第34話
救急車のハンドルを握り、ポツダム郊外へ続く車道をひた走るガニメデだったが、その表情は冴えない。
「幾つか懸案事項があるんだ」
「今さら何よ?」
イオの表情も冴えない。ふたりの進行方向前方に見える真っ黒なパネルバンの車群が気になるのだ。気になるというか、それらが会社が差し向けた「片付け屋」であることは明白で、連中が出てくると言うことは何かしら「片付けなくてはならないモノ」があるということは容易に判断が付いた。肝心なのはその目標物で、何かしらの痕跡を掻き消すために偽装工作をするのか、単なる状況確認や後片付け程度の作業なのか、あるいは……。
「いまだかつて一度もバイオロイドが……」
「これからだってバイオロイドは死にはしないわよっ! 誰ひとりっ!」
どれほど高い人間性を発揮していたとしてもバイオロイドは会社の備品である。要は単なる物品なので、稼働を停めてしまったカラダは遺体として「収容」されることはなく、単に廃品として「回収」されるだけだ。そして、その後にどうなるのかは誰にも判らない。判らないが容易に想像はつく。カラダとココロが対になって設計されるバイオロイドは、そのどちらかが喪われた時点で実質的に修理不可能になるため、そうなった場合、もはや存在意義はない。せいぜい、人間で言うところの学術解剖よろしく、後学のために分解されたり解析に出される程度だろう。
もちろん、得体がしれないとは言え「片付け屋」とて身内であるから、そうそう無情な仕打ちをしてくることはないだろうが、これまでのカリストに対する会社の硬質な姿勢から考えれば、どのような指示を下しているのか予想もできない。「片付け屋」が作業を始めてしまうより先に、何としてもカリストを生きている状態で確保する必要があった。
「ねえ、あんたさ……カリストのためにどれくらいまでムリできる?」
「常識の範囲内で、それ相応に」
不安から思わずクチを付いて出た訊くまでもないイオの愚問に、敢えてガニメデは空々しい口調で、冗談めかして応えた。バイオロイドは同胞を救うためなら、手を抜くことも限界を設けることもない。理屈の上なら、無限にムリをすることができてしまうのだ。
ただ、ガニメデは「カリストのため」にムリをする気はさらさらなかった。ガニメデにとってカリストは単なるいち同胞に過ぎないし、カリスト個人が自分にとってそこまで重要な存在だとは思えない。今こうして焦れた気持ちで現場に急ぐのも、単に同胞を救わなくてはならないという、バイオロイド特有の本能じみた義務感によるものだろうとガニメデは自己分析する。特にカリストだから、という気持ちはないのだ。
しかし、ガニメデ自身も確証は得ていないのだが、もし何のためにムリができるのかと問われれば、やはりカリストとイオが暖めている「何か」のためにだ。
「ちょっとぐらいは待ってくれるとは思うけど、とにかく“片付け屋”が作業を始める前にカリストを収容しないと」
「何があったって、そう易々とカリストは渡さないわよっ!」
よくそんなことが言えるものだと、ガニメデは良くも悪くもイオに感心する。何かハッキリした自信や確信があるならまだしも、もしかしたら、恋をしているという、そういう「ノリ」だけで言ってるのではないか、そこだけが気掛かりだった。イオも、そしてカリストも、愛だの友情だの、そういう「想い」だけで世界を変えることができると考えている節があるように思える。
だが、いずれにせよ乗りかかった船だ。ここに到っては、今さら見捨てることはできない。自信があろうがノリだけだろうが、何としてもそこだけは押し通してもらわなくてはガニメデも立つ瀬がない。
「君が矢面に立ってくれてる限り、僕は邪魔にならない程度に協力するよ。クルマの運転とか」
ガニメデ特有の皮肉っぽい言い回しに、イオは馴れつつあった。
「アテにしてないワケじゃないけど、手伝ってくれるなら何だってイイわ」
真面目な口調で返してから、イオは緊張していた頬を少し緩める。
「私も大概だけど、あんたも相当に強情よねっ!?」
細かいことはさておき、ひとつところにこれだけの人数のバイオロイドが集おうとしているのは極めて珍しいことだ。良くも悪くもカリストはトラブルの中心になりやすいことの証左と言えなくもない。もっとも、今となってはカリストは敵対勢力を誘引するための「撒き餌」であることが明らかであるから、こうなってしまうのも仕方のないことだ。
そういう事情があるということを、絶対に確実な情報とは言えないながらも知っているのはイオだけである。もしかするとイオの上司であるディオネやガニメデあたりも気付いているかもしれないが、確信には至っていないだろう。いずれにせよカリストを無慈悲な待遇に処している会社に対して、イオができる最大の抵抗と抗議は、何が何でもカリストを護り抜き、安穏な生活を維持することだけだ。そしてそれが唯一とも言えるイオの望みであった。
そのためには、少しばかり打算的ではあったが、ひとりでも多くの同胞たちの力添えを得る必要がある。僅かでも構わない。僅かでもカリストを救うために助力が欲しかった。いかに「片付け屋」であろうとも、バイオロイドである限りは何があっても同胞なのだ。不測の事態に際しては必ず応えてくれるはずだ。