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15 菓子谷家の人々


「……達也お兄ちゃん、いらっしゃい」


 音も無く階段を降りて来る人影は、胡桃をそのまま一回り小さくして髪を短くした姿をしている。


 ―――瓜二つにも関わらず印象が全く異なるのは、漂う儚げな雰囲気だ。

 胡桃が青空の太陽だとしたら、雲の隙間に見える薄月といったところか。


美鶴みつる、いたのっ?!」


 驚く胡桃に薄く微笑み返すと、美鶴は困ったように首を傾げた。


「うん……今日ちょっと疲れちゃって。教室、お休みにしてもらったの」


 まるで体重を感じさせない足取りでリビングに降り立つ美鶴。


 反射的に視線が走査を始めるが、倫理回路が働いた俺のスキルは沈黙。

 なにしろ美鶴は8才だ。


美鶴みつる、いたんだ。お邪魔してるよ」

「お兄ちゃんならいつでも歓迎だよ」


 胡桃がトテトテと歩み寄り、美鶴の額に手を当てる。


「美鶴、教室休んだって熱でもあるの? 気分は悪くない?」

「休んだから大丈夫。それより、今日はお兄ちゃんにお礼を言わないと」

 

 美鶴は胡桃の腕の中からするりと抜け出すと、俺の正面、顔を見上げる距離まで身体を寄せて来る。


「この前はありがと……お兄ちゃんの言った通りにしたら上手くいったよ?」

「そうか良かった。美鶴、頑張ったな」

「こう見えても僕、男の子だからね」


 悪戯っぽく笑う美鶴。


 そう、彼は胡桃の弟、菓子谷美鶴かしたにみつる

 御年おんとし8歳の少年である。


「胡桃に聞いたぞ。柔道始めたんだって?」

「うん。ほら、見て。僕もちょっと力こぶが出来たんだよ」


 美鶴は細い腕を俺に見せ付けてくる。

 それでも昔に比べたら、少し男の子っぽくなってきた気がする。


「柔道の練習、大変だろ」

「大変だけど、教室の先生も先輩たちもすごく優しくて。僕、寝技の才能あるんだって」


 言って自慢げにクスクス笑う。


「クラスでも香蓮かれんちゃんに女の子みたいってからかわれなくなったよ」

「そうか。凄いな」

「あのー……なんか仲良さげなところ悪いんだけど」


 胡桃が納得いかない風に俺達の間に割り込んでくる。


「香蓮ちゃんとか、女の子にからかわれるとか……なんのことかな?」

「悪い、胡桃には秘密にしてたんだけど。美鶴、クラスの女の子にしつこくからかわれていて、相談を受けてたんだ」

「えっ?! 達也、どうして私に言ってくれなかったの?!」

「……そうだな、すまん。俺が悪かった」


 今度は美鶴が俺と胡桃の間に割って入る。


「待って! お姉ちゃんに心配かけたくなくて、言わないでって僕がお願いしたんだよ。達也お兄ちゃんを怒らないで」


 美鶴は俺を庇う様に腕にしがみついてくる。


「そうだったの……ごめんね、達也」

「いや、胡桃が怒るのも無理はないよ。俺ももっと考えるべきだった」

「ストップ―――もう、誰も悪くないんだからね。二人とも……謝らないで」


 美鶴は怒ったフリで俺達を止めると、今度は得意気に胡桃に向かって胸を張る。


「それにね、お兄ちゃんの言う通りにしたら香蓮ちゃんと仲直りできたんだ。そういうことされたら嫌だよって、もうそんなことしないでって……ちゃんと話をしたら、意地悪してこなくなったんだよ?」

「それは分かったけど。女の子―――香蓮ちゃんにからかわれてたって……どんな事されてたの? 先生には相談した?」

「えっとね……知らないうちに髪の毛にリボン付けられてたり」


 あー、似合いそうだな。

 ……いやいや、嫌がる相手にそんなことをしてはいけないぞ。


「遠足のバスの席……仲良しの翔君と一緒のはずが、勝手に香蓮ちゃんが隣に座ってきたり」


 楽しみにしていたバス遠足で、そんなことをしてはいけないな。

 ……気のせいだろうか。なにかちょっと、話が違ってきたような気がしないでもない。


「林間学校の時は、騙されて女子のテントに入れられちゃって大変だったし」

「……その話、今度胡桃がいない時にじっくり聞かせてくれないか?」

「達也……ちょっと後で話があるよ?」


 え……だって気になるじゃん。

 俺は胡桃のジト目から目を逸らす。


「そういえば、リコーダーの先っぽが香蓮ちゃんのと入れ替わってたこともあったよ。なんで香蓮ちゃん、そんなことしたのかな」


 ……なるほど。なんとなくだけど大体分かった。


 ―――大変なことが起きている。


 俺は真剣な顔で美鶴に向き直る。


「美鶴、もしかしてだけど―――」

「ひどいじゃないっ!」


 ドン、と胡桃が足を踏み鳴らす。


「分かった、お姉ちゃんがガツン! と言ってあげるから! 香蓮ちゃんとやらと話付けたげる!」

「でも、香蓮ちゃん。そんな悪い子じゃないんだよ? 調理実習で焦がしたから食べて始末しときなさい、ってクッキー押し付けられたんだけど―――」


 美鶴はそう言ってクスクス笑う。


「―――全然焦げてないし、食べたらとっても美味しかったんだ。失敗したのと間違えちゃったのかな? 可笑しいよね」


 なるほどなるほど。

 うん、美鶴も香蓮ちゃんを嫌ってるわけではなさそうだし。


 この先は若いもんに任せて―――


 ふと、俺の視線が窓の外に留まる。


「……なあ、美鶴」

「どうしたの、お兄ちゃん」

「その香蓮ちゃんって女の子……背は美鶴君より少し高くて―――」

「うん、そうだね」

「ひょっとして髪型はポニーテールで赤いリボンしてて、ちょっと巻き毛の可愛い子……だったりする?」


 美鶴が信じられないとばかり、目を輝かせる。


「凄いや! なんでそんなこと分かるの?」

「いや……うん……なんか今、窓の外に見えたような気がして」

「え?」


 美鶴と胡桃が窓の外に目をやるが、そこには無人の庭があるばかりだ。

 あれ、見間違い……? いや、でも―――


「もう、達也お兄ちゃんったら冗談ばっかり」


 冗談と思ったのか口元を押さえて笑う美鶴。


「それにお姉ちゃんもそんなこと言わないで。僕もいつまでも弱虫じゃないから、自分でガツンと言えるんだよ?」

「ホント? 喧嘩になったら自分で戦える?」

「やだな、僕は喧嘩なんかしないよ」


 言った後、美鶴は何かを思い出したように表情を曇らせる。


「でも……もう変なこと言うの止めてって言った時。香蓮ちゃんが叩いてきたから、両方の手首掴んで壁に押し付けちゃって……謝ったけど、痛くなかったかな?」

「そっか。でも、女の子に暴力はふるっちゃだめだぞ? 俺と約束しただろ」

「うん……指切りげんまん……達也お兄ちゃんと約束したよね」


 美鶴は自分の小指を悲しそうに見つめる。


「僕、約束破っちゃったのかな……?」

「んー、喧嘩になっちゃったのは残念だけど。ちゃんと話をして、仲直りできたんだろ? じゃあ、俺は何も言わないよ」

「ありがと、お兄ちゃん。……ね、もう一回、おんなじ約束してもらって……いい?」


 美鶴はおずおずと小指を差し出す。


「ああ、何度だって構わないぞ」


 俺も小指を差し出した―――その途端。

 思いがけない力で俺を引っ張る胡桃。


「おい、どうした胡桃―――」

「ちょっと達也、こっち来て。いいから。ちょっと。早く」


 胡桃は俺を壁際に追い詰めると、顔の横に手を付こうとして―――届かずに俺の肩に手の平をポンと置く。


 壁ドンならぬ、肩トンだ。


「一人の姉として、承服しがたいところが何点かあるんだけど!」

「ああ、美鶴が女の子にからかわれてたってことだよな。黙ってて悪かった」

「あ、うん。それもなんだけど。えーと、まず確認だけど。美鶴は男の子よね?」


 ……それ、何の確認?


「なんだよ改まって。当り前だろ」

「で、達也も男の子」

「ああ……お前も知っての通りだ」


 4年前まで一緒に風呂も入ってただろ。


「そう! だから二人はいわゆる近所のお兄ちゃんと年下の男の子だよね?!」

「そりゃそうだ。胡桃、なに言ってんだ?」


 俺の言葉に、胡桃は何かに気付いたように目をパチパチさせる。


「……あれ? ひょっとして……私だけ? 私の心が汚れているだけ?」

「えっと……良く分からんが、そこだけは大丈夫じゃないかな」

「ありがとう達也。でも、私……達也が美鶴を男の子扱いしちゃう……そんな変な誤解をしちゃったの……」


 そこ、誤解の入る余地があるのか……? 


「私、汚れちゃった……汚れちゃったの……」


 胡桃は悲しそうに首を振る。


「そうか。うん、あんまり気を落とすなよ? 今度、スーパー銭湯連れて行ってやるから」



 ……胡桃、お前今日、本当にどうした?

 お兄ちゃん、本気で心配です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 安心するんや…くるちゃん。私もだ、フヒヒ。 まさかここで中原〇也さんの詩を目にするとは。
[良い点] まさかの弟とは、この海の(ry [一言] ツンデレかと思いきやヤンデレも発症していたか(汗<香蓮ちゃん
[気になる点] ん?ホラーコメディーってジャンルあったっけ?
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