第35話
迫り来る黒塗りのパネルバンの一群を前に、依然としてグッタリとしたままのカリストの手をエウロパは強く握りしめた。それが「片付け屋」であることは判ってはいたが、今はカリストを浚いに来た不吉な死神の群れのように思える。
「あなたのことは、私たちが護るわ。何も心配は要らない」
カリストに復旧のメドが付いている限りは「片付け屋」は何ら脅威にはならない。むしろ心強い「事後処理職人」たちだ。会社やバイオロイドにとって不利益になる事象に対して、着実に正確に迅速に取り組み、求められる中で最も高い成果で応える。それが「片付け屋」たる証だ。
翻って、彼女らの仕事を最も阻害するのは無為な時間の浪費である。事象の発生から時間が経てば経つほど、事態の収拾や隠蔽工作が困難になっていく。特に人間の生活圏内で発生した事象であれば、不用意に目撃されたり要らぬ詮索をされるリスクが時間の経過と共に高まっていくのは当然のことだし、それは「片付け屋」に余計な負担をかけるだけの面倒事でしかない。
要は、カリストの生き死にに関わらず、「片付け屋」が貸し与えてくれる時間には限りがあるということだ。それはエウロパもイオもガニメデも薄々感じていた。イオが考えていたように、多少の融通は付けてくれるかもしれないが、カリストが目を醒ますまで一緒に肩を並べて座って待つなどということは、絶対にしてはくれないだろう。事前に設定されているであろう作業完了時間に達すれば、仮にあと僅かでカリストを復旧させることができる状況だったとしても、その終わりを待たずに「回収」して行ってしまうはずだ。無情ではあるが、それが「片付け屋」という存在であるし、その無機質的なまでの高い意識があるからこそ、会社を、ひいてはバイオロイド全体を護ることができていると言える。仮に、いかにカリストが憐れむべき境遇にあったとしても、都合良く特別扱いすることはない。
すでにガニメデとイオは「片付け屋」のパネルバンの直後に迫りつつあった。ナビが示す現在位置と目的地の矢印も、ほぼ重なっている。いつの間にかイオは救急車の後席に移り、両腕にバイオロイド用の外部電源ユニットと急速冷却ユニットを抱え、いつでも即座に外へ飛び出せるように身構えていた。
「準備は整った?」
「マニュアルも暗記できるくらい読んだわ。ユニットは起動してあるから、あとはケーブルとフレキシブルパイプをカリストに繋ぐだけっ!」
臨戦態勢に入ったふたりは、緊張した面持ちで最終確認をする。
「先行する“片付け屋”も現着と同時に作業を始めるだろうけど、何としてでも先にカリストに取り付かないと」
「判ってる。このユニットも信頼性に難があるみたいだから、ダメになった場合は私がカリストに直結するしかない」
イオもまた、バイオロイド同士が許可なく同期直結することが禁じられていることを知ってはいたが、事と次第によっては禁則事項を乗り越える覚悟を決めていた。そんなイオを多少は頼もしく感じたのか、ガニメデはあえて茶化すような口調で問いただす。
「ってさ、やったことあるの?」
「あるワケないわよっ! でも必要なら何だって試すしかないわよ……うまくいくかどうかは後で考えるっ!」
「それは実に心強いね」
先行する「片付け屋」のパネルバンが、舗装路から側道の砂利道へ乗り入れたので、迷うことなくガニメデも続行する。砂利道の向こう側に見えるのは雑草の生い茂る一面の荒れ地だが、心なしか空中に青白いガス状の煙が漂っているように思えた。もうカリストはすぐそこにいるはずだ。
「現場にはエウロパがいる。間違いなくカリストを確保してくれているし、早々に“片付け屋”に引き渡したりはしないと思う」
「どうしてそんなこと言えるのよっ?」
どうしてそんなことが言えるのか、ガニメデ自身もよく判らなかった。どうにもイオとカリストが織りなす甘ったるい幻想に毒されてしまったような気がする。どのように言い返したらいいのか少しだけ迷ったが、ここは素直に思った通りに告げることにした。
「……僕が今こうやって君らの手助けをしているのと同じ理由……僕らは血と肉を分けた姉妹だから」
都合4台のパネルバンがエウロパとカリストの傍ら、跳躍爆雷が穿ったクレーターの縁へと辿り着き、車列を揃えてピタリと停車した。それと同時に先頭車両を除いた3台のパネルバンの荷台が開け放たれ、そこから一斉に「片付け屋」の実作業を行うアンドロイドたちが飛び出してきた。みな揃いの作業服に身を包み、事前に申し伝えられていた手順でもって沈黙の内に迷うことなく作業に取りかかる。自爆死した工作員の死骸、彼が乗ってきたバンの残骸、爆散した銃弾類、大きく爆ぜ飛んだ爆発跡、それらを調査し、必要にして最小の手順でもって隠蔽工作をしていく。
「関係各所に通達! 爆発は第二次世界大戦時から残っていた地下壕内の不発爆弾の撤去作業失敗による。重軽傷者は皆無。作業用アンドロイド1体が軽微損傷。現場は数ヶ月前より我が社の管轄地だったことにしておけ! その人間の死骸は……特に身元を特定するまでもないだろう、回収して廃棄! ここまで48秒巻きだ!」
大声で指示を出しながら先頭車両からテティスが出てくる。もうすでに工作員の死骸はボディバッグに入れられてパネルバンに収容されていた。不発爆弾のダミー残骸も用意され、クレーター内外にそれっぽく撒き散らされている。テティスは作業班の間を悠々と闊歩しながら厳しい口調で何かにと指示を出し続けていたが、やがてエウロパと、その腕に抱きかかえられているカリストの目の前に立った。
「……お前がエウロパ、そして……カリストだな?」