第36話
カリストを抱いたエウロパとテティスが相見える。イオとカリストのような関係を除いて、バイオロイド同士が、ましてや所属の異なる者同士が顔を合わせることなど滅多にあることではないが、今は何らかの感慨に耽っている場合ではない。ことさらエウロパにとっては、この「片付け屋」という仇名で呼ばれる得体の知れないバイオロイドがカリストの脅威たり得るのか否か、猜疑に満ちた視線でもって真っ向から黙ってテティスを見上げるばかりだ。焦れたテティスは語気を強めて再び問い質す。
「返事くらいしろ。お前はエウロパだな?」
「……私も決して愛想の良い性格じゃないけど、あなたほど高慢じゃないわ。創ってくれたヒトに感謝したい」
「下らない駄弁は止めろ」
エウロパの皮肉に表情を変えずに応じるテティス。エウロパも硬い表情のままテティスの出方を伺うが、先に折れたのはテティスだった。
「……文句なら私をこういう風に創った奴にでも言ってくれ。私はテティス……詳しい説明は不要だと思うが、お前たちが“片付け屋”と呼ぶ存在だ。この場の隠蔽に来た」
「なら、私たちには関係のないハナシのようね。こちらのことは気にしないで、好きに作業を進めるといい」
不興を買いすぎるのも危険だということは判っていたが、時間稼ぎのために強いて挑発的な対応を続けるエウロパ。だが、あくまでテティスは冷静かつ生硬な態度を変えるつもりはないようであった。
「カリストはまだ生きているのか?」
「バイオロイドは死にはしない……あなたの場合はどうなのか判らないけれども」
エウロパはテティスが乗ってきたパネルバンの向こう側、呼んでもいない救急車が停まったことを確認する。工作員の遺体を収容するための救急車なのだろうかと思ったが、戦闘用バイオロイド用の戦闘制服を着た二人連れが血相を変えて飛び出してきたので、どうやらガニメデとイオであると理解した。
「私たちは私たちのやるべきことをさせてもらうわ……今すぐにカリストを連れ戻さなくてはいけない」
エウロパは自分の頬が僅かに緩んでいることを感じた。テティスも新たな闖入者の到来を察し、自分が時間稼ぎの相手をさせられていたことに気付いたらしく、ヤレヤレといった感じで微かに表情を崩した。
「時間までにカリストが目を覚まさなければ、残念だろうがカリストは喪われたと見なし回収させてもらう……そのように会社から指示されている」
「そうならないように最善を尽くすわ」
テティスに対して挑発的な態度を取り続けたエウロパであったが、もうその必要もない。テティスなどに構っているような時間はない。
「イオ! ガニメデ! カリストはここにいる!」
エウロパが呼ぶまでもなく、イオもガニメデも小走りで駆け寄ってくる。イオなど両腕に相当な重量のユニットを抱えていたが、その重さを感じさせない素軽い動作でカリストの傍らへ立った。イオが見る限り、カリストは苦しさすら感じないほどにグッタリとしており、普段のカリストからは想像もできないほどに生気の感じられない重篤な状態に見えた。
「カリストっ!? カリストっ! 今すぐに……」
「エウロパ、お疲れ様。状況は?」
血相を変えてカリストに取り付くイオを手伝いながらも、ガニメデは冷静だ。エウロパも外部電源ユニットと冷却ユニットのケーブルをカリストの背中のハイドポートに接続するのを手伝いながら手短に応える。
「抽出炉は実質的に機能してない。対消滅炉も2基が停まってるわ……正直、あまり良好な状態じゃない」
「とにかく冷却を急ごう。今は外部電源が採れるから、対消滅炉の再稼動は後回しでいいと思う」
ここまで黙々と作業を進めていたイオが、緊張した顔を上げる。
「ハイドポートからの外部接続が確認できたっ! すぐに冷却と電源の送出を始めるわっ!」
外部電源ユニットと冷却ユニットを作動させる。信頼性に欠けるとのことだったが、とりあえず正常に電力と冷媒をカリストに送り始めたようだ。3人は食い入るようにモニタを見つめて、カリストの状態が改善されるのを待った。
……が、モニタが3人に突き付けたのは真っ赤なエラーの文言とエラーコードだった。外部電源ユニット、冷却ユニットともに作動を一時停止する。
「なっ!? なんなのよこれっ!?」
思わずヒステリックな声を上げるイオ。特にエラーコードを調べることもないまま、反射的にユニットを再稼動させる。だが、ユニットは何ひとつ務めを果たせないまま再びエラーコードを吐き出して作動を停めてしまった。
「も、もう1回……!」
予想を遥かに超えた外部電源ユニットと冷却ユニットの役立たずっぷりに、イオは完全に冷静さを失っていた。一方、当初は多少は浮足立ったガニメデとエウロパであったが、すでに冷静な思考を取り戻している。
「エラーコードを調べてみよう」
ガニメデがマニュアルを取り出そうとすると、すでにエウロパがページを開いていた。
「……コードからすると、ユニット自体の不調によるエラーじゃないわ。受け側……カリスト側の問題みたい」
「カリストは外部からの接続を意図的に遮断しているようだな」
3人の後ろでカリストの復旧作業を黙って見守っていたテティスが思わず呟く。
「あるいは……もはや正常に自己制御できなくなっているかだろう。我々にとっての“精神的な死”、いわゆる熱暴走という状態だ」
「たぶん、熱暴走なんかしていないと思う」
穏やかにテティスの意見を遮るエウロパ。
「保全権限を要しない範囲での外部接続に対しては正常に反応するし、ある程度の制御も受け付けている。おそらく……あなたが最初に言ったように、カリストは意図して外部からの接続を遮断しているのだと思う」
先ほどカリストに同期直結を試みて結果的に失敗に終わったエウロパは、この状況を多少なりとも受け入れ、理解することができた。どのような理屈でかは判らないが、少なくとも現状のカリストに外部からの接続は難しいようだ。だが、誰がどのようにしてカリストを助けることができるのか、確証はないが確信に足るヒントを今は得ている。




