第42話
『どっちにしても、わたしの中に入るためには全問正解めざして問題に答えてもらうしかないんだよねぇ♪ だあい好きなイオだけど、コレばっかりはズルできないよっ♪』
カリストの口ぶりからすると、この狂った空間もまだ「カリストの内側」には至っていないようだ。イオが推測するにこれは恐らく同期直結を試みるための「セキュリティゲート」のようなものらしい。この先に何があって、どのようなことをすればカリストを連れ還れるのかは判らないが、とにかく何としてもここを抜けて行かなくてはならない。イオは両手を強く握りしめ、決意を固める。
「わ、判ってるわよっ! 前フリはその辺にして、さっさと問題でも何でも出しなさいよっ!」
『えへへ~♪ 気合いバッチリだねぇ♪ ちなみに、1問あたりの制限時間は10スレッドタイムだから、現実時間に置き換えると“10/1億5千万”秒のことだけど、ここでだったら、だいたい10秒くらいに感じるかなぁ……そいじゃいっくよ~♪』
カリストが客席を煽るように腕を振り上げると同時に喝采が沸き起こり、すぐに静まる。
『第1問!』
まるでクイズ番組のように(と言うか、まったくクイズ番組である)「ジャジャン!」とジングルが鳴り、イオは相当に緊張しながら出題を待つ。そんなイオを横目に、もったい付けるかのようにカリストが問題を読み上げた。
『いま何問目?』
「……い、1問目っ!?」
あまりに単純な問題に不意を突かれ、思わず何も考えずに反射的に答えてしまったが、もしかしたら何らかの引っかけ問題だったのではないかとイオは自分の軽率さを悔いた。しかし万国共通の正解音が「ピンポーン♪」と高らかに鳴り、イオは安堵の息を漏らす。
『ムツカシイ~?』
「なっ!? それ以前の問題よっ!? コントじゃないんだから、もっとマトモな問題にしなさいよっ!?」
『えへへ~♪ いまのはサービス問題だよ~♪ そいじゃ第2問!』
再びジングルが鳴る。突飛なカリストのことだから、どのような難問珍問が出されるのか予想もできない。イオは全神経を集中させて傾注する。
『Pola homoj kiuj faris Esperanton?』
「なっ!? あんた……それ何語よ……?」
カリストの出題はフランス語のようにも聞こえるしスペイン語のようにも聞こえるが、まったく聞き慣れない言語で行われた。恐らく……文章が短めなので問題自体はそれほど複雑なものではないだろうが……。
『問題は何度でも読み上げるけど、ヒントとか言えないよ~♪』
「ぐっ……!」
そもそも、事前に何の説明も受けていなかったのだが、どうやら仮想空間内では現実時間から実質的に解放されている反面、その際に行われる処理のスレッディングに多大なリソースを用いるため、データベースの使用に大きな制限を受けているらしい。つまりリミッタがかかった普段の状態であるということだ。その気になればカリストが話した言語が何か、どういった内容なのか、それを調べることは可能かもしれなかったが、そうなると仮想空間内でのスレッディングが中止され、ほぼ現実時間と同じ(あるいはそれ以上の)時間が浪費される怖れがある。少なくとも「10スレッドタイム」など、瞬きもしないうちに過ぎ去ってしまうだろう。
アタマを叩いても何も出てこないのであれば、自力で考えるしかない。
「……文章の意味は判らないけど、たぶん最初の“Pola”は“ポーランド”で、最後の“Esperanton”は“エスペラント”よね? エスペラントといえば世界言語のエスペラントのことだろうけど……」
イオが焦りながら独りごちしていると霊感のように唐突にピーンと来た。何かの本で読んだことがある。
「エスペラント語を創ったザメンホフは確かポーランド人だったはず……だから、きっと問題は“エスペラント語を創ったポーランド人は誰?”って訊いてるんじゃ……」
『時間だよ~♪ 答えは~?』
ホエホエと笑いかけながらカリストが回答を促す。確固たる自信はなかったが、何にせよ答えなくては正解しようもない。イオは覚悟を決める。
「ザメンホフ! ザメンホフ! フルネームは忘れちゃったけど……」
『ピンポ~ン♪ イオってば、すっご~い♪ 正解はルドヴィコ・ラザロ・ザメンホフでした~♪』
カリストは嬉しそうに手を叩いている。会場も沸き立っていた。見事に難問をブレイクスルーできたイオも興奮気味であったが、相変わらず危機感の希薄なカリストにハラが立ってもいた。
「あんた、ホエホエ喜んでないで、助かりたいんなら少しは手を抜きなさいよっ!? 私があんたと同期直結できなかったら、あんた、死んじゃうかもしれないのよっ!?」
『わたしはイオといっしょに、あそこでずっとチュッチュってしてたいんだけどなぁ……』
カリストは夢見るような瞳で「お姫様ベッド」を眺めながら、普段と変わらない緊張感のない笑顔と言葉でもってイオの追求を軽くかわす。イオは気が抜けるばかりだったが、不意にムネを突く痛みを感じ、ハッとする。
――カリストの今の生活、人生は、常に多少なり誰かの犠牲の上に成り立っている……それにカリストは気付いてしまった――
ここへ来る前にリリケラが呟いた意味深な言葉がイオの脳裏に鮮烈に甦る。そして、テティスが指摘したようにカリストは自ら外部からの電源や冷媒の受け入れを拒んでいるのだ。さらに、ここでのカリストの言動は一見すると普段と変わらないようにも思えるが、イオは明らかにいつものカリストとは違うことを確信する。
「あ、あんた……まさかっ……!?」
『……そいじゃ第3問いっくよ~♪』
イオの悲痛な視線と言葉は大歓声に掻き消され、カリストに届くことはないようであった。