。
軽く手を上げてその場を離れる利根川の後ろ姿を見送りながら、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
俺も似たようなもんだ。
胡桃と偽のカレカノやりながら、いつか来る日に備えてこんなところにデートをしに来て。
……いつか来る日。
その時、俺の隣には胡桃じゃない誰かがいるのだろうか。
いや。単に胡桃の隣に誰かいて、俺の隣には誰もいなくなる可能性の方がよっぽど大きいよな。
あいつのロリな見た目だけじゃなく、どうしようもなく甘えん坊なところとか、いつも笑顔で笑ってて、考えるより動くのが早くて、動物が好きで。
それでいて意外と思いやりがあって、裏表のないそんなところを―――好きになって、胡桃の心を射止める男が。
「おーい、達也! お待たせー!」
俺の物思いを吹き飛ばしたのは、胡桃の明るい大声だ。
手をブンブン振りながらこちらに駆けてくる胡桃は白く大きな帽子を押さえながら、脚にまとわりつく白いワンピースをなびかせている。
「転ぶから走るなよ! おい、“フリ”じゃないから! 走るなって!」
駐車場に着いたら電話するように言ってたのに、荷物はどうしたんだ?
ふと見ると、その後ろに荷物を抱えて歩く人影。
……あ、胡桃のお父さんだ。
胡桃父から荷物を受け取ろうと駆け寄ると、白い影が俺に突っ込んできた。
「えーい!」
「うわっ!」
突っ込んできた胡桃を受け止め切れず、草の上に倒れ込む。
俺の身体の上、胡桃が帽子を押さえながら笑顔を見せる。
「お待たせ! 待った? ねえ、待った?」
「お前その服、ひょっとして利根川からの借り物だろ。ほら、汚しちゃ駄目だって」
胡桃を立たせると、ワンピースの草を払う。
まったく、胡桃にお嬢様っぽいワンピースとか着せるんなら、鎮静作用のあるハーブティーとか飲ませて落ち着かせてからじゃないと―――
「達也君、久しぶりだね」
「あ、おじさん。ご無沙汰してます」
胡桃父。大企業に勤めるという真面目一筋のイケメンである。七三分けだけど。
家族ぐるみの付き合いの中、アウトドア等のイベント時も徹底した準備と手際で完璧なホストぶりを見せつける。
「今日は胡桃がわがまま言ったみたいで悪いね」
「あ、いえいえ。俺も暇してたんで」
何故この父からあの姉弟が生まれたのか―――うん、母親の血だな。間違いない。
「それはそうと達也君―――」
カバンをゴソゴソやってる胡桃を確認すると、胡桃父は俺の耳元に口を寄せてくる。
「―――最近、胡桃の様子が変なんだけど。君は何か知ってるかい?」
「え」
「例えば、君と胡桃の関係に―――何か変化が生じたとか」
……思い出した。
胡桃父。普段は優しい人だが、何故かたまに俺を殺し屋のような眼で見て来るのだ。
「い、いえ、今まで通り仲良く友達付き合いを……させてもらってます」
「……そうか。信用しているよ、達也君」
そっと身体を離す胡桃父。
「ねえ、達也。アイス持ってきたから溶ける前に食べようよ!」
「あ、ああ。じゃあ、あっちに荷物移そうか」
胡桃父はいつもの笑顔に戻ると、にこりとほほ笑んだ。
「じゃあ達也君。胡桃のこと―――頼んだよ」